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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
間 話 しあわせな結婚
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第八百五十三話 ヴィエイユ、妄想する

クリミアーナ教国教都、アフロディーテ。教皇神殿の自室でヴィエイユは一人、物思いにふけっていた。椅子に深く腰掛けながら足を組み、天を仰いでいる……。自室とはいえ、彼女がこんな醜態をさらけ出すのは珍しいことと言えた。


むろん、側近の者たちには呼ぶまで入室を禁じてある。間違ってもこの部屋を覗きに来る者などいない。彼女は安心して物思いにふけることができていた。


その脳裏に描き出されているのは、アガルタでの休暇だった。正直、楽しかった。癒された。精神的な疲れがすべて吹き飛んだ気がしていた。


正直、自分の心と体をここまで回復させてくれるとは思ってもみなかった。できれば近いうちにもう一度、アガルタを訪れて休暇を取りたいものだとさえ思っていた。


当初のアガルタ訪問の目的は、ダオラ帝国のケダカ王国侵攻を止め、賠償金を減額してもらうことだった。可能性は低いと考えていたが、あわよくば、の考えの許、彼女は大急ぎでアガルタに転移したのだった。だが、予想通り、アガルタ王は彼女の提案を認めなかった。それどころか彼は、本当に筋書き通りにこの戦いの幕を引いた。クリミアーナ教国の存在を示そうと、ダオラ帝国皇帝ガノブに停戦命令を出した行為が、バカらしくさえ思えた程だった。


思い描いた筋書きが実現不可能と知るや、ヴィエイユは一切の政治的な思惑を捨て、アガルタの観光を楽しむことに徹した。それが功を奏したのだろうか、今、彼女の体はこれまで以上に軽く、ここ最近悩まされてきた軽い頭痛は嘘のようになくなり、いつも以上に頭脳が明晰になっているように感じるのだ。


いわゆる、絶好調、というやつだ。どんな問題でも解決できる気がしていた。


ただ、皮肉なことに、彼女の体調がすこぶる良い状態であるにもかかわらず、現在のクリミアーナ教国はとりわけ大きな問題は発生していなかった。ヴィエイユは何とも言えない感情を押し殺しながら、それもいい、その方がいいと自分に言い聞かせていた。


アガルタの逗留で一番の思い出は、リノス家での夕食だった。供される料理はどれも美味しく、アフロディーテでは絶対に味わえぬものだった。特に珍しいものはなく、いつも彼女が口にしている料理も多かったのだが、何故か美味しく感じた。あれは一体何だったのだろうか。やはり、多くの人と笑いながら食事を共にするという行為が舌に影響を与えているのだろう。ヴィエイユはそう分析した。


色々な王族と会って会食を共にしたが、あんなに賑やかな食卓はアガルタ王くらいのものだろう。あの光景を初めて見たときは驚いた。あれはまるで、下層市民のそれだ。王族のものではない。だが、アガルタ王は敢えてそれをやっている。理由を聞くと、皆で食事を摂ると美味いからだ、という答えが返ってきた。これにヴィエイユは二度驚いたのだった。


だが、賑やかではあるが、皆のテーブルマナーが恐ろしく洗練されていたのも、ヴィエイユを驚かせた一因だ。まだ年端もいかない子供ですら、ナイフとフォークを上手に扱う。何とも不思議な食卓だった。


彼女の思考は自然にアガルタ王の妃たちに向けられていく。あの家庭を作っているのは間違いなくあの妃たちだ。嫉妬ややっかみを全く感じさせないあの、女同士の関係はどうやって築かれているのだろうか……。それはやはりあの正妃リコレットの影響が一番だろう。


あの美しさ、気品、どれをとっても超一流だ。あの妃には勝てる気がしない。それがために、他の妃たちも彼女を出し抜こうという気すら起こさせないのだろう。


それに、アガルタ王との相性も抜群なのだろう。二人が並ぶと、互いが互いのことを愛し、敬っているのがよくわかる。おそらく言葉を発しなくとも、互いの考えていることがわかるのだろう。まさに、最高の夫婦であると言える。


また、体の相性も抜群によいのだろう。三十路を過ぎた女性があそこまでの美しさを保っているというのは、間違いなく、未だに夫から深い愛情を注がれていなければなりえないことだ。結婚後、それなりの時間が経っているにもかかわらず、アガルタ王がリコレット王妃に愛を注ぐことができるのも、やはり互いの体の相性がとりわけ良いのだろうとヴィエイユは分析した。


でも、とはいえ、ね……。


どんなに美しく、体の相性がよかったとしても、男性は他の女性を求めるものだ。そう考えたとき、彼女の頭には他の妃たちの顔が浮かんでいた。


妃たちの中で最も好色なのが、間違いなくあの、メイリアス妃だ。彼女を知る人は意外に思うかもしれないし、中には怒り出す人もいるだろうが、ヴィエイユがこれまで培ってきた人を見る目は、彼女は間違いなくその部類の女性に入ると教えていた。


彼女はメイリアス王妃の房室を想像する。最初はアガルタ王の好きにさせていて、あるところからは彼女が主導権を握る。おそらく最後は、夫の上に乗り、なまめかしく腰を動かしているのだろう。そうして夫を満足させつつ、自分も満足させる……。


……まさに、昼は淑女、夜は娼婦のように、の典型だわ。


ヴィエイユは心の中でそう呟きながら、クスリと笑う。


そのメイリアス王妃の対極に位置するのが、あのコンシディー王妃だ。彼女は間違いなくその体に大きなコンプレックスを持っている。夫婦の行為自体は嫌いではないが、その体を見られることが何より恥ずかしいと感じているはずだ。そのため、本能的には夫の愛を求めつつも、体が動かないという状態であるはずだ。だが、攻めれば反応は返ってくる……。


……まさに、永遠の生娘ね。男性は堪らないでしょうね。


次にヴィエイユの脳裏に浮かんだのは、ソレイユ王妃だ。彼女はあの風貌だ。一見して好色そのもので、昼となく夜となく求め続けているように見えるが、その実は意外にあっさりしたものだと彼女は分析していた。


ソレイユ王妃はおそらく、テクニカル的なもので言えば、妃の中で突出する技術をもっているだろうが、最大のウィークポイントは体力がないことだ。あの華奢な体と、それに似合わぬ大きな乳房は、激しい運動をすればそれだけ体力の消耗も激しくなる。きっと、彼女が能動的に動くのは、限定された場面に留まるだろう。


その代り彼女は、夫の要求には何でも応える。どんな姿態も厭わないし、むしろそうした要求をされることが喜びとしている気配すら感じる。まさに、主人の意のままに動く奴隷……。そんな姿が描き出されていた。


一方でその真逆に位置するのがマトカル王妃だ。彼女は現役の軍人であり、常に訓練に身を置いている。言ってみれば、無尽蔵の体力を持っている。きっと、彼女自身も夫との房室は嫌いではないし、寧ろ好きなのだろうが、軍人としての性格上、それを最低限に抑えているのではないかとヴィエイユは分析した。きっと、彼女自身も欲望を解放してしまうと、どこまでも夫との関係にはまり込んでしまうのがよくわかっているのだろう。そうならないために、敢えて強い自制心で欲望を抑えているのだ。


ただ、ひとたび夫と二人きりになれば、その欲望を爆発させる。自分から求め、様々な要求を口にすることだろう。長い時間夫を拘束して己の欲望を満たすのが、マトカル王妃だ。


アガルタ王としても、頻繁に彼女の相手をすると疲れてくるのだろうが、その頻度が少ないために、彼女との房室はいいアクセントになっているのだろう。妃たちの中で自分の欲望を口にして要求してくるのはおそらくマトカル王妃ただ一人であろうし、彼としても、彼女の要求に応えていた方が、ある意味楽なのかもしれない。


……そんな色々な妃がバランスよく彼の周りに侍ることで、アガルタ王自身の精神も安定し、家庭に平穏をもたらせているのだろう。


「ということは、あのお方の男性としての機能が衰えるまで、アガルタには隙ができないということかしら」


そう言ってヴィエイユはフフフッと笑う。


「……お呼びでしょうか」


突然侍女が入室してきた。先ほどのヴィエイユの笑い声が呼ばれたと勘違いしたらしい。彼女は笑みを浮かべながら首を振る。その表情はどこか、愁いを含んでいた……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……いや、妄想逞しいな!?
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