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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第二十七章 僕のお嫁においで編
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第九百三話   津波

見事な飛行だった。アウバウトが逆立ちしても、このハーピーには敵わないと思わせるのに十分な能力だった。その最大の要因は、大きな翼から生み出される推進力だ。だが、それだけではない。このハーピーは山に激突する直前で方向を変えている。これだけの速さで飛ぶと、かなりの風圧に耐えねばならない。その中で方向を変えるのは非常に難しいことであるのを、アウバウトは知っていた。彼自身もやってできぬことはないが、それをすると、背中の翼に激しい痛みと苦痛を伴うものであった。


このハーピーはかなりの速度の中、易々と方向を変える。ということは、それだけ体が強いということだ。それは、防御力が高いと言い換えることができる。


どうやらこのハーピーは、アウバウトを放り投げる場所を選んでいるようだ。眼下に数匹のドラゴンが見え、彼らは一様にこちらに憎しみのこもった視線を投げかけてくるが、飛び上がったり、攻撃したりすることはない。ドラゴンはランクに比例して知能も上がる生き物だ。領空を侵されているにもかかわらず、攻撃してこないということは、このハーピーの力を正確に把握しているということだ。


ドラゴンでさえ攻撃を躊躇う程の魔物なのだ。最初から勝てるはずなどない。ペーリスをあの屋敷で見つけたときは、こんな魔物がいるとは思わなかった。というより、これほどの魔物の存在に気づかない訳はないのだ。


そこまで考えて彼はハッと気がつく。強大な魔物は自分の力を秘匿することができるのだ。このハーピーも、おそらくはそれに当たるのだろう。


眼下にはいくつものドラゴンが現れては消え、現れては消えしている。これだけの種類のドラゴンがこの山にいることにアウバウトは戦慄を覚えた。だが、そのどれもが、こちらを警戒はするものの、攻撃などはしてこない。精々、歯をむき出しにして威嚇してくるくらいのものだった。


ハーピーは動きを変えて山の麓に降りていく。降りていくにつれ、ドラゴンたちの動きが活発になっていく。山頂付近のそれは警戒するだけだったが、中腹まで降りてくると、叫び声をあげるなどして威嚇する行為が目立つようになった。どうやらこの山は、山の標高とドラゴンの知能が比例するらしい。


ふと、視界の先に城壁に囲まれた都市が見えた。あそこは確か、ペーリスを見つけた街だ。あそこから飛びたってあの屋敷に辿り着いたのだ。アウバウトの脳裏に、あのときの光景が鮮やかに蘇る。


そのとき、巨大な叫び声と共に耳障りな音が聞こえてきた。見ると、頭に大きな一本の角を生やしたドラゴンの群れが、こちらに向かって飛んで来るのが見えた。


……バカな奴らだ。


アウバウトは腹の中でそう呟いた。このドラゴンが束になっても適う相手ではない。このハーピーが本気になれば、このクラスの者であれば倒すことは容易い。そんなこともわからぬとは、哀れな奴だ。


そんなことを考えていると、不意にアウバウトの体が軽くなった。気がつけば彼はその群れに向かって落下していた。あのハーピーが掴んでいた足を放したのだ。


ものすごい速度で地上に落ちていく。ハーピーを攻撃しようと飛んできたドラゴンの群れと一瞬ですれ違う。彼らも予想外の速さで落下するべリアルを驚きながら眺める他はなかったらしい。誰も付いて来る者がいなかった。


彼は自慢の翼を使って逃げようと考えたが、すぐにそれを諦めた。飛んでいるところをドラゴンに襲われると、それこを太刀打ちできない。地面に激突するスレスレのところで翼を使い、足を使ってこの山を駆け下る方が得策だ。


恐らく地上には、あのドラゴンたちの縄張りなのだろう。アウバウトを追いかけようと上空で方向転換をしようとしている。だが、標高の高い山の空では強風が吹き荒れている。そこで方向を変える、ましてや、地上に向かって方向を変えるというのは、非常な困難を伴う作業だ。現にドラゴンたちは上空でもたついてしまっている。


……バカな奴らだ。羽を使って方向を変えようとするからそうなるのだ。羽を使わずにそのまま落ちればよいものを。


彼は心の中で呟いた。


地面に激突する直前に羽を広げてはためかせる。フワリと自分の体が浮き上がる。そして、無事に地面に降り立つ。上空を見上げると、態勢を整えたドラゴンたちがこちらに向かって急降下を始めていた。


このままここにいてはやられる。彼らのエサになるのは御免だ。アウバウトは踵を返すと、一目散に麓に向かって走り出した。


「うおっ!」


突然腹に衝撃を受けた。見ると、やや小さめのドラゴンがアウバウトの腹にかぶりついている。おそらく成龍に達する前のドラゴンだ。仔竜ほど小さくはないが、さりとて成龍ほども大きくはない。親竜からエサを貰いながらも、自分で狩りをする術を身につけつつあるのだろう。きっと、この冬が終われば巣立ちをして、成龍の仲間入りをするのだろう。


だが、アウバウトには、このドラゴンの成長に目を細めている場合ではなかった。一刻も早くこの山を降りねばならない上に、このドラゴンが腹にかぶりついている。これを引き剥がして逃げねばならない。


足に思い切り力を込めて引き剥がす。痛いの痒いのと言っている暇はない。彼は立ち上がると再び走り出した。


「ガアッ!」


ズシンと肩が重くなる。その直後に激しい痛みを感じる。諦めきれないドラゴンが左肩に噛みついたのだ。アウバウトは肩を左右にゆすってドラゴンを振り落とそうとする。だが、なかなか離れない。と、何かに足を取られて前のめりに倒れ込む。


「グモモモモ~」


彼はドラゴンと共に、ものすごいスピードで急斜面を転がり落ちていった。


◆ ◆ ◆


「おい、何だあれ」


アガルタの都の北門を警備していた兵士の一人が声を上げる。男の指さす先には、森の奥から煙のようなものが立ち昇っていた。そしてその近辺から夥しい数の鳥たちが空に向かって飛び上がるのが見えた。


「……ルノアの森に何かあったのかもしれないな。念のため、城門を閉めよう」


兵士の一人がそう言って詰所を出て行く。その男の後に、数人の兵士が従った。


すぐさま北門が閉じられ、アガルタ軍本部に森の異変が伝えられた。マトカルは都の門をすべて閉じることを命じ、自らも兵士を従えて北門に向かった。


森の奥からは相変わらず煙が立ち昇っていて、その部分だけは、まるで雲がかかったような状態になっていた。つい先ほどまで見られた鳥たちが飛び立つ姿は見られなかった。周囲は不気味なほどに静かで、いつもと様子は変わらなかった。


異変が起こったのは、それから一時間ほど経ったときだった。森から冒険者や狩人たちが飛び出してきた。彼らは何かを叫びながら北門に到着すると、まるで、気が狂れたように門を叩き続けて開門を求めた。慌てて兵士が、城門の隣に設えられた小門を開けて人々を中に入れる。その直後、地面が揺れた。


「静まれ! 慌てるな!」


ちょうどそのとき、マトカルが到着した。彼女は動揺する兵士たちを一喝して平静に戻らせると、足早に城壁を登っていった。


森からは黒い塊が、まるで波のように湧き出ていた。よく見るとそれはホビットだった。それに交じって小さな魔物たちも溢れるようにして森から出てきている。森から出た魔物たちは、ある者は草原に向かい、ある者はこの北門をはじめとするアガルタの都を目指してやって来た。だが頑丈な門はしっかりと閉じられ、高い城門は彼らの侵入を阻止した。しばらくすると今度は、ホビットらに交じって中型の魔物が現れた。どうやらその大半はオークらしい。その魔物たちも、大挙してアガルタの都に押し寄せてきた。


「マ……マトカル様!」


兵士が叫ぶ。だがマトカルはその光景をじっと見つめたまま、微動だにしなかった。

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