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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第二十五章 若者の情熱編
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第八百十五話  ジンの砦

国王ビオンが率いる一軍は、程なくしてムーブの森に着いた。太陽はすでに西の方向に傾き始めていた。


「国王様、これより先は私が先導いたします」


森の前で馬を止めたビオンの前に一人の男が進み出た。斥候隊長のカルワだ。国王ビオンはその必要はないと言いかけて言葉を飲み込んだ。


ジンの砦までは一本道であると聞いた。だが、目の前には鬱蒼とした森が広がるばかりで、そうした道らしいものは見当たらなかった。こうした深い森の中に入るときは注意しなければならない。方向がわからなくなり、ヘタをすると中で遭難する可能性すらあることを、彼は幼い頃の座学で学んでいた。


「砦までは一本道で、道に迷うことはありませぬ。しかし、獣道でございますゆえ、かなり狭くなっております。私が先導しますので、国王様はその後からおいで下さい」


カルワの言葉に、国王ビオンは鷹揚に頷く。


一軍はカルワの先導に従って、二列縦隊でムーブの森に入った。森の入る直前から獣臭が鼻をついた。それは、中に入るとさらに強くなった。


森の木々は高く、それがために陽の光がかなり遮られていた。まだ外は明るいのに、森の中は薄暗かった。国王ビオンは本能的にこの森の危険性を察知したが、目の前を悠然と走るカルワの馬を見ていると、引き返せとは言えなかった。


一軍は粛々と道を進む。どのくらいの時間が経っただろうか。突然、カルワが馬を止めた。


「ジンの砦に到着しました」


よく見ると、石を積み上げたような建物が目の前にそびえていた。カルワは馬を降りて砦に近づき周囲を伺っていたが、やがて国王ビオンの前にやって来ると、片膝をついて彼を見上げた。


「どうやらオークらはいないようでございます。砦を接収しましょう」


ビオンはゆっくりと頷き、周囲にいた者たちに旗を持てと命じた。


ビオンらは手に松明を持って砦に入った。もともとこの砦は、隣国であるフラディメ王国との国境を示すために作られたものだった。そのため砦自体は小規模なもので、二十人程が入ると、そこはいっぱいになった。残った兵士たちは周辺から木々を集めて篝火を焚きだし、砦の周囲を固めた。


中は散らかってはいるが、予想したほど汚れてはいなかった。長くオークらの巣と化していたために、中はそれこそ彼らの糞尿で悪臭が立ち込めているのではないかと思ったが、どうやらそれは杞憂であったようだ。


だが、まったく人の手が入っていなかったために、床は土で汚れ、壁は蔦に覆われていた。国王らは足元に注意を払いながら、一歩ずつ屋上に繋がる階段を上った。


「おお……」


屋上に出ると思わず声が漏れた。森の彼方に見事な夕陽が落ちていく光景が広がっていた。その美しく雄大な景色に、国王一行はしばしの間見とれていた。


「さ、国王様」


カルワの声で我に帰る。国王ビオンは右手をスッと上げる。すると、周囲に控えていた者たちが恭しく国旗をそこに立てかけた。


「ただ今をもってこのジンの砦は、我がケダカ王国の許に還った!」


ビオンの声に、兵士たちは歓声を上げて応えた。その大音声は、この広い森全体に響き渡るようであった。ビオンは満足そうな笑みを浮かべながら頷いた。


万感の思いがビオンの心の中にあった。この素晴らしい夕焼けの景色と森に響き渡る雄々しき大音声……。これを肴に酒を飲むことができれば、どんなによかったことだろうか。たとえ、街中で売られている安い酒であっても、この景色の中であってはおそらく、極上の酒に生まれ変わるだろう……。国王ビオンはいつも愛飲している酒を持参しなかったことを心から後悔した。


「国王様」


不意に話しかけて来る者がいた。マキだ。彼は片膝をついて畏まりながら、ビオンに真っすぐ視線を向けた。


「まもなく日が暮れます。いかがなさいますか?」


「……老人どもは」


「未だ姿が見えませぬ」


「……」


「国王様、先にも申しましたように、国軍の者どもは我らの予想をはるかに下回る速度でこちらに向かっているものと思われます。このままでは、国軍が我らに合流するのは深夜になる可能性がございます」


「深夜、か」


「はい。シュリ様らはこの砦に向かうことでしょう。しかし、深夜に森の中を行軍するなどは自殺行為です。我ら親衛隊のように高い練度があれば別ですが、今の国軍では……」


「ふむ。マキ、貴様の言う通りかもしれぬ。練度と士気の低い兵士たち、加えてそれを指揮するのは老いぼれのシュリ総司令官だ。どの程度の軍勢を連れてきているのかは知らぬが、多くの兵が命を落とすやも知れぬな」


「左様でござます。ここは我らが森の外でシュリ様たちを出迎えてはいかがかと存じます」


国王ビオンは顎髭を撫でながら、何かを考えていた。そのとき、アトベとガサカが王の前に控えた。


「何をお考えになることがあるのです国王様。我らはこの砦に留まればよろしいのです」


「アトベ様!」


「マキ、貴様は優しすぎる。総司令官のシュリ殿には、己が力を知ってもらわねばならぬだろう」


「……」


「国王様、この砦でシュリ殿をお待ちなさいませ。確かに森の中を夜中行軍することで、何名かの兵士は命を落とすことでしょう。しかしそれは、兵の練度の問題であって、その程度の兵士しか育成できなかった総司令官に責任があります。ここは、シュリ殿を追い落とす好機でございますぞ」


「お待ちください」


「国王様!」


なおも引き下がろうとするマキを押しとどめるように、アトベは国王ビオンに決断を促す。


「しからば、しばしここでシュリの爺を待とうぞ」


国王の言葉に、その場にいた者は全員、静かに頭を下げた。そんなことをしているうちに、日が暮れたのか、辺りは徐々に暗くなっていった。


国王のいる周囲にも篝火が焚かれた。おそらく、今はこの砦全体が篝火が焚かれているので、遠目からも砦の様子がよくわかる状態になっている。国王ビオンは、シュリの老人がこの砦を発見するのは、そう遠くない時刻だと考えていた。


そのとき、犬の遠吠えのような音が聞こえた。それは単なる魔物の本能から発せられた鳴き声であるかのようにも聞こえ、また、何かの合図であるかのようにも聞こえた。


◆ ◆ ◆


「国王様はムーブの森に入られたというのか!」


馬上で怒りをあらわにしているのは、総司令官のシュリだった。彼はキリキリと歯ぎしりをしながら、夜目に黒々と見えるムーブの森を睨みつけた。


「愚かな……。夜の森の中は魔物どもが跋扈する世界。人族が太刀打ちできるものではない」


シュリはそう言って天を仰いだ。


だが、彼は軍勢を率いて森に入るような愚策は採らなかった。まず、宰相マガタに急使を立て、国王が森に入ったことを伝えた。彼が使者に命じたのはたったそれだけだった。先王の頃から数多くの修羅場をくぐってきた宿老たちには、多くの言葉はいらなかった。宰相マガタは国王が森に入ったと聞いた瞬間から、最善の対策を打つことだろう。それはむろん、国王が森の中で死んだ場合のことも含めて……。


そうしておいてシュリは、森の周囲に篝火を焚かせた。それは森の中から魔物たちが出てくるのを防ぐと同時に、中にいる王とその親衛隊に、国軍の位置を知らせる意味もあった。もし彼らが魔物に襲われた場合、この篝火は救援部隊がいるという目印になる。そうしておいてさらにシュリは、国軍の中でも最も腕の立つ者を五名集め、その者たちにジンの砦に向かうように命じた。


「魔物たちが動き出す前に国王様をお連れするのだ、急げ!」


ちょうどそのとき、再び遠吠えが聞こえた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 状況がどんどん悪化していく…(;´・ω・)
[一言] 更新有り難う御座います。 宵闇は魑魅魍魎が跳梁跋扈!
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