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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第二十五章 若者の情熱編
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第八百二十九話 森の中のピクニック

ムーブの森に着いたのは、すでに陽も傾きかけている頃だった。空が真っ赤に染まっていて、実にきれいだった。きっと明日は天気になる。絶好の洗濯日和になるだろうな、などと下らぬことを考える。


「ああ、いい景色だ。確か今夜は満月だったね。この様子ならきっと、見事な月が出るだろうね」


メインティア王はそう言って、家来が用意した椅子に腰を下ろし、懐から紙と筆を取り出して、赤く染まった空をスケッチし始めた。その家来たちは慌ただしく動いて、メインティア王の傍に火を起こそうとしている。どうやら彼はここで俺たちの帰りを待つらしい。魔物に襲われる可能性があるというのに。


正直、この王の振る舞いに俺は感動していた。いつ帰ってくるのかが俺自身にもわからないのだ。下手をすれば、四日、五日の時間がかかるかもしれない。この王のことだ。きっと明け方になれば引き上げてしまうのだろうが、それでも、この危険地帯で俺の帰りを待つという姿勢を示してくれたことに、感動を覚えてしまったのだ。だが、この気持ちも、すぐに裏切られることになる。


「あ、すまないけれど、私たちに結界を張っていってくれないかな。明日の朝まで持てばいいよ」


……俺に結界を張らすんかい。お前たちの傍には結界師はおらんのかい。いや、いるじゃないか。お前とお前とお前、結界師じゃないのか? その姿はどう見ても結界師じゃないか。自分のところの王だろう。アンタらが守りなさいよ。


結界師の格好をしたヤツらは、俺と目を合わせようとしない。まあ、気持ちはわかる。一晩中結界を張り続けるしんどさは、同じ結界師としてよくわかる。でも、そこを怖がっちゃぁスキルは上がらないんだよ。ぶっ倒れるまで魔力を使い果たしてこそ、魔力は上がっていくんだ。俺なんか何度ぶっ倒れたか、わかったもんじゃない。


心の中でそんなことを愚痴ってみるが、それをしたところで、どうにもなるわけではない。そう自分に言い聞かせて、俺は無言のまま、周囲に結界を張った。


兵士たちからおおっ、という歓声が上がる。どうだ、これだけ広範囲の結界はあまりお目にかかったことはないだろう。そこの若い結界師たち。この結界を見て、よく勉強するのだ。


「リノス様」


ソレイユの声で我に帰る。ああ、いかんいかん。普段見せないブラックリノスが顔を出していた。いいや、そんなこと考えちゃいけないよね。世のため人のために尽くす男であらねば。


そんなことを考えながら、俺はムーブの森に向き直る。何とも禍々しい気配のする森だ。今にも魔物たちが飛び出してきそうな雰囲気だ。


ゴンが俺の肩から下りてきて、森の入り口で止まる。スンスンと鼻を鳴らしているところを見ると、どうやらオークキングの臭いを探り当てているらしい。


「……随分、魔物が多いでありますなー」


ゴンの嗅覚をもってしても、オークキングの臭いをかぎ取るには難しいらしい。それだけ魔物の数が多いということだ。これは油断できない。


ふと見ると、ソレイユがゆっくりと歩いてゴンの傍に近づいていく。彼女はゴンに何かを言うと、スッと両手を挙げて、何かを迎え入れるようなポーズを取った。


一瞬の静寂の後、彼女の体から金色の筋がいくつも立ち昇っているのが見えた。その光量は増していき、彼女が纏っている白の衣装が、いつしか金色の、神々しいそれに変わっていた。


「ソ、ソレイユ」


思わず彼女の傍まで歩を進める。彼女は少し笑みを浮かべながら、真っすぐに森を見つめている。すると、俺たちの目の前に、薄緑色の球体のようなものが現れた。まるで、霞のような、水蒸気の塊のようなものだ。


「ようこそおいで下さいました、ソレイユ様。我ら一同、心より歓迎申し上げます」


とても美しい声がその球体から聞こえてきた。俺は驚きを隠さなかったが、ソレイユは落ち着いた様子で、笑顔で頷いている。


「お出迎えご苦労様です。我らはこれよりオークキング、マモの許に参ります。すまないけれど、道案内をお願いします」


「お安い御用でございます」


緑の球体はそう言うと、ホワホワと森の中に消えていった。


「さ、参りましょう」


「ソレイユ、今のは……」


「森の精霊です。私は元々森の精霊を契約していましたので、話すことができるのです。さすが神龍様ですね。精霊の中でも最上位の者が現れました。これで、森の中は安全です」


彼女はそう言ってニッコリ笑い、スタスタと森の中に入っていった。俺も慌てて後を追う。


「……吾輩、別にいなくてもよかったのでは?」


ゴンが俺の肩の上でそんな言葉を呟いた。


森の精は的確に俺たちを案内してくれた。決して悪路を選ばず、獣道ではあるけれど、ちゃんと道がついた場所を選んでくれていた。そして何より、ソレイユの体がら発せられる金色の光が、俺たちの周囲を照らしてくれているので、暗い森の中を歩くのに何の支障も感じなかった。彼女は森に入ると、周囲の目など知ったことではないとばかりに俺の腕に抱き着き、胸を押し付けてきた。


「こうして二人っきりで歩くのは、久しぶりですねー」


「おいおい、ピクニックに来ているんじゃないぞ。それに、二人っきりじゃない。ゴンもいるからな」


「ああ、そうでした。それは失礼しました。ゴンさんがいなければ、森の中で一休みもできたのに……」


そう言ってソレイユはさも、残念そうな表情を浮かべる。森の中で一休みならばいつでもできそうなものだが、彼女が言っているそれは、そういう意味ではなく、そういう意味なのだろう。


俺はオホンと咳払いをしながら、森の中を歩いていく。途中、ぬかるんだ場所があるなどして足を取られかけたが、何とか無事に歩くことができた。途中、魔物の襲撃を覚悟していたが、それはなく、本当に暗い森の中でのピクニックになってしまった。これは、俺の張っている結界というより、ソレイユが発する神々しい光とその気配で、魔物たちが寄り付かなかった、いや、寄り付いてこられなかったと言った方が正しいだろう。


どのくらい歩いただろうか。体感的には三十分くらいだろうか。突然、森の精が消えた。


「どうやら着いたみたいですね」


ソレイユの体を纏っていた光がスッと消えた。彼女は俺にライトを出すように促した。掌に魔力を集中してライト、今回は少し大きめのライトを出すと、目の前には大きな洞窟があり、そこからオークたちがゾロゾロと出てくる様がはっきりと見えた。それを見たゴンが俺の方から飛び降りて、オークらに向かって何か話しかけた。


「……話すことなどない、と言っているであります~」


ゴンがそう言って後ずさりを始めた。見ると耳がピンと立ち、尻尾もピンと立っている。これはかなり警戒している証拠だ。確かに、オークらから発せられる気配が、殺気が尋常ではない。今にも俺たちに飛びかからんばかりの様子だ。


一頭のオークが片足を踏んで地面を鳴らしだすと、他のオークたちも次々とそれに倣って地面を鳴らしだした。その足踏みで地面がかすかに振動しているのが伝わってくる。いよいよ襲って来るのか。俺は握りこぶしを作り、そこに魔力を集中し始めた。


そのとき、足踏みが止んだ。


「下がれ、と言っているでありますー。オークキングが出てくるようでありますー」


ゴンが正面を向いたままで口を開く。すると、穴の中から何やらデカイものがゆっくりと姿を現した。全長、三メートルの巨大な体躯を持った魔物……。どうやら、コイツがオークキングらしい……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 オチをきちんと着ける王様!?
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