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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第二十八章 そうは問屋が卸さない編
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第九百二十八話 戦いの後

アガルタ軍の行動は極めて迅速かつ丁寧だった。彼らはデウスローダ王国のありとあらゆる場所に赴き、そこで炊き出しを行った。しかもその炊き出しは、かなり小規模な村においても行われたのだった。


そうした場所では、サダキチ達フェアリードラゴンが兵糧を運んだ。村人は突然訪ねてきた黒い鎧を装備した兵士たちを恐れたが、その彼らの前に、次から次へと積み上がる食糧を目の前にして、二度驚いた。そして、その食糧をもとに炊き出しを行う姿を見て、アガルタ兵を神の使徒と呼んで崇めたのだった。


その一方で、兵士が赴いたにもかかわらず、凄惨な状況となっている町や村も少なくはなかった。その中には、村人全員が餓死しているという状況も見られた。


同時に、ネルフフ王国のフィレット王女もアガルタ軍に呼応して動いた。彼女は本国から追加の兵糧を調達しながら、アルレの町に備蓄してあった兵糧を持って、周辺の町や村に赴いた。


しかし、炊き出しを行ったものの、デウスローダの状況はかなり深刻であり、リノスらはアガルタの都から食料を追加で取り寄せて、およそひと月の間、そうした支援を行い続けた。その間、デウスローダからの接触はほとんどないと言ってよかった。


それでも、こうした支援に対して、デウスローダ国民は深い感謝の念を示した。彼らは最初こそ、ただ支援を受けるだけだったが、ある程度体力などが回復してくると、自分たちで炊き出しを行うなどして、町や村を復興させようとした。


王国が本格的に動き始めたのは、アガルタとネルフフが炊き出しを始めてから、およそ半月が経った頃だった。アガルタ軍が駐留しているアルレの町に、宰相であるベタンがやって来た。彼は両軍の炊き出しに感謝の意を述べ、深々と腰を折った。


彼はリノスとフィレットの前で、王都に備蓄してある兵糧を民衆に開放すると言った。すでに、遅きに失した行動ではあるが、二人はその話に無言で頷いた。


「それにしても、あの国王がよく、兵糧の開放を決断しましたね」


リノスの問いかけに、宰相ベタンは苦笑いを浮かべた。


「いいえ。これは、私の独断でございます」


「え?」


「ご心配には及びません。アガルタ王様とフィレット王女様の、我が国の民へのご支援、心から感謝申し上げます」


彼はそう言って、深々と頭を下げた。


あの話し合いの後、国王ブレイは這う這うの体で王都に帰還した。彼はそのまま後宮に入り、そこから出て来なくなった。デウスローダはすべての決定事項に国王の承認が必要であり、宰相ベタンは、この状況が続くと国事が滞るために、本来は男子禁制であることを承知の上で後宮に向かった。だが、国王は宰相の訪問を拒んだ。だが、宰相も国政を預かる身としては、このまま帰るわけにもいかなかった。普段温厚な彼が、このときばかりは強硬な姿勢を取った。目の前で畏まる女官を力づくで排除し、他の女官たちが止めるのも聞かずに、王の寝室に向かった。そこでは、一糸まとわぬ裸を曝した男と、三人の女性がベッドの上にいた。


宰相の突然の訪問に、女性たちはさすがに恥じらいの様子を見せ、ある者はシーツの中に潜り込み、ある者は宰相に背中を向け、ある者は、秘部を手で隠して、恥ずかしそうに俯いた。


王は彼女らから離れたところで胡坐を組み、項垂れていた。彼は宰相の姿を見ると、憎しみを込めた目で彼を睨みつけた。王にとっても、後宮の寝室に家来が踏み込んできたのは、これが初めての経験だった。


王は睨みつけはしたものの、宰相に対してモノを言わなかった。何とも居心地の悪い沈黙が訪れていた。それに耐えられず、口を開こうとした宰相に、国王ブレイは突然口を開いた。


「強壮薬を」


「は?」


「強壮薬を、持って、参れ。すぐにじゃ」


聞けば王は後宮に入ってからは、昼となく夜となく愛妾たちに閨の伽を命じていたのだと言う。しかし、彼のそれは一切反応を示さなかった。焦れば焦る程うまくいかないのだと後宮総取締役を勤める女性が教えてくれた。


その瞬間、宰相ベタンの中で何かがはじけた。このままこの王に国政を委ねては、確実にデウスローダ王国は亡ぶ。それだけは何としても避けねばならない。彼は後宮を後にすると、すぐさま政治にかかわる者たちを集め、これからは宰相たる自分が国政を代行すると宣言した。異を唱えるものは一人もいなかった。この瞬間、国王ブレイは民衆だけでなく、宰相以下、家来たちからも見放されたのである。


それからの宰相ベタンの行動は速かった。彼はすぐさま食糧庫を開放して、各地にそれを配るよう手配した。しかしそれは遅すぎた。すでに食料の支援はアガルタとネルフフの手で完了していたのである。それどころか、彼らが食糧支援を行った町や村の中から、デウスローダからの離脱を表明する者が多く出た。宰相はそれらの者を咎めなかった。結果的にデウスローダ王国は従来の領土の三分の一を失う形となり、その国威を大いに減じた。だが、宰相ベタンは諦めなかった。彼はこれ以降、情で国を運営していくことに舵を切るのだった。


デウスローダから離反した町や村は、ネルフフ王国に従うことになった。それらの大半は海に面していて、ネルフフは一気に悲願であった不凍港を複数手に入れることに成功するのだが、それは後日の話である。


宰相ベタンが訪れたその夜、アガルタ軍はデウスローダからの撤退を決定した。支援を行った町や村ではすでに、民衆が立ち直る姿勢を見せていたことが、撤退を決断する決め手となった。リノスの転移結界を使えば一瞬でアガルタに帰還できるが、マトカルはよい訓練になると言って、元来た道を辿ってアガルタに帰還すると主張した。未だにデウスローダ軍の反撃の可能性が否定できない中での撤退作戦であったものの、それに対して、リノスは何も言わなかった。


すぐさまリノスは早馬を遣わして、派遣しているアガルタ軍にアルレに帰還するよう命令を出した。時間がかかりそうな場所にはサダキチ達を遣わしてそれを伝えた。そうしている間に、マトカル、クノゲン、ホルムの三人は、綿密な撤退計画を練った。それはありとあらゆる状況が想定されたもので、その精緻ぶりに、リノスは再び苦笑いを浮かべるのだった。


アガルタ軍の撤退準備の目途が立ったその日、リノスとマトカルは一旦、二人揃って帝都の屋敷に帰ってきた。この戦いが始まってからも二人はその都度、交替で帝都の屋敷に帰ってはいたのだが、特にマトカルの帰宅は兵士たちが寝静まるのを見届けてからであったため、大抵が夜で、子供たちが寝静まった頃であった。さらに彼女は、朝も兵士たちが起きる時間よりも前に出立するため、子供たちが起きる頃にはもう、彼女の姿はなかったのだった。


まだ陽の高いうちに帰ってきた二人見つけると子供たちは大喜びで駆け寄り、離れていた時間を一気に埋めようとした。


リコの計らいもあって二人は先に風呂に入り、戦いの疲れを癒した。その夜はペーリスらが腕を振るい豪華な食事を用意するべく準備を始めたが、二人はなかなか風呂から戻ってこない。リコが様子を見に行くと、二人は寝室で大の字になって眠っていた。いつも泰然としていたマトカルが、このような姿勢を見せるのは、極めて珍しいことと言えた。


「まあ。でも、よく頑張りましたわね。二人とも、お疲れさまでした」


リコはそう言って扉を閉めた。そして二人を、夕食が始まるギリギリの時間まで眠らせたのだった……。

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