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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第二十九章 領地替えはツライよ編
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第九百三十五話 殺到

デウスローダとの戦いが終わった後、リノスの許には世界中から書状が届けられるようになっていた。その大半が、為政者を変えたいから、アガルタに承認して欲しいと願い出る内容だ。それほど、アルレの民が自ら為政者を選び取ったという事実は、予想以上に世界中にインパクトを与えていたのである。


むろん、そんな要請を易々と受けるほどリノスはバカではなかった。しかし彼は、そうした手紙にも丁寧に、書状を認めて送り返していた。ちなみに、その書状にはこう書かれていた。


『貴国のことは、貴国でお決めください。あなた方の未来に幸せが訪れることを願っています』


一目見て、不親切な内容であることは明らかだった。このことで、アガルタに不快感を抱いた者も多くいたが、彼は敢えてこの書状を送った。


この日も、彼の机の上には、書状が山と積まれていた。


「……カロルワイア王国国王、ミラサド・ロン・カルロワイヤは民衆を顧みず、己の財産を増やすことの身に執心しております。このままでは、国が滅亡することは目に見えており、我ら一党は国を憂いております。そこで、王弟にあたるアミサド・セロム・カルロワイヤに王位を継がせたいと考えます。ぜひ、アガルタ王国国王様に、ご承認賜りたく、お願いを申し上げます」


リノスはそこまで読むと、その手紙を目の前の箱の中に入れた。そこは、先に述べた不親切な返答を送ることを意味していた。


彼はそうして、次の手紙に手を伸ばす。それには、先ほどとそう大差ない内容が書かれていた。


「……それにしてもすごい反響だな。どういう思考回路を辿れば、アガルタが承認すれば為政者を変えられると思うかね」


彼はそう言って苦笑いを浮かべる。


実際、ここ最近は書状を携えた者たちが数多く集まり、都の入り口が混雑してしまう状況になっていた。そこで、そうした使者たちは別の場所で受付することにしたのだが、そこには連日、長い列ができていた。


彼らは一様に書状を警備の兵士に差し出すと、リノスへの目通りを願い出た。だが、彼らは約束がない者と王は会わないとの一点張りで使者たちを追い返していた。それでも、と粘る者も多くいたが、兵士たちは容赦なくそれらの者たちを追い返した。


そんな中、リノスは一通の書状に目を止めた。そこには、これまで見たこと聞いたこともない内容が書かれていた。


書状の差出人は、カイク帝国のサクという町に住むコリタという男だった。彼の住むサクと言う地域は、ナノルという王族が治めていたが、この度、皇帝の命令でその領主ナノルが、別の領地を与えられてそこに移ることになった。書状には、そのナノルがサクを離れるのを止めて欲しいというものだった。というのも、このサクを治めるナノル一族は代々善政を敷き、民衆らにとても慕われた家であるらしい。つい最近も、このカイク帝国においても飢饉が発生し、多くの犠牲者がでたが、このサク地域では領主ナノルのお蔭で一人の餓死者も出さず、飢饉の被害も受けずに済んだとあった。このナノルに去られてしまってはサク立ちいかず、領民の多くが死ぬことになると付け加えられていた。リノスは、これは半分脅しであると見たが、これまでとは違った領主像に、少なからず興味を持った。


リノスはその書状を、机の引き出しの中に入れた。


その夜、リノスはリコに書状のことを話した。リコにとってもそれは珍しいことであったのか、不思議そうな表情を浮かべている。


「貴族が所有する土地は、大体先祖代々から受け継いだものですわ。それが、加増ということではなく、領地そのものを変えてしまうというのは、その領主があまりにも酷い政策を行った場合にはよくありますが、善政を敷いていて、領民に慕われているのにもかかわらず、領地替えを命令されるというのは、かなり珍しいことですわ」


「ああ、そこ? 俺なんかは、その手腕を買われて別の領地に行けと命令されたのかと思ったよ」


「領地を替わるということは、そこで先祖代々連綿と築いてきた領民との繋がりを絶って、また一から関係性を築き直さねばならないので、かなりの負担となりますわ。ですから、領地替えはある意味、貴族に対する重罰となりますわ」


「なるほどね。確かに、何代にもわたってその地に君臨すれば、領民も自然と敬うようになるだろうし、色々と説明する手間なども省けるだろうから、領主にとっては旨味があるのかな。まあ、そのための弊害も多いかもしれないけれど」


「確かにそうかもしれませんけれども……」


「そう考えると家康はすごいな」


「イエ……ヤス? どなたのこと?」


「ああいや、その……あれですよ、あれ。タヌキのことですよ」


「タヌキ?」


「そう、タヌキ。昔々、そのまた昔のずっと昔。あるところに、イエヤスというタヌキがいました。彼はタヌキの王様でした。彼は森の中の自分の縄張りに、子分たちを遣わして治めさせていました。彼は王様になった後から子分になったタヌキたちに広い縄張りを与えました。そして、その周囲に昔からの子分を遣わして、新しい子分たちを監視させました。そして、その新しい子分たちには、事あるごとに縄張りを変えたのです。それは、その縄張りで力を付けたり、お金を溜めたりして、親分である自分を裏切らせないようにしたのです。そうしたことで、イエヤスは長くタヌキ王国の親分として君臨することができたのでした。おしまい」


「それは、どこのお話し? リノスの生まれたところのお話し? 私は初めて聞きますわっ。タヌキの世界にも、私たちと同じような世界があるのですわね。新しい子分がお金を溜めたりしないため? タヌキの世界にもお金がありまして? もっと詳しく聞かせてくださいな」


「ええ~。適当に話を作った……いや、なんでもない。なんでもありません」


……リノスがようやく眠りについたのは、深夜近くになってのことだった。


◆ ◆ ◆


マトカルは愛馬に乗り、兵士たち数名と伴って、アガルタ軍本部の建屋を出た。いつもの都を警備するためである。


彼女は時間が許す限りこうやって、一日に一度は都を視察した。よく手入れされた銀の鎧を身に付け、白馬に跨って悠然と闊歩する姿は、とりわけ若い女性たちの心を捉えた。彼女らはマトカルを見ると歓声を上げ、手を振る。だがマトカルはそうした声に一切興味を示さずに、チラリと視線を向けるにとどまった。それでも、女性たちの歓声は止むことがなかった。


マトカルの視察場所は、その日の気分によって決められる。昨日は西の方向、今日は東の方向……。ただ、最後は必ず北門に赴き、ルノアの森に変化がないことを確かめてから帰路に就くことになっていた。


その日も彼女は北門でその日の報告を受けていた。ここが開かれるのは基本的に緊急時のみであり、訪れる者も少なかった。ただそれでも、国の要人などがお忍びで都を訪れる際にここを利用することがあるため、人が来ないからと言って休んでいるわけにはいかない場所であった。


北門を出ると彼女は決まって都の城壁沿いに馬を走らせる。それも全力疾走に近い速さで本部に向かう。付き従う兵士たちはマトカルのスピードに付いて行かねばならない。そういう意味でこの最後のスパートは兵士たちへの訓練も兼ねていると言えた。


マトカルは馬に鞭を当てる。すぐに愛馬は走り出した。


「お願いの儀がございます!」


そう言ってマトカルの前に一人の男が飛び出してきた。彼女は力の限り馬の手綱を引いた……。


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