第九百話 行くべきか、行かざるべきか
ひと月後、アウバウトはロウサナという町でぼんやりと空を眺めていた。彼は悩んでいた。このままペーリスを見つける旅を続けるべきかどうかを今、真剣に考えていたのだった。
あれから陸は見つかったが、行けども行けどもペーリスは見つからず、町を転々として歩いた。町につくとすぐにペーリスの手がかりを掴もうとしたが、そんな女性は知らないと皆一様に答えた。彼はペーリスのいた屋敷やその風景を説明してみたが、それを知っている者はおろか、理解してくれる者さえ皆無だった。
そんな旅を続けていたそのとき、ここロウサナと言う町に辿り着いた。ここは山間に作られた町で、人々は山菜を採り、山に住む獣を狩って暮らしていた。彼はもちろん人化して町の中に紛れ込んでいたが、到着してすぐに、モンモルフという魔物を討伐する現場に出くわした。男たちは弓や槍で武装しており、討伐に加わる者を募っていた。
モンモルフはドラゴンの一種だ。レッドドラゴンほどではないが、どちらかと言えば獰猛な種族に入る。そのドラゴンが村の近くに巣を作ったらしい。そのために、山で獲れていた獣たちが一切姿を見せなくなっていたのだ。そうなると、エサが少なくなったドラゴンはこの村を襲うことが予想される。村人たちはそうなる前にドラゴンを討伐することにしたのだった。
討伐隊に加わらないかと声をかけられたとき、アウバウトは断った。モンモルフは戦って勝てない相手ではなかったが、魔物ランクで言えばAランクに該当する。全力で戦っても、無傷で完封できる自信がなかった。
「いや、別にいいんだ。何もお前さんに戦ってくれと頼むんじゃないんだ。討伐する者たちの食料を運んでほしいんだ」
男はそう言って笑った。それでも渋るアウバウトに男はまずは腹ごしらえをしろと言って、討伐隊の詰め所に連れて行った。そこには牛一頭が丸焼きにされた状態で、皆に振舞われていた。
ちょうど腹が減っていたので、彼は供されるままその肉を口にした。実に美味い肉だった。焼いた肉というのを彼は生まれて初めて食べた。討伐隊にいる間は、こうした肉がふんだんに振舞われるという。そしてさらには、モンモルフの討伐が成った暁には、その肉も分けてもらえると聞いて、思わずうなずいてしまったのだった。
そのまま詰め所で一夜を明かし、討伐隊は出発した。アウバウトには食料を背負うことを命じられたが、元よりベリアルの彼だ。用意された荷物を軽々と持ち上げて、周囲の度肝を抜いた。彼は大いに感謝され、その腕っぷしの強さを見込まれて、通常の三倍の荷物を背負った。
討伐隊は、アウバウトを含めて十五人で構成されていた。その大半が荷物係だったが、その中には人化した魔物が二匹紛れていた。まだ魔力が少ないためか、完全な人型ではなく、獣人のような姿だった。彼らはロンクルというオオカミの一種で、さほど強くはない種族だった。彼らはアウバウトの人化を見破れず、完全に人間だと思っていた。そして、この村にいる限りは美味い肉にありつけるのだと言って笑った。
彼らの話を聞きながらアウバウトは、こうした生き方もあるのだなと感心していた。魔物の力は強い。人間のそれを遥かに凌駕する。だが、知恵は人族が優れている。その人族の知恵を上手く利用しながら、自分たちは最小限の力で腹を満たす。ロンクルにしては、よく考えられた生き方だった。
実際、モンモルフの討伐は、実にあっさりと成功し、相当の被害が出ることを予想していたアウバウトは拍子抜けした。人族は巧みにドラゴンをおびき出すと、弓を持った者が正確にドラゴンの目を射抜いて光を奪い、暴れるドラゴンの下を掻い潜りながら槍や剣で正確にその急所を突いて仕留めていった。時間にして三十分もかからない討伐だった。
男たちは慣れた手つきでドラゴンを解体していく。アウバウトはその肉にかぶりつきたい衝動に駆られたが何とか自制した。男たちは火を起こすと、巨大な肉の塊をその中に放り込んだ。いわゆる「隠亡焼き」という調理法だ。
油が強いためか、巨大な火柱が上がる。肉が焦げる匂いがするが、男たちは構わずにいる。そして、肉の塊が真っ黒になった頃、それを取り出して切り分けていく。外は焦げてしまっているが、中はきちんと焼き上がっている。それを皆で食らう。
野趣あふれる味と言うか、肉が締まっている感じだ。見た目はグロテスクだが、味はいい。アウバウトは一発でこの料理の虜になった。
「うめぇな。これだからこの仕事は止めらんねぇ」
人化したロンクルたちがそう言いながら肉にかぶりついていた。
この町では、中級のドラゴンがしばしば現れる。その度に討伐隊が組織され、そして、討伐されたドラゴンは高い値で取引される。ドラゴンは捨てるところのない獲物であり、それこそ、骨すらも高い値が付くのだ。今回のモンモルフの討伐では、町に戻ると、待ち受けていた商人たちに飛ぶように売れていった。その上、町には多くの肉が残され、それらを皆で山分けするのだ。お陰でこの村は裕福そのものであり、アウバウトもその恩恵にあずかることができた。
正直、この村に居れば食うに困ることはない。しかも、その食事は美味い。ペーリスのために拵えた住処で、こんな食べ物が出せるかと言えば、答えは否だ。ペーリスを連れてこの町に戻ってくれば良いが、この町はアウバウトの持ち物ではない。ベリアル族の常識では、妻を迎えるにあたっては、十分な縄張りと住処を用意しなければならない。そう考えると、ペーリスをこの町に迎えて二人で暮らしていく、という条件では、彼女との結婚は難しいと言えた。
彼は悩んでいた。一刻も早くこの村を離れてペーリスの許に行かねばならないのはわかっている。だが、この美味い食事を手放すのは惜しい。どうするべきか……。
「……ほう、そうかい。コイツに目を付けるとは、お嬢ちゃんわかっているねぇ」
ふと、そんな会話が聞こえてきた。何とはなしに、アウバウトはその声のする方向に視線を向けた。そこには、大量のキノコを売る店があった。店と言っても、地べたに蓆を引いただけの露店だ。このオヤジは毎朝、山に入って山菜を採りに行くことをアウバウトは知っていた。
だが、オヤジの前には誰もいない。だが彼は機嫌のよさそうな笑みを浮かべている。
「じゃあ、これは知っているかい? カブというキノコさ。食べてみるといい」
オヤジはそう言ってマイタケのようなキノコを差し出す。すると、そのキノコが一瞬のうちに消えた。
夢でも見ているのかとアウバウトは目を凝らす。相変わらずオヤジの前には誰もいない。魔力探知を作動させてみるが、反応はない。だが確かに今、オヤジが差し出したキノコが消えた。
「美味いだろう? それを焼いて塩で食べると絶品なんだよ。これは今しか獲れないもので、来週にはもうないだろうねぇ」
相変わらずオヤジは一人でそう呟いている。アウバウトはオヤジの焼くと言う言葉に反応した。あのキノコを火の中に入れれば美味いのだ。それならば俺に寄こせと立ち上がった。
オヤジはザルにキノコを山盛りに乗せて差し出す。するとそれが一瞬のうちに消えた。一体どういうことだ。周囲には嗅いだことのないいい香りがしている。
オヤジはもう一度ザルにキノコを乗せ始めた。そしてもう一度それを差し出す。一瞬で消える……。
アウバウトが近づくと、ドンという何かにぶつかる感覚を覚えた。その瞬間、彼の体は消え失せていた……。
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