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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第二十八章 そうは問屋が卸さない編
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第九百二十四話 一夜堀

国王ブレイは、一度に両腕を無くした思いであった。


……血気にはやりすぎたのだ。


ブレイはそう自覚した。ウジョーの言うことを聞いて、アルレ攻めの方を先にすべきであったのに、それをしなかったのが敗戦の大きな原因だと思った。彼は草原を真っ赤に染めながら落ちてゆく夕陽を、ただ茫然と眺める他はなかった。


その夜はひどく寒い夜であった。篝火を焚いてその周りで仮眠をとろうとしても、兵士たちはもちろん、国王ブレイも眠ることができなかった。それどころか、深夜に二度、大きな轟音がアルレの方向から上がり、同時に、地面が小刻みに揺れた。デウスローダ軍はその度に全軍に出動命令を出した。だが、何も起こらなかった。


「アガルタ軍の仕業かと存じます。ただ嫌がらせに大きな音を出したということであって、気にすることはないと存じます」


幕僚の一人がブレイに言った。


「これだけの大きな音、併せてかすかだが地面が揺れた。これだけのことだけでも、容易ならざることではないか。もし万が一、味方の中に……」


「そんなことはございません。お味方には、国王様を裏切るものなど、一人もおりませぬ」


「それならよいが、よくよく警戒を厳重にするように」


ブレイはそう言って体を横たえた。


野原の上に板を敷いただけの褥だった。実に惨めな有様だった。国家の柱石二人を失っただけでなく、アガルタ軍に与えた被害は実質ゼロであったという報告も、彼に衝撃を与えていた。アガルタ軍の周囲には強力な結界が張られ、そのためにデウスローダ軍はまともな攻撃ができずに一方的に攻撃を受けるばかりだったのだ。正直に言えば一刻も早く王都に撤退したかった。だが、この状況で撤退をすると、この戦いに敗北したことを認めることになる。それは避けねばならなかった。それに、今、国王たる自分が撤退すれば、潰走につながる恐れがある。それだけは避けねばならなかった。


この戦いで、足に深い傷を負ったのも、撤退できぬ理由の一つだった。馬には乗れないために、撤退するにしても、輿に乗らねばならない。そうなると、迅速な撤退は難しく、威風堂々と王都に帰らねばならない。そうするためには、ある程度の戦果を挙げる必要がある。幸いにして、兵士たちはまだ、戦う姿勢を維持し続けているし、軍勢の規模も敵を上回っている。問題は、どうやってこの場を治めるかという点だ。


だが、ブレイの傷は時間が経つにつれて痛みが増していき、彼の思考を奪った。傷は治癒スキルを持った魔法使いに傷を回復させて、最悪の状況は脱していたが、完治には程遠い状態で、応急手当を施した程度となっていた。そのため、座っていると傷が痛んでならず、彼は仕方なく急ごしらえの褥で横になって、その痛みを和らげようと努めていた。


そして早朝、デウスローダ軍の周囲は深い霧に包まれた。アガルタの攻撃を懸念して、国王ブレイは早くから全軍に戦闘態勢を取るように命じた。そして、空が明るくなり、霧が晴れると、デウスローダ軍は驚愕した。昨日までの景色が一変していたからである。


アルレの町の前には、その町を囲むようにして、広く、深い堀が二重に掘られていた。


デウスローダ軍の誰もが我が目を疑う光景だった。昨日まではなかった物が、一晩で出現したのである。一体誰が、どうやって、何のために……。デウスローダの陣ではしばらくの間、誰も言葉を発しなかった。


だが、時が経つにつれて、彼らは現実を把握し始めた。これまでは、アルレの町には遮るもののない一本道であったが、この二重の堀ができたおかげで、あの町は難攻不落の町に変貌していた。堀には都合四本の道ができているが、数万の大群がそこを渡ることができないのは、誰の目にも明らかだった。それに、一番手前の堀の前には広いスペースが作られていて、そこには、堀を掘った際の土を盛ったのだろう、一段高くなっていた。


そんなことをしていると、城壁から兵士たちが続々と外に出てくるのが見えた。言うまでもなくネルフフ王国軍だ。デウスローダ軍は彼らが決戦に及ぶのではないかと緊張していたが、彼らは堀の中にできた広い場所に柵を作り始めた。と同時に、爆発音が響き渡り、堀の中に海水が引き込まれた。その様子は壮大そのもので、デウスローダ軍はその様子を呆気にとられながら眺めていた。


◆ ◆ ◆


「……攻撃してこないな」


リノスは自陣からデウスローダ軍の動きをじっと眺めていた。彼の傍には、マトカル、クノゲン、ホルムの三人が顔を揃えていた。


「どうやら、敵に動く気配はないようです。リノス様、今のうちにお休みになっては」


クノゲンが言った。その言葉に、リノスは手を振って応えた。


「大丈夫だ。一晩ぐらい寝なくたって、どうということはないよ」


確かに体は疲れていた。昨夜は、夜通しかかってあの堀を掘ったのだ。掘ったと言っても、土魔法を発動させただけなのだが、それでも、かなりの魔力を消費していた。彼は掘り出した土を馬出しの部分に充てて、そこをさらに強化した。そして、アルレに使者を遣わして、防御を強化するように伝えたのだった。


このことは、アルレの町に籠るネルフフ軍にも衝撃を与えた。昨日の戦いが済み、陽が落ちたのを見計らってフィレット王女が密かにアガルタの本陣を訪ねて、戦勝を賀していた。そのとき、リノスからアルレを難攻不落の町にすることを提案されたのだが、彼女にはその詳細は伝えられず、今夜一晩かけて細工をするので、夜が明けたら防備を強化するようにと言われたのみだった。フィレットは訝しがったが、細かいことは質問せず、アガルタ王様のご意見に従いますとだけ返事をして帰陣していた。彼女はてっきり、土塁か何かを一晩かけて作るのだろうと考えていたのだが、まさか、これほどまでの大規模な防御施設を拵えるとは思ってもみなかった。


だが、フィレットは驚きはしたが、その防御施設の重大さを一瞬で理解した。彼女は唖然とする兵士たちを叱咤激励して、町の外に向かわせた。そして、一隊には堀に海の水を引きこむよう命令し、残りの者を引き連れて馬出しに向かい、そこに急ごしらえではあるが、柵を作り、防御施設を施した。その様子をリノスは自陣からつぶさに見ていたが、彼の意図を完全に汲んだフィレットの将としての優秀さを彼は認めた。


ここに至って、デウスローダ軍は逆に、アガルタ軍とネルフフ王国軍に包囲される形となった。むろん、兵数ではデウスローダが未だ圧倒している。だが、昨日の戦いで負傷者を多く出しているデウスローダ軍の士気は大いに落ちていた。


そのとき、アガルタ軍に動きがあった。彼らはアルレ側に伸びた三隊のうちの二隊が西に向かって移動を始めた。そして、西に陣を張っていた一隊が前に進み出る。気がついたときにはもう、アガルタは陣形の変更を完了していた。昨日とは逆に、アルレ側に一隊だけを残して、三隊を西側に、斜めに展開する形をとっていた。


国王ブレイの親衛隊を勤めるヒョウはこれを見て、アガルタとネルフフが共闘してデウスローダ軍を包囲・殲滅する作戦であると考えた。だが、よく見てみると、アガルタ軍は王都への攻撃を意図しているようにも見えた。こちらに突撃すると見せかけて、あのうちの一隊を王都に向かわせれば、王都は非常に危険な状態に陥る。彼はすぐさま王に進言して、一部の兵を王都に撤退させるようとした。


しかし、それはもう遅かった。アガルタ軍はすでに動き出していた。その全軍が、きれいに隊列を整えながらこちらに向かって歩を進めていた。


ヒョウは、このアガルタ軍の行動が、攻撃なのか、それとも示威行為なのかを測りかねた。昨日の今日だ。アガルタ軍にも疲れがあるはずだ。そんなことを考えていたそのとき、アガルタ軍の進軍が止まった。やはり、示威行為かと思ったそのとき、アガルタ軍から突如、大音声が聞こえてきた。


そのあまりの声量に空気が震えていた。アガルタ軍は大音声を上げながら全軍が突撃してきた。デウスローダ軍の兵士たちの思考が止まった……。

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