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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第二十八章 そうは問屋が卸さない編
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第九百二十七話 勝利の証

「あなたは、民衆から見放されたのです」


リノスが口を開く。ブレイ王は憎しみを込めた目で睨み返してきた。


「本来ならば、これは貴国の問題ですから、私が口を出すようなことではないことは重々承知の上で喋っています。しかしながら、こう言っては何だが、あなたのなされ様はあまりにも酷い。国に住まう者たちを飢えさせるなど、王のすることではない」


ブレイ王は相変わらずリノスを睨み続けている。お前に何がわかるのだと心の中で呟いていることは、容易に察しがついた。


「今回は民衆が、アルレに住まう民衆の総意をもってネルフフ王国に従うことを決定しました。これは、非常に重いと私は思います。あなた方王族は納得いかないでしょうが、私は、為政者を決めるのは民衆自身であるべきだと考えます」


リノスの言葉はある意味で、自分自身の存在も否定するものであった。だが彼は淡々とした口調で、さらに言葉を続ける。


「正直に言いますとね、俺は今回、戦いをやりたくはありませんでした。しかしながら、降りかかる火の粉は払わねばならない。あなた方デウスローダからの攻撃に対しては、しっかりと防御し、そして、反撃させてもらいました。この戦いで、貴国の兵士たちの相当数が命を落としたことでしょう。まずはこの場にて、命を落とした兵士たちに、哀悼の意を示します」


そう言ってリノス以下、アガルタ軍の将兵ことごとくが、胸に手を当てて俯いた。


国王ブレイの親衛隊を勤めるヒョウは、この様子を茶番だと思った。戦いは常に、勝つか負けるかのシンプルなものしかない。負けた者はすべてを失い、勝った者は、負けた者が持っている物のすべてを奪う。それが戦いなのだ。アガルタが示した態度は、自分たちの行動を正当化しているだけにすぎない。そうしておいて、最後にはデウスローダのすべてを奪うのだ。彼らは外聞を気にして、こんなつまらない芝居を打っているのだ。


「話はこれで終わりです。アガルタ軍の中には、アルレの町とデウスローダ王国との間に不可侵条約を結ぶべきであるとの意見もありましたが、俺はそれは無意味だと思っています。単に紙切れをやり取りしたところで、破棄される可能性がゼロになるわけではないからです。ただ、近いうちにアガルタはネルフフ王国と国交を樹立し、何らかの同盟を締結しようと考えています。アルレの町に何かあったときには、アガルタが支援するつもりですので、その点を承知いただきたい」


リノスは、そう言っておいて、隣に控えているフィレット王女とアワジに視線を向けた。


「アルレの民に、やっぱりデウスローダに従うと言われないように、優しくしてあげてくださいね」


そう言って笑みを浮かべる。フィレット王女は椅子から降りて片膝をついて、深々と頭を下げた。


リノスはやおら立ち上がると、相変わらず憎しみの視線を向け続けているブレイ王に向かって口を開いた。


「もう、お引き取りをいただいて結構ですよ。退路は空けていますので、王都までの道中、お気をつけて」


「待ってくれリノス様」


突然マトカルが口を開いた。彼女は立ち上がると、リノスに真っすぐな視線を向けた。


「デウスローダから勝利の証を取らねばならない」


「……いいよ、別にそんなもの」


「そうはいかない。これは戦いなのだ。勝者は敗者から勝利の証を得ねば勝利したことにはならないし、戦いは終わらないのだ」


「……つまらない、な」


「つまる、つまらないではない。それが、戦いというものだ。それは、デウスローダの者たちもよくわかっているはずだ。このまま彼らを王都に引き揚げさせれば、彼らにさらなる屈辱を与えることになる」


「では、マトはデウスローダから勝利の証に何を取ろうというのだ」


リノスの言葉に、マトカルはゆっくりと視線をブレイ王に向けた。その様子を見て、王はビクリと体を震わせた。


マトカルはゆっくりとブレイ王に向かって歩き出した。その眼には一切の憐憫の情はなかった。彼女はただ、無表情のまま歩いてきた。それは、何とも言えぬ冷たい雰囲気を纏っていた。


彼女はブレイ王の傍まで来ると、スラリと腰に差している剣を抜いた。デウスローダの者たちに緊張が走った。


「ま……待て、待って、くれ」


国王ブレイが手を挙げながら必死で言葉を絞り出す。その後ろでは、親衛隊のヒョウが剣の柄を握っていた。だが、彼は抜剣の姿勢を取りはしたが、その剣を抜くことはできなかった。それをしたところでマトカルには勝てないことはわかっていたし、この人数ではどうしたところで、その命を保つことは難しい状況と言えた。


マトカルは、ブレイ王には一切構わず、じっと自分の剣に視線を向け続けていた。そんな彼女に、王はさらに言葉を続けた。


「いっ、命は取らぬと、約束したではないか。アガルタは、その約束を破るというのか。命は、命は、命だけは、助けてくれ……。待ってくれ、待ってくれ……」


ブレイ王の足元にしとしとと何がが滴り落ちていた。よく見ると彼は粗相をしていた。正視に堪えない、無様な姿だった。ヒョウはその姿を眺めながら、先ほどは自分の首を討って末代までの手柄とせよと言ったのではなかったのかと、心の中で呟いていた。


そんな彼にマトカルは相変わらず一顧だにせず、ただただ、自分の剣を眺め続けていた。


「昨日は、随分敵を斬った……」


不意にマトカルが口を開く。ブレイ王ははあはあと荒い呼吸をしながら、マトカルを眺めている。


「この剣は非常に優れている。私と共に戦場を駆け巡った、言わば、私の分身のような剣だ。だが、私はこれで人を斬りすぎた。人を斬るたびにできる刃こぼれ……。それを何度も研ぎ直して使ってきたが、もはやこれ以上は戦いには使えまい。折れるのは、時間の問題だ」


マトカルはそう言うと、ふと、目の前で震えているブレイ王に視線を向けた。そして、自分の持つ剣を鞘に納めると、そのまま右手を伸ばして、ブレイが手に持つ剣の柄を掴み、一気にそれを抜き払った。


「……いい剣だな」


彼女はそう言うとリノスに視線を向けると、まるで宣言するかのように口を開いた。


「アガルタの勝利の証として、この剣を貰い受ける」


リノスは苦笑いを浮かべながら、勝手にしろと言わんばかりに小さく頷いた。


マトカルは、ブレイが手に持つ剣の鞘を取った。彼は抵抗しなかった。宝石をちりばめて、宝剣を納めるにふさわしい贅を尽くした鞘だ。彼女は手に持っていた剣を鞘に納めると、国王ブレイにじっと視線を向けた。


茶色い髪の毛が風に揺れていた。一切表情に変化はなく、無表情のままだ。ブレイは何故か、その表情を素直に美しいと思った。と、同時に、この女性を傍に置いているアガルタ王を羨ましいと思った。


マトカルは踵を返して自席に戻っていった。彼女が椅子に座ると、それを待っていたかのようにリノスが口を開いた。


「それではこれをもって、この話し合いを終わりとする」


彼はそう言うと傍に控えているホルムの名を呼んだ。


「これより部隊を五十名ずつの四十隊に分ける。近くの村や町には食料を持って行け。遠方の村や町には、まずは部隊の者たちが先行しろ。着いた頃を見計らってサダキチたちに食料を届けさせる。残りの部隊は、アルレの抑えとする。事態は一刻を争う。急げ」


リノスの命令を受けてホルムはハッと畏まると、足早にその場を後にしていった。


「当初の約束通り、アガルタ軍は飢饉に苦しむデウスローダの民に対して食糧支援を行う。これに関しては、デウスローダ軍の手伝いは、無用だ」


リノスの命令を、ブレイ王は呆気にとられながら見ていたが、やがて、ヒョウに促される形で立ち上がり、その場を去ろうとした。リノスは、その背中に向けて言葉をかけた。


「亡きウジョー殿が貸してくれた貴国の地図が実に役に立った。これだけの詳細の地図が作られるのは、優秀な者がいる証だ。その優れた者たちが今後、この国を立て直していくことだろう」


その言葉を、国王ブレイは背中で聞いた。

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