第九十二話 幻想と真実
「・・・嫌な気配が、臭いがします」
イリモが呟く。その瞬間、俺の気配探知に強大な魔物の気配が引っかかった。マップで見てみると、俺たちが今いる位置から30分くらいの距離にいるらしい。どうやらコンシディー公女たちの近くに出現しているようだ。しかもその周辺にはシカの群れもいるらしい。
「取りあえず、確認しに行くか」
「ええー?」
「またあいつらの顔を見るんですかー?」
女子二人は本当に嫌そうだ。
「いや、冒険者たちはどうでもいいけど、出現した魔物が気になる。イリモも気になっているようだし、確認はするべきだろう。野放しにして、ニザ公国や帝国に被害が出てはいけないからね」
「これは・・・ご主人様、急ぎましょう」
いつになくイリモが焦っている。俺はすぐに踵を返し、反応のあった場所に向かう。
・・・そこにいたのは、ユニコーンだった。漆黒の体に体長2メートルくらいの大きな馬体。そして金色に輝く角が眉間から生えていた。俺たちが見たのは、コンシディー公女がユニコーンの角に左足の太ももを貫かれる場面だった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
公女の絶叫と共にユニコーンは首をもたげる。彼女は太ももを刺されたまま、ユニコーンの頭の上に持ち上げられている。そして、そのまま首を大きく振る。コンシディー公女の体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。ピクリとも動かない公女。足から血が噴水のように吹き出している。かなりヤバい状態だ。
ちょうど公女が投げ飛ばされた方向を見ると、夥しい数のシカがいた。何をするでなく、じっとその様子を見ている。
よく見ると、ユニコーンの周辺には冒険者たちと、その馬たちの死体が転がっている。ある者は体に大穴を開け、ある者は顔を吹き飛ばされた状態で転がっている。おそらく、彼らは全滅しているのだろう。
ユニコーンはゆっくり俺たちの方向に体を向けた。ブルルと小さく嘶いたかと思うと、いきなり突撃を始めた。速い。一瞬で距離を縮められる。素早く周囲に結界を張る。
「ガッ・・・バリぃぃぃぃン!!!」
一瞬だけユニコーンの動きが止まったかと思ったと同時に、結界は粉々に砕けていた。そして、その衝撃で後方に吹き飛ばされる。
「ぐはっ!」
すぐにエクストラヒールを唱えて、体をすぐさま回復させる。イリモもフェリスもルアラも無事のようで、すぐに起き上がる。
「お前ら気を付けろ!かなり手ごわいぞ!」
「わかりました!」
「大丈夫です!」
フェリスはルアラを抱えて空中に浮かび、木の上に降り立った。それを見てユニコーンは、今度はイリモに向かって突撃を始める。イリモも負けじとユニコーンに突っ込んでいく。
「ガキイィィィィィィィン!」
凄まじい衝撃波が発生する。さすがに体格で劣るイリモはバランスを崩す。その瞬間、ユニコーンは黄金色に輝く角を、イリモの横腹に突き立てた。
「ヒィィン!!」
悲鳴を上げながらイリモはがっくりと膝をつく。彼女の横腹から噴き出した血が森の土を染めていく。
「ウインドカッター!!」
「アイスショット!」
間髪を置かず、フェリスとルアラの魔法が木の上から放たれる。
「キィィィィィン」
その魔法はユニコーンの手前で弾かれるような形で消え去った。ユニコーンは荒い息をしながら一旦体を沈めたかと思うと、二人に向かって両前足を掲げた。その瞬間、ユニコーンの口から氷のブレスが放たれた。
「きゃぁぁぁぁ!」
「うわぁぁぁぁ!」
二人は体の半分を凍らせた状態で木の上から落ちる。彼女たちを助けに行こうとした瞬間、胸をユニコーンの角に貫かれていた。
「ぐはっ!」
胸から、口から、血が流れだす。ユニコーンは首をそのまま持ち上げる。体の力が入らない。
「こ・・・こんなことが・・・」
「あらあら、せっかくの英雄様が台無しね。もう少し活躍してくれたら格好よかったのに」
傍にフード姿の女が近づいてくる。こいつは、コンシディー公女の傍に居た女だ。
「お・・・おまえ・・・は。なぜ・・・ここに」
「うふふ、私はここで公女様たちを殺すために遣わされた刺客ですわ」
「そ・・・そんな・・・早く、レコルナイ博士に・・・」
「アハハッ、バカねぇ。そのレコルナイ様こそが、私を差し向けた張本人ですわよ?」
「何・・・だと?」
「貴方もバカですわね?そのまま帝国に帰っていたら命だけは助かったのに、わざわざ殺されに来るんですものね?」
「お前らは・・・何者だ?」
「うふふっ。まあ、天国で見ていらして」
「リノスさーん、こっちの方は全滅ですねー。回復魔法をかけてもダメです」
「全員、顔と頭と心臓をやられているので、難しいです」
「そうか。わかった。こっちは何とかなった。コンシディー公女が助かっただけでも良しとしないといけないな」
そこには、ぐったりとしたコンシディー公女をイリモの上に乗せようとしている俺と、その傍に近寄ろうとするフェリスとルアラの姿があった。
「なっ・・・何?何なの・・・?」
「公女様の状態がヤバかったからな。まともにやってちゃ間に合わないと思って、お前らには少し遊んでもらっていた。しかし、お前らポーセハイは本当にロクでもないな?」
「どうしてそれを!」
「お前の名前は、ウトニカ。28歳の女か。ポーセハイは幻影術が得意だと思っていたが、お前は回復魔法が得意なんだな。子供の頃から一族の怪我を治癒し続けていたから、レベルが上がるのは当たり前か?」
俺はかなり前からこの女に鑑定スキルを発動している。女のことはかなり詳しく把握できた。
「・・・あなた一体、何者なの?」
「レコルナイの下に居るようになって10年か。随分酷いことをしてきたんだな。人体実験の手伝いをしてきたのか?ポーセハイじゃない人間やほかの獣人は実験材料にしようってか?ユニコーンを転移させてきたからMPが枯渇しているな。残念だがお前は、ここで死ぬことになりそうだな」
「アッハッハッハ!私が死ぬですって?どの口がそれを言うのかしら?」
「お前ら転移で逃げるのにけっこうなMPを使うんだろ?それに、いざという時に自爆するにもMPを使うんだろ?今のMPじゃどちらも無理だろう?」
「何故それを!まさか、ミニーツ様が仰っていた結界師って」
「誤算だったな。皇帝陛下の結界を張っていることを知った段階で、警戒するべきだったな」
「殺して!何してるの!早くコイツを殺しなさいよ!」
ウトニカがユニコーンに向かって叫んでいる。しかし、ユニコーンは体をワナワナと震わせるだけで動こうとはしない。
「無駄だ。既にコイツは俺の結界の中に閉じ込めてある。コイツはイリモに欲情してやがったからな。きっちりお仕置きをしてやらないとな」
「さっきアンタ結界を突破してたじゃない!そのくらいの結界何で破れないのよ!」
「ああ、俺の結界を破った場面はお前らが見た幻だ。公女がユニコーンに襲われているのを見た段階で結界を張らせてもらった。しかしユニコーンってすごいな。あんな突撃力と水魔法を使うんだからな。そしてチンケだが、結界も張れる。これじゃ冒険者たちは太刀打ちできないわけだ。もしかしてかなりの上位種か?・・・まあいい。こいつもかなり人を殺しているようだからな。お仕置きだ」
俺はユニコーンに張った結界を縮めていく。
「ご主人!ユニコーンの角は万病に効く薬になるであります!これを損ねてはならぬでありますー」
「ほう、そうか」
俺はホーリーソードを抜き、ユニコーンに近づく。
「ガシャン!」
機械が壊れるような音と共に、ユニコーンの長い角がゆっくりと落ちて行った。
「ブヒヒヒヒヒーン!!!」
「痛い、じゃねぇよ」
俺はさらに結界を縮めていく。
「ブヒッ!ブヒヒヒン!!ブヒィ!ブヒィ!ブヒィ!ブヒィ!ピギャァ!!!」
断末魔の絶叫を上げてユニコーンは肉の塊になった。
「さて、ウトニカ。今度はお前の番だ」
俺は結界を強化して女の自由を奪う。そして手を伸ばして女のフードを取る。中からは黒いウサギ人族の女の顔が現れた。俺は女の頭の上に手を置く。
「ふっ、思った以上にフケてるんだな。ずいぶん苦労したのか?」
「くっ!うわああああ!なっ!なんで!」
「念のために、お前の能力は全て奪わせてもらった。『転移』はもう二度と出来ないぞ?」
「くっそー!ぬぅぁぁぁ!」
女の叫び声がうるさいので、結界内で強制的に女のMPを全て奪う。強烈な眠気に誘われた女は睡魔と戦っているのか、ぐったりとした様子になった。
「さて、こいつをどうしようか?」
「このまま眠らせたまま、人質とするのはどうでありますかー」
「まずはレコルナイとその部下たちを王宮から離さないとな」
「リ、リノスさん!あれ!」
フェリスの声がした方向を向くと、数百頭のシカの体が光っている。そして、群れの前に小さな小鹿が現れた。
シカたちは一匹、また一匹と次々と消えていく。消えていくたびに光の量は増大し、ついに目を開けられないほどのまばゆい光が辺りを覆った。
光の中から現れたのは、一頭の巨大なシカだった。
身体も大きいが、その体程も大きな角を生やしている。元々は白鹿だったのだろうが、体中に赤黒い斑点が浮き出ており、そして、体のあちこちに傷を負い、流血している部分もあった。シカはフラフラと前に進むが、ドウという音と共に膝をついて座り込んでしまった。
恐る恐る俺たちはそのシカに近づく。
「これは・・・立派なシカでありますなー」
「ずいぶん酷いケガをしているみたいですね」
『ニンゲンよ・・・コンシディーの命を救ってくれたこと、感謝する』
頭の中に男の声が聞こえた。どうやらこのシカが念話で話しかけてきているようだ。
「あなたは一体・・・?」
『我は、鹿神だ。ご覧の通りの有様ゆえ、コンシディーを助けたくとも助けられなかった。そなたたちには感謝する』
「鹿神と仰いますか!なぜ、ニザの作物を食い荒らしたのですか?それにその傷は・・・」
『うむ。そなたたちであれば、話をしよう。作物を食したのは、民を守るためだ。それは・・・』
「鹿神様!あなたは・・・何ということを!」
鹿神の話を聞いて、俺も、ゴンも、フェリスも、ルアラも、全員が泣いていた。




