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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第二十八章 そうは問屋が卸さない編
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第九百九話   その態度が気に入らないのだ

ヒーデータの帝都にデウスローダからの使者が訪れたのは、それからしばらくしてからのことだった。


「面を上げよ」


皇帝ヒートが重々しい口調で話しかける。ここは宮城の謁見の間。彼の目の前には老いた一人の男が恭しく頭を下げていた。


ヒートの言葉に従い、老人は顔を上げる。きれいに揃えられた髭が印象的な顔立ちだ。外交官にありがちな目の鋭さはなく、むしろ、ハの字の眉毛がこの男の雰囲気を柔和なるものにならしめていた。


「皇帝陛下におかせられましては、ご機嫌も麗しく、何よりとお慶びを申し上げます。私は、デウスローダ王国全権大使、シジュウと申します」


「シジュウか。遠路はるばるご苦労であった」


「ありがとうございます。また、皇后陛下にもご臨席を賜り、このシジュウ、歓喜の念に堪えませぬ」


シジュウはヒートの隣に控えていた女性に視線を向けると、さも嬉しいと言わんばかりの笑顔を見せた。


「シジュウ、久しぶりですね。あなたも壮健そうで何よりですわ」


「ありがとうございます。陛下に最後にお目にかかりましたのが、ご婚礼のときでございました。あれからもう、何年も経ちます。このシジュウもずいぶん年を取りました」


「まあ、なんですって? 年を取ったなどと……。シジュウ、あなたは依然と全く変わっていませんよ。戯れを言わないでちょうだい」


「ホッホッホ。ありがとうございます。そう言っていただけるのは姫様……。あ、いや、皇后陛下だけでございます。シジュウ、嬉しゅうございます」


「オホン」


ヒートの咳払いで、その場が緊張感に包まれた。シジュウは姿勢を正してヒートに向き直る。


「この度、私が罷り越しましたのは、ヒーデータ帝国皇帝陛下に、お願いの儀がありまして参上した次第でございます」


「ほう、余に願いとは。何なりと言ってみるがいい」


ヒートの表情を見ながら、シジュウは心の中で狸め、と嘯く。もちろんそんな感情は表情に出すことはない。ただ、彼には、自分がここに来た理由はあらかじめ知っているはずであるのに、さも、今聞いたかのような態度を見せるその嫌味さに、シジュウは不快感を覚えていた。


もっとも、ヒートにとってみても、このデウスローダからの使者は迷惑以外の何物でもなかった。


国王であるブレイは、何かというと婿殿、婿殿と言ってはヒーデータからの支援を求めてきた。やれ、城の城壁が壊れたから職人を寄こせだの、川の増水で橋が流されたから直してくれだのと、そうした要求が後を絶たなかった。むろんそれは、デウスローダの持つ技術と、ヒーデータの持つ技術には大いなる差があり、使う材料もヒーデータのそれが、品質が良かった。


ただ、ヒートに言わせれば、そうした要求に応じて職人や資材を提供しても、デウスローダからは何の見返りもなく、それらの費用は完全にヒーデータの持ち出しで行われていた。そうしたことを負担するくらいで、ヒーデータの屋台骨が揺らぐことはないが、それでも、皇帝ヒート以下、ヒーデータの主だった者たちは、このデウスローダからの要求に対して、あまり良い感情を持ってはいなかった。


そして、そこに来ての今年の不作である。デウスローダの状況は深刻であり、餓死者が出ていることもヒートは把握していた。だがそれは、王国が備蓄してある食料を放出すれば済むはずであり、実際、ヒーデータ帝国においても、国の貯蔵庫に備蓄してある食料を放出して、被害が出るのを押さえていた。


にもかかわらず王国は、食料の放出を渋っている。そして今、全権大使を派遣してきたということは、食料の援助を求めてくることは火を見るよりも明らかだった。帝国としても、自国の民を救うのが精いっぱいの状況であり、いくら正妃の実家とはいえ、そこを支援する余裕は、今はなかった。


そうした帝国の内情は、正妃たるニーシャによってシジュウはよく把握していた。彼はずいっと身を乗り出すと、猫なで声で口を開いた。


「この度のお願いの儀は……」


「食料の支援、というのであれば、それは叶わぬことですわ」


不意にニーシャが口を開いた。シジュウは驚いた表情を浮かべる。


「今年はヒーデータも不作だったのです。そのため、民を救うために、帝国も備蓄をしてあった食料を放出しているのです」


「ハハッ。そのお話しは、このシジュウも承っております。さすがは皇帝陛下のご人徳であらせられると、私も思わず落涙しました次第でございます」


「ほう、では、シジュウのこの度の訪問は、食糧支援ではない、ということですか?」


「左様でございます。この度私が罷り越しましたのは、援軍の要請でございます」


「援軍?」


ヒートが何とも言えぬ表情で口を開いた。その様子にシジュウは笑みを浮かべながら向き直る。


「左様でございます。実は先日、我が領土であるアルレが、ネルフフ王国に侵攻されたのでございます」


「……」


「我が国としましては、何としてもその地を奪還したく、援軍のお願いに上がった次第でございます」


「ネルフフの軍勢はどのくらいだ?」


「約五千でございます」


「その程度であれば、デウスローダ軍の兵力をもってすれば、問題なく打ち払えるのではないのか? それに、まもなく冬が到来する。そうなっては、ネルフフの軍勢は帰るに帰れなくなる。放っておいても敵は撤退するのではないのか」


ヒートの言葉に、シジュウはその通りだと言わんばかりに大きく頷く。


「私もそのようになろうかと愚考します。ですが、この度は、事情が違うのでございます」


「事情が違う、とは?」


「この度は、我が軍も全兵力をもってこれに当たる覚悟でございます」


「全兵力、とな」


「はい。二度とネルフフ王国が我が国の領土を侵さぬよう、この度は、完膚なきまでに敵を叩き潰す覚悟でございます。疾風迅雷のごとくアルレの町を急襲し、蟻の這い出る隙間もない程に包囲いたします。そうしておいて、敵を全滅させるのが、今回の作戦でございます。なお、この度の戦いには、国王様おん自ら出陣され、指揮を執られるのでございます」


「義父上自ら出陣とな。これは恐れ入った。デウスローダが全兵力を以ってコトに当たれば、五千の軍勢など容易に蹴散らすことができよう。デウスローダが動員できる兵力は、おそらく三万程度か。五千対三万では勝負にならぬな。それだけの大軍勢がやって来るとなると、ネルフフの軍勢はすぐに退却するであろうよ」


「はい。私もそのようになるかと存じますが、何せ城攻めでございます。兵士の数は多ければ多い程よいと国王様が申しております。ここは是非、お力添えを賜りたく、お願い申し上げます」


「あいにくだが、今年の不作は我が国も同じでな。軍を派遣したくとも、兵士たちを食べさせる兵糧が不足している。今回は諦めてくれと義父上に伝えてくれい」


バカか、とヒートは腹の中で嗤っていた。デウスローダの魂胆は、援軍にかこつけて、帝国から食糧支援を受けようとする魂胆なのだ。デウスローダとて、すべての兵士の腹を満たす兵糧を用意することは不可能な状況だ。そこに、ヒーデータの軍勢を呼び込むことで、帝国が用意した兵糧で兵士を食べさせようと考えているのだ。そこまでせねばならないデウスローダを哀れとは思うが、民を救わずに先に兵士を救おうとするその姿勢が、ヒートには気に入らなかった。


「陛下のお言葉の通りですわ」


正妃ニーシャが口を開く。てっきり援軍を出してくれと言ってくると思っていたヒートは驚いた表情を浮かべた。


「帝国にそんな余裕はありません。ですが、我が実家の危機は救いたいというのが人情というもの。私によい考えがあります。ここは私に全てお任せくださいませ」


そう言ってニーシャは頭を下げた……。

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― 新着の感想 ―
[一言] どうせアガルタに尻拭いさせるんでしょ。
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