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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第二十六章 病か、狂気か、編
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第八百六十三話 聖女・メイリアス

「お……おお。遠路よくぞお越し下された。タルカト王国国王、タルカト・ハル・シェングです。どうぞよしなに」


静寂に包まれた部屋に王の声が響き渡る。だが、誰も返答する者がいない。部屋は再び静寂に包まれた。王はその沈黙に耐えられないとばかりに、キョロキョロと周囲を見廻していたが、やがて不思議そうに口を開いた。


「メイリアス王妃がおいでになると聞いていたが……」


「こちらにおいでです」


チワンの言葉と供に、一団となって固まっていたポーセハイたちが離れた。そのちょうど真ん中に、一人の女性が控えていた。彼女はドレスのような白い衣装を着ていた。黒で統一されたポーセハイたちの中にあって、その姿は実に目立つものだった。周囲に集まった者たちは、呆気にとられながらその光景を見守った。


言葉が見つからない、というのが彼らの共通した心境だった。「美しい」という言葉では表現しきれない神々しさを、その女性は纏っていた。


白い衣装の影響でもあるだろうが、女性の肌が抜けるように白かった。そしてその顔は一目見て、人の好さを感じる人懐っこさがあった。その一方で、その双眸には深い知性が宿っていた。人々はメイリアスの姿を見て、この女性であればこの国に蔓延する病を何とかしてくれるであろうという希望を感じたと同時に、この女性の前ではいかなる嘘も詭弁も通じないであろうという緊張感も感じた。


また、同時に男たちはやはり、メイリアスのその体つきに目が釘付けになった。彼女が纏う衣装は、少しゆったりめに作られていたが、それでもその、大きく形のよい乳房と尻は、何とも言えぬ色気を感じさせた。一目見て抜群の知性を感じさせる風貌と、隠しても隠しきれぬ色気……。男たちは声にならぬ嘆息を漏らした。


そんな周囲の様子を気にする様子もなく、メイリアスは王の前に進み出ると、スッと膝を折って、貴族式の挨拶を行った。


「タルカト王様にあらせられましては、ご機嫌も麗しく、何よりとお慶びを申し上げます。アガルタ王、バーサーム・ダーケ・リノスに仕えます、メイリアスと申します。非才なる身ではございますが、貴国に蔓延する病を根絶するべく、全力を尽くしたく存じます。以後、よろしくお願い申し上げます」


そう言うと彼女は王に対して深々と一礼すると、ニコリと微笑んだ。そのこぼれるような愛嬌に王はまるで呆けたように、呆然と彼女の様子を眺め続けていた。


「……国王様、お言葉を」


近習に促されて王はやっと我に帰り、カラカラと笑い声を上げた。


「これは余としたことが……。メイリアス殿に見惚れておったわ。いや、失礼した。メイリアス殿、チワン殿をはじめとしたポーセハイの皆々。よくぞ我が国にお越し下された。今、我が国では長きにわたって疫病に苦しめられておる。その病を根絶するのは、我が勤めと思ってこれまでやって参ったが、恥ずかしながら万策尽くの状態である。この上は、ここにおいでの方々に縋るより外はない。不足があれば遠慮なく申し出て欲しい。我らはこの病がこの世から消えるまで、メイリアス殿たちへの助力を惜しまぬつもりだ」


「ありがたきお言葉、痛み入ります」


王の言葉にチワンが答える。その彼にメイリアスは小さな声で何やら呟いた。


「メイ様……。いや、メイリアス王妃はすぐにでも研究に入りたいと言っておいでですが……」


「なに、今すぐとな? これは……何とも頼もしい。よかろう。それでは、研究室に案内させよう。そこにおいでのローニ殿に申しつけられた通りのものを揃えておいた。遠慮なく使ってもらいたい」


王の言葉にメイは嬉しそうな表情を浮かべ、彼に向かって深々と一礼した。


「その前に、我が国の主だったものを紹介しておこう。余の隣に控えるのが、王太子たる倅、カルッツェである。そして、そこに控えるのが宰相のミルンブである。その隣に控えるのが、我が侍医を勤めるケンモである。ケンモは長きにわたってこの病を研究しておる。皆のよい参考になるであろう」


「ハッ。ケンモ様がお書きになられた本はすべて読みました。実に理路整然と、これまでの研究が記されておりました。私も大いに参考にしている次第です」


チワンの言葉を聞いて、ケンモは心から嬉しそうな表情を浮かべた。周囲の者たちからは腕の悪い医師であると陰口を叩かれ、王からもその能力を疑われたことすらあった。それでも王の病を癒そうと取り組んできた彼は、チワンの一言でこれまでの苦労がすべて報われたような気がしていた。この瞬間、ケンモは全力を挙げてメイリアスたちを支援しようと決意した。


王は近習に命じて、メイリアスたちを研究室に案内させた。一行が去ると、王は心から安心したような穏やかな表情を浮かべた。


「……これは余の直感だが、あの者たちはきっと、この病を根治に導くであろう。余の判断は間違ってはおらなんだな」


彼は隣に控えるカルッツェに優し気な眼差しを向けた。それを受けてカルッツェは、ゆっくりと父に向けて一礼した。


カルッツェは心の中で、アガルタ王は羨ましいな、と呟いていた。あれほどの女性を夜な夜な褥に侍らせることができるのだ。男として、これほどの冥利はないと考えていた。彼もまた、他の男たちとご多分に漏れず、メイリアスの豊満な肉体に思わず目を奪われていた。だが彼はそのメイリアスに対して欲望を向けようとは思わなかった。だが、男として、ああした優しさと知性を兼ね備えた女性を傍に置きたいという希望を強くしていた。


「いや、噂以上のお方でございましたな! まさに聖女という名にふさわしい」


突然男の大声が耳に入った。口を開いているのは王弟・ブカドだった。彼は兄王に視線を向けると、いたずらっぽい表情を浮かべた。


「あれほどの女性を見てしまったのだ。兄上の干物も泳ぎ出そうというものだ」


「何を言うか! 余とてまだ老い朽ちたわけではないぞ!」


そう言って二人は笑い合った。それに釣られて、集まった貴族たちも笑い声を上げた。これまで緊張していた部屋の中が一気に緩んでいく。皆の心の中に、きっと国王様も王太子殿下もこの病から回復される。この国は安泰であるという気配が漂っていた。


「ああ。言い忘れておった。誰ぞ、メイリアス殿の許へ参り、今宵、メイリアス殿たちを歓迎する宴を催したいと伝えてまいれ。メイリアス殿たちの姿を見れば、他の者たちも安心しよう。……そうじゃ。余はアガルタ王に礼の手紙を書かねばならぬ」


「兄上、それは病が癒えてからでも遅くはないでしょう」


「それもそうじゃな」


兄弟は再び呵々大笑した。これまでどちらかというと沈みがちで、眉間に皺を寄せた表情を浮かべていた国王が、これだけの笑顔を見せるのは珍しいことと言えた。そのお陰もあっては、彼の顔色は数時間前に比べて格段に良くなっているように見えた。


「……申し、上げます」


家来の一人が王の許に足早にやって来て片膝をつき、遠慮がちに口を開いた。その様子を王は訝った。


「どうした。メイリアス殿たちに何ぞあったか」


「いっ、いえ……。あの……城門の前に……」


「城門の前に何があった。はっきりと申すのだ」


「ハッ。ダオラ帝国皇帝ガノブ様のご息女を名乗る者が参っております。カルッツェ様……王太子殿下の妻になるのだと申しております。いかが取り計らいましょうか」


「うん?」


予想もしていなかった言葉に、王は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべた。その様子を見たカルッツェは、静かに立ち上がった……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 また波乱か?
[一言] 早まったな……
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