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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第二十五章 若者の情熱編
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第八百四十九話 終わり? 終わってない?

「敵が……退いていきますね」


俺の傍に控えている兵士の一人が、そう呟く。彼はアガルタ軍の中でも最も目のよい男だ。俺は全く視認できないが、彼には見えるらしい。


この彼には悪いが、俺は早速マップを展開させて、今の状況を把握する。確かに、海上に展開していた夥しい軍勢が踵を返して西の方角に向かっている。


「察するところ、ダオラ軍は、我がアガルタ軍を迂回して本国に戻るつもりなのだろう」


マトカルが無表情のまま口を開く。それは、もし攻撃するならば、ダオラ軍が船首を北に向けたそのときに襲えば、敵の脇腹を突く形となり、殲滅することも可能であるという意味も含んでいる。だが俺は大きく首を左右に振る。


「いや、ダオラ軍を攻撃する意志はない。撤退したいヤツはそのまま退かせてやればいい」


俺の言葉を受けたマトカルは、側に控えていた兵士に視線を向けると、無言のまま頷いた。すべてを察した兵士は一礼して立ち上がり、船内に消えていった。


「それにしてもマト、俺たちも危なかったな。あまり船の速度が速すぎるというのも問題だな」


俺は意地悪そうな笑みを浮かべながらマトカルに問いかける。彼女は相変わらず無表情なままだ。


実際、アガルタ軍はダオラ帝国軍と鉢合わせする可能性があった。ダオラ軍は真っすぐ南に向かってケダカ王国に侵攻したが、俺たちアガルタ軍も南進していたが、ケダカに向かうには、ある地点で東進しなければならない。当初の予定では、ダオラ軍が着陣しているその横をすり抜ける計画だったのだが、アガルタの船があまりにも早すぎたために、ダオラ軍が侵攻する速度とかち合ってしまった。幸いにもそれを事前に察知して慌てて船を止めてダオラ軍の進軍を見送ったからよかったものの、もしも海上で鉢合わせでもして戦闘になったら、それこそ余計な面倒ごとをしょい込むことになりかねなかった。


マトカルは相変わらず無表情なままだ。別段、特に反省しているような雰囲気はない。本当に反省していれば、詫び言の一つも言う女性だ。それがなく済ましているということは、何事もなかったので問題ないと思っているか、それだけ船を操る練度が上がっていることに満足しているかのどちらかだろう。


そんなことを考えていると、ダオラ軍の船影は水平線の彼方に消えていった。てっきり俺たちが視認できる距離を取りながら撤退していくと思ったのだが。一応、己の武威を見せつけて、なめんじゃねぇぞと威勢を張りつつ撤退した方が得策だと考える王や司令官が多いと思っていたのだが、どうやら敵の大将はそうしたことよりも、自軍を敵の目から隠すという選択を取ったようだ。


「ダオラ帝国の皇帝もなかなかやるようだ。あれではダオラ軍の様子はわからない。我々の姿を見てすぐに撤退した決断力と言い、自軍をできるだけ敵の目の晒さないという抜け目のなさは今後、注意が必要だろう」


マトカルが誰に言うともなく呟く。その様子をホルムが苦笑いを浮かべながら眺めている。


「まあ、刃を交えることがなければいいな」


俺は思わずそう呟いた。


その後、サンダンジのニケ王がわざわざ俺たちの船にやって来て、戦勝の祝いを述べた。別に俺たちが戦ったわけでもないのに祝いを言われる筋合いはなかったが、ニケが驚くほどに上機嫌だったために、その言葉を飲み込んだ。


ニケはアガルタがこの戦いに参戦することには半信半疑だったらしい。ただ、フラディメのメインティア王直筆の書簡が届いたこと、そこには、フラディメ軍も出陣すると書いてあったことから、渋々ながら出陣を承諾したのだという。


「実はここだけの話、我が軍はあまり軍装が整っておらなんだ。もし海戦にでもなっていたら、我らの船はなすすべもなく海の藻屑と消えていたであろう」


そう言って彼は笑ったが、後で聞いてみるとそれは単なる彼の謙遜で、実際はいつでも戦えるように準備万端整っていたらしい。さすが自他共に認める戦闘好きだ。そうした準備に全く抜かりはなかった。


俺とニケがそんな話をしている最中に、フラディメ軍はさっさと撤退してしまった。彼らに取っては本当に行ってこいの行程になっていた。さぞかし兵士たちは疲れたことだろう。


しばらくすると、ケダカ側から軍使が派遣されてきた。しかもそれは、総司令官たるシュリが直々にやって来た。彼は俺とニケの顔を見ると、まるで神を崇めるかのように平伏した。


「この度は、我が国の危機をお救い下さりまして、感謝の言葉もございません。また、ニケ王様にあらせられましてはこのシュリ、久しく御意を得ませなんだ。ご無礼の段、平に平にお許しくださりませ」


「相変わらず息災そうだな、シュリ殿」


「ははっ、丈夫だけが取り柄でございます」


シュリはそう言って顔を上げると、ニケと二人笑みを交わし合った。


後で聞いてみると、シュリは若い頃、サンダンジ王国に留学していたのだそうだ。そして、そこで当時王太子であったニケと知己を得ていたのだそうだ。


当時のニケは手の付けられない程の暴れん坊で、若かりし頃のシュリは正直、かなりビビっていたらしい。だが彼は王の御前試合で対戦したニケを完膚なきまでに叩きのめしたらしい。それ以後二人は言葉を交わし合うようになり、友人のような関係を結んでいたらしい。


ちなみに、シュリの奥さんはサンダンジの女性なのだそうで、王宮に仕えていた見目麗しき美女なのだそうだ。ニケ曰く、泣きながら奥さんを口説き落としたのだそうで、一見すると無骨一点張りに見えるこの老司令官にも、かわいいところがあるのだなと妙に感心してしまった。


とはいえ、ニケとシュリがそこまで仲良しだったのであれば、最初にニケのところに援軍を要請すればよかったじゃないかと思ったが、それはそれでまた、違う話になるのだそうだ。俺の話を聞いたときのニケの話が振るっている。曰く、ケダカにはシュリ殿がいるのだ。我が援軍を出さなんでも、シュリ殿一人がおればダオラ軍の一つや二つ、簡単に撃退できただろうとのことだった。


「まずは、両王様、そして兵士の皆様には、このまま南に下っていただき、サトと申す港町に入っていただきたくお願いを申し上げます。そこで、我が王がお待ちでございます。サトには国王の別荘地がございます。そこに皆様をお招きして、我が王自ら御礼を言上するとの口上でございます」


俺は正直気乗りがしなかったが、ニケは大きく頷いているために断りにくい雰囲気だった。結局、俺たちは勧められるままに、サトの港に入った。到着するや否や、ビオンは早速船に乗り込んできて、援軍出兵の礼を丁寧に述べた。あのプライドの高い男はどこへやら、ちゃんと片膝をついて、俺とニケに挨拶をしていた。その様子からは本当に心から感謝しているのがよく伝わってきた。


彼はすぐにでも俺たちを離宮に迎えたいと言っていたが、すでに夕刻も近づいていることから、一旦兵士を休ませて、明日世話になりたいと提案すると、彼は頷き、明日の昼前に迎えに来ると言って帰っていった。


ニケが下船した後、俺は兵士たちにゆっくり休むように命令を下し、マトカルと共にアガルタの都に一旦帰った。


迎賓館の俺の部屋にメイとシディーを呼び寄せて鎧を脱がせてもらう。マトカルは帝都の屋敷で鎧を脱ぐと言って、俺が脱がされる光景をじっと眺めていた。そんなとき、館長のミンシがノックと共に入室してきた。


「畏れながら、ヴィエイユ様がお目通りを願っております。リノス様が帰還されたら、すぐに会いたいと言っておいででした。何でもダオラ帝国についてお話があるそうです」


「ええ~」


「……一応話を聞いた方がいいと思います」


シディーがすかさずそう言う。それを聞いてマトカルが、戦いのことについてならば、私も話を聞くと言い出した。


結局、あまり気乗りはしなかったのだが、マトカルと二人でヴィエイユと会うことになった。あまりの面倒臭さに俺は、思わず大きなため息を漏らした……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ここまで来たのか、ヴェイユさん。
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