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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第二十六章 病か、狂気か、編
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第八百七十二話 サミという女性

カルッツェはベッドに仰向けに寝転がる。部屋の中はかすかに水が跳ねる音が聞こえてくるばかりだった。これはおそらく、妻のサミが湯浴みをしているのだろう。


ふと、その姿を想像した。小柄で華奢な体を盥の真ん中で静かに湯を浴びている姿……。それは、何とも言えぬ興奮を掻き立てるものだった。


……いや待て、あの浴槽には、盥はなかった。


ふと、そんなことを思い出すと、何だか笑いが込み上げてきた。未だに、タルカト王国の仕来りが抜けていないのだな、と彼は苦笑いを浮かべた。


それにして、不思議な体験だった。目隠しをして、ほんの一瞬で目の前の景色が変わった。あれは一体どういう仕掛けだったのだろうか。


おそらくポーセハイではないか。カルッツェが最初に考えたのは、その点だった。彼らには転移能力があると聞いた。あの、聖女・メイリアスを転移させてきた様子を、実際にこの目で見ている。彼らの能力を使えば、自分とサミを転移させることなど、朝飯前だろう。


だが、とカルッツェは心の中で呟く。これでも相当の修練を積んできたのだ。人の気配を察知することくらいはできる。だが、あのときはメイリアス以外に人の気配はしなかった。まさか、ポーセハイは気配を消す能力もあるのだろうか。


そう考えたとき、カルッツェは何かうすら寒い風を感じた。気配を消すことができ、さらに転移までできるとなると、人を暗殺するなどは容易くできてしまう。深夜、寝所に忍び込むことができれば、あるいは、今、サミのように入浴中に襲えば、いとも簡単に命を奪えてしまう。これは、サミの病を治すためと称しながら、実はアガルタは無言の圧力をタルカトにかけているのではないか……。いつでもお前たちの命を奪えるのだ、と。


そこまで考えて、カルッツェは笑みを浮かべる。あの、世界に冠たるアガルタが、タルカトという山国を相手にするわけはない。たまたま、父・シェングの手紙が功を奏して、聖女・メイリアスが訪れているだけで、アガルタにはそれ以上に何の興味も持っていないのは明白だった。


しかし、この手は使える。サミを通して、彼女の父であるガノブにこのことを伝えれば、きっとあの男は警戒するだろう。我々を攻撃すると、アガルタが黙っていませんよ。あなたの寝首を掻くのは、いとも簡単にできてしまうのですよ、という警告ができるし、それは想像上の効果を発揮することだろう。


そこまで考えてふと、誰もいない自分の左側に視線を向ける。心の中では、本当にそれでいいのか。サミをそのような政治の道具に使ってよいものだろうかと、もう一人の自分が問いかけていた。


そのとき、浴槽のドアがゆっくりと開いた。


そこには洗い髪姿のままのサミが、少し困ったような表情を浮かべながら立っていた。


彼女はバスローブを羽織っていた。本当にこれを着てよいのかと悩んだのだろう。形がいびつだった。いつも衣服をキチンと着こなしている彼女しか知らないカルッツェには、その姿が実に新鮮に思えた。


「どうしたのだ」


「……髪を乾かす者が」


見ると、どうやらサミの髪の毛は拭き切れていないようだった。恐らく彼女はこれまでは、風呂から上がったとのことは全てあのカワバにやってもらっていたのだろう。そのカワバがいなくなって戸惑う彼女が哀れでもあったし、愛おしくもあった。


「こちらへ来い」


カルッツェは手招きをした。それに応じてサミはおずおずと彼の傍に寄った。


「うわっ」


サミは思わず声を上げた。カルッツェが傍に置いてあったタオルを手に取り、それですっぽりと彼女の頭を覆ったのだ。そして彼はワシャワシャと髪の水分を拭きとった。


タオルと取ると、中からボサボサの髪をしたサミが現れた。困ったような表情を浮かべている彼女がとても愛おしく思えた。


カルッツェはベッドから降りて、机の上に整然と置かれてあった櫛を取り、それをサミに渡した。彼女は不思議そうな表情浮かべながら、その櫛を眺めている。


「どうした。それで髪の毛を整えればよい」


「……」


サミは櫛を手に取ると、それを右に左に動かしていた。どうやら、櫛の使い方を知らないらしい。ガノブの娘と言っても、一人になると所詮は何もできない少女なのだ。カルッツェはそんなサミが哀れに思えて仕方がなかった。


「貸してみよ」


彼は櫛を手に取ると、丁寧に彼女の髪の毛をそれですいた。そして、手早く髪を真ん中で分けて、いつもの彼女の髪型を作った。


「いつもは、カワバにやってもらっていたのか」


彼の問いかけに、サミは無言で頷く。


「乾かすのも……」


「なに、乾かす、とは?」


「魔法で……。温風を出して乾かすのです」


「……魔法は扱えぬ」


カルッツェは困ったような顔をした。髪の毛を乾かすという行為は初めて聞いた。そんなものは自然に乾くのを待てばよいのではないかと思ったが、彼はその感情を押し殺した。


「あ……明日、あのクエナとかいう者に話をしてみよう」


その言葉に、サミはゆっくりと頷いた。


「どうして、このようなことが?」


不意にサミが口を開く。その言葉の意味がわからず、カルッツェは首を傾げた。


「あなた様も、カワバのようなことができるとは、意外でございました」


「……そうか? ……まあ、私は四男であるから、幼い頃からタカの地にあって、そこでは自分の身の回りのことはほとんど自分でやっていたからな。まあ、家来が少なかったというのもあるが、亡き母上のお考えもあったのだろう。そのために私は、料理こそできないが、風呂に入ったり、服を着たり、それらのことをすることくらいは自分でできるようになった。そういえば、亡くなられた兄上は、衣服の乱れすらも家来に直させていた。おそらくあのお方は、ご自分で服を着ることすらもできなかったであろうな」


そう言って笑みを浮かべてみたが、目の前の妻の顔を見て、彼はすぐに真顔になった。サミの顔が、私も同じですと言っていたからだ。


「ま……まあ、そなたのことは明日、あのクエナという者がやってくれるであろう。それとも、今からあの者を呼ぶか?」


カルッツェの問いかけに、サミはゆっくりと顔を左右に振った。


そのとき、サミの着ていたバスローブの前がはだけて、その美しい体が露わになった。どうやら紐をきちんと締めていなかった、いや、適当に締めてしまったのだろう。カルッツェの視線に気づいた彼女は恥ずかしそうに再び体を隠した。


カルッツェは無言のまま、両手で彼女のバスローブを掴むと、もう一度、ゆっくりとそれを広げようとした。だが、サミは両腕に力を込めて、そうはさせじという態勢を取った。しかしカルッツェはさらに力を込めた。


これ以上抵抗はできないと悟ったのか、サミの力が抜け、彼女の体が露わになった。幾度か肌を重ねた体だが、こうして明るい場所でその体を見るのは、カルッツェにとっては初めてのことだった。サミは恥ずかしそうに体をくねらせているが、それでは到底露わになったその美しい体を隠すことはできなかった。


思わず彼女の体を抱きしめた。力を入れると壊れてしまうのではないかと思われる程、その体は柔らかかった。カルッツェの興奮は頂点に達しようとしていた。


そのときふと、侍医であるケンモの顔が脳裏をかすめた。


「過ぎたるは毒でございます。サミ様との逢瀬は、三日に一度。三日に一度になさいませ」


何故か、その口癖が思い出された。カルッツェは思わず舌打ちをして、小さな声で呟いた。


「……バカめ。三日に一度などと。余計に病気になるわ」

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[一言] 更新有り難う御座います。 ……チツ、リア充め!?
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