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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第二十九章 領地替えはツライよ編
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第九百三十八話 釈放

その夜、帰宅した俺は、夕食をとりながら妻たちにコリタとのやり取りを話した。意外だったのが、全員、カイク帝国のことを知らなかったことだ。あのリコでさえ、名前は聞いたことがあるが、詳しくは知らないという返答だった。


皆の共通した見解は、コリタをこのまま解放するべきだというものだった。どちらかと言うと、話の中心は、直訴してきたコリタではなく、彼が住むサクという土地にやってこようとしているノズミのことになっていく。


「それにしても、ひどいお方もいらっしゃるのですわね」


リコが怒りというより、呆れたような表情を浮かべながら口を開く。彼女にとっても、己の出世のために、先祖代々受け継いできた土地を手放して、他所に移るという行為が信じられないようだ。


「それに、痩せた土地を運営できないから、肥沃な土地に移るというのは、ずいぶん浅はかな考え方ですわ。痩せた土地ならば、そこを肥沃なものにするべく力を尽くすべきですのに、それをせずにおめおめと多数の餓死者を出す、などということは、領主としての資格はありませんわっ」


話をしているうちに怒りを覚えたらしい。リコはプリプリと怒ってしまった。


「そんな領主であれば、サクという土地はメチャメチャにされてしまうだろうな」


マトカルが静かに口を開く。皆の視線が彼女に集中する。


「肥沃な土地に移るといっても、一度ならず二度までも領地を移動するのだ。家来たちの負担も相当なものとなるだろう。まず、家来たちが付いて行かないだろう。まあ、領民はひどい領主が出て行ってくれて万々歳だろうが」


「う~ん、きっと、家来たちは文句を言いながら付いて行くんじゃないかな」


シディーが人差し指を顎の下に当てながら口を開く。何か、感じるものがあるようだ。


「これまで沢山の賄賂を贈ってきた甲斐あって、カイク帝国内でのそれなりの地位を獲得できた。今度は自分が賄賂をもらう側になるから、それなりに家来たちにもその分け前を与えられるようになるから、彼らは何とか抑えられるんじゃないかな。問題は、その土地に赴任するナノルという領主様だと思うけれど……」


そう言って彼女は、フェリスに視線を向ける。相変わらずフェリスとルアラは何やら言い合いながら肉を取り合っている。その隣では、黒龍のシャリオが淡々と食事を口に運んでいる。コイツは食べなくても生きていけるのに、気が向いたときに我が家にやって来て食事を摂って行く。まあ、基本的にフェリス・ルアラと行動を共にしているので、その流れで我が家にやってくるのだろうが、最近はその頻度が増えている気がする。下手をするとこのままこの家に居つくんじゃないかと思ってしまう。


「……確かに、一度、飢饉が発生した土地を立て直すのには、相当な労力と財力が必要になります。そうよね?」


フェリスはそう言って、隣で肉を頬張っているルアラに視線を向けた。そのルアラは、口いっぱいに詰め込んだ肉をゴクリと飲み込むと、コクコクと何度も頷いた。


「まず、領民が餓死してしまうと、それだけ人口が減ることになります。さらには、その土地から逃げてしまった者もいることでしょう。ということは、それだけ収入が減ることになります。荒れてしまった田畑を復興させることも大事ですが、減った人口を戻すことがとても難しいと思います」


「一度、荒れてしまった田畑を元に戻そうとすると、どうしても二、三年はかかってしまいます……」


メイが悲しそうな表情を浮かべながら口を開く。これまで何度も荒れた土地を再生してきた彼女の言葉は、重みがあった。


「領内に無関心な為政者によって民衆が被害を受けるのは大いなる悲劇ですけれど、そうした領主の、己の欲望のために領地替えの目を付けられた領民は、もっと悲劇ですわ」


リコはそう言うと俺に視線を向けた。


「リノス、ここは、何とかしてその領地替えを止めさせる方策を立てるべきですわ」


その言葉に、俺は腕を組んで天を仰いだ。


◆ ◆ ◆


翌日、俺はホルムを伴って再びコリタの牢に向かった。もちろん、顔は隠してケンシンとして赴く。俺の姿を見ると彼は真っすぐな視線を向け、お世話になりましたと言って首を垂れた。


「いや、そうではないのですよ」


俺は思わず苦笑いを浮かべる。彼は勘違いしている。自分が死罪になると思い込んでいるのだ。


ここに来る前に報告を受けていた。彼は昨夜、警備の兵士にアガルタの死刑方法を聞いていたことを。さすがにこの質問には兵士たちも驚き、最初は単なる冗談だと思ったらしいが、彼が本気と知るや、彼らはドン引きしたのだという。


ちなみに、一応アガルタにおける死刑は斬首と決まっているが、そうなった事例は今のところない。大抵は国外追放となるか、重い罪を犯した場合は、ラファイエンス率いる通称・男塾に放り込まれて、ナイス・ガイになるように訓練される。ちなみに、男塾という呼び方は俺だけのもので、公式的なものではない。


そもそもこの都においては、犯罪者は俺の結界によって侵入を拒まれることが大半だ。もし、犯罪の類が起こった場合も、マトカルらがすぐさま捕らえて都から追放してしまうのだが、罪としては軽微なものばかりなのだ。


コリタは不思議そうな表情で俺を眺めている。


「あなたを釈放します。これよりあなたは自由の身です」


そう言って俺は彼を牢の外に出るように促す。コリタは鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべている。


「……え?」


「釈放です。どうぞ、外に出てください」


「あっ、あの……直訴……訴状は、アガルタ王様の許に、届けられましたでしょうか?」


「……その件については、お答えはできません。ただ、アガルタは表立って支援をすることはない、とだけ申し上げておきます」


「……さ、左様でございます、か」


コリタはそう言ってガックリと肩を落とした。


「……申し上げます」


突然、一人の兵士が俺たちの許にやって来た。兵士の目は容易ならざる事態を告げている。俺はホルムを伴って石牢を出た。


「カイク帝国サク領の領主ナノル様からの使者が参っております。こちらにコリタという男が来ているはずだ。国に連れて帰るので、お引き渡しを願いたいとのことです」


「……追手ですかね」


ホルムが呟く。なるほど、国に連れて帰るのは口実で、途中でグサリとやろうという魂胆なのだろうか。


俺たちは再び石牢に戻り、コリタに今の話を伝えた。彼は眼を見開いて驚いていた。


「我々には、その使者がアナタへの追手であるという懸念があります。もし、お望みならば、その使者には上手く言って引き取ってもらうこともできますが」


俺の言葉にコリタはゆっくりと首を左右に振った。両目からは一筋の涙が頬を伝っていた。


「……ナノル様には、大変申し訳ないことをいたしました。お使者のお方と共に、私は参ります」


そう言って彼は深々と頭を下げた。


◆ ◆ ◆


「コリタ殿! よくぞご無事で!」


コリタの姿を見るや否や、使者の男は頓狂な声を上げた。見たところ、人のよさそうな顔立ちをしている。その表情には嘘はないように見えた。その使者の男は俺たちに深々と頭を下げる。


「この度は誠に……。コリタ殿の身柄をお引き渡しいただき、感謝申し上げます」


男はそう言うとコリタに視線を向け、大きく頷いた。


「さ、帰りましょう。ナノル様が心配なさっておられます」


「彼に罰を与えないであげてくださいね」


思わず、そんな言葉が口をついて出た。使者の男は驚きの表情を浮かべながら首を左右に振る。


「とんでもないことでございます! コリタ殿は我がナノル家にとってなくてはならぬお方。今回の件も、我がお家の大事を憂いてのこと。何で罰することができましょうか」


「それを聞いて安心しました。私も、近くに行くことがあれば、寄りたいと思います」


「ハハッ。ぜひ」


男はそう言ってコリタを伴って都を後にした。その後ろ姿を見ながら俺は、一度、サクという土地に行ってみようと考えていた。

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