第八話 エリルお嬢様
暑い夏が終わり、過ごしやすい秋の季節になった。俺は9歳になった。
日本と同じようにこの世界でも四季はある。夏は暑いし冬は寒い。電化製品などは皆無だが、この世界では魔法があり、大抵の暑さや寒さは魔法でカバーができてしまう。
執事の姿も、かなり板につくようになっていた。今ではバーサーム家に訪れた貴族を、玄関から応接間まで案内する役目もできるようになった。もっとも、古くから仕えている執事のワイトンが折に触れて俺にアドバイスをくれたり、さりげなくフォローを入れたりするお陰で、どうにかできるように見えているにすぎないのだが。
そんなある日、師匠との特訓の最中に来客があった。もっとも、かなり乱暴な登場だったのだが。
師匠が放つ3つの「ファイヤーボール」が高速で俺に向かってくる。LV4にもなると、込める魔力に応じて、大きさ、距離、威力が自由に調整できるようになる。師匠が放ったファイヤーボールは、かなりの魔力が込められている。ほぼ、本気の一撃である。
三方向からバラバラに飛んでくるファイヤーボールに対して、分厚い結界を張る。その直後、大爆発が起きる。広いバーサーム家の庭(たぶん東京ドームと同じくらいの面積)でなければ大惨事になるレベルの威力だ。俺の全力で張った結界が破られそうになるが、何とか耐えきった。その直後
「甘い」
バリンと結界が砕け、脳天に衝撃が走る。一瞬意識が飛びそうになるが、なんとかこらえる。慌てて後ろを振り向くと、木剣を振り下ろした女性の姿が目に入った。
「ずいぶん丈夫な結界を張るけど、まだまだムラがあるわね。後ろがガラ空きよ」
「エリルお嬢様!お戻りになられたのですか!」
「久しぶりねファルコ。あなたは変わらないわね」
お嬢様?ひょっとして、エルザ夫人の娘?いや、それにしては若い。孫か?
「リノス、ご挨拶をしないか。こちらは、バーサーム・フォン・エリル様だ。エルザ様の姪御様に当たられる」
俺はすぐさま片膝をつき、手を胸に当て、頭を下げて
「これは失礼を致しました。奴隷のリノスでございます。」
「ずいぶん行儀作法が上手ね。私より上手かも」
「1年ほど前から、執事のワイトンに付けて作法を習わせておりますからな。既に読み書きは習得済みですし、算術もできるようです。」
「まだ子供じゃないの!?結界が張れて、算術もできるって・・・」
お嬢様はしばらくポカンと口を開けて俺を見ていた。ゆっくりと頭を上げる俺と目が合う。お嬢様がキッと俺を睨む。おお、意外と胸がデカイ。
「ファルコ、この奴隷のスキルは?」
「火・水・土・風の魔法がLV1、結界魔法がLV3。詠唱も短縮できますし、回復魔法も使えます。他に鑑定魔法もLV3ですので、かなり高い防御力になりますぞ」
「この奴隷はいくつ・・・9歳!?9歳でLV3が二つって・・・。」
ドン引きのお嬢様。そりゃ毎日死にかけながら魔法使ってたしな。そこいらの奴隷とはワケが違いますよ。何せお払い箱になればそのまま処分されちゃいますから、必死にもなりますよ。
「・・・で、この奴隷、剣術の方はどうなの?」
「いや、全くですな。ここに来て2年、ひたすら儂と魔術の特訓をしておりましたから」
「け、剣の対応を教えていないのは不手際ね。何も戦いは魔術だけじゃないでしょ?」
「まあそれはそうですが・・・。儂は剣は使えませんが、全く不便を感じたことはないですぞ?」
「ファ、ファルコは特別よ。さっきもこの奴隷の結界を見たけど、後ろから攻撃したら簡単に砕けちゃったわよ?きちんと剣の対応を教えるべきよ」
「そうですな・・・。まあ、リノスにとってもいい機会でしょうから、今後は剣の対応も教えていきましょう」
何かしれっとハードル上がってませんか???
「その奴隷の相手は、私がしてあげてもいいわよ。その前に、叔母様にご挨拶に行ってくるわ」
一体何者なんだこの女?ここは一丁、鑑定してみるか。
バーサーム・フィル・エリル(免許皆伝剣士・24歳)
HP:387
MP:77
剣術 LV4
肉体回復 LV4
肉体強化 LV4
生活魔法 LV1
行儀作法 LV1
バッ、化け物だ。免許皆伝じゃねぇか。HPが完全に師匠を超えている。そりゃ結界が壊れるよな。待てよ?この女が相手っていうことは、剣でフルボッコ確定ってことじゃねぇか!
目の前が真っ暗になりそうになる。ポン、と俺の肩をたたく師匠。満面の笑みを湛えてやがる。この世界の人間はドSばっかりか!
その後、師匠からエリルのことについて詳しく教えてもらった。
エリルはエルザ夫人の妹の孫に当たる。生まれてすぐ子供を亡くしているエルザ夫人にとってエリルは、我が子同然に目をかけて育ててきた。本来、貴族の子女は礼儀作法や教養を学ぶことに生活の大半を費やす。しかし、エリルは子供の頃から剣に興味があり、しかもその才能を持っていた。それをいち早く見抜き、エリルに剣を学ばせたのは、他ならぬエルザ夫人なのだ。
だが、エリルが12歳となり、結婚した後はしばらく疎遠になったのだが、16歳の時、子供がなかなか生まれないエリルに業を煮やした嫁ぎ先は、エリルを離縁した。そうなると後は屋敷に押し込められるか、どこかの後妻に入るのが一般的なのであるが、エルザ夫人は迷うことなくエリルを、ジャク王国の剣聖、ガンボールに弟子入りをさせたのだ。そこで激しい修行の末、入門僅か8年にして免許皆伝を受け、めでたく帰還を果たした、というわけだ。
ちなみに、この世界で成人は12歳である。平均寿命が50歳なので、必然的に成人や結婚適齢期は低年齢化する。しかし、12歳で結婚して16歳で子供ができないから離縁っていうのはすごい。というより、あまりにも強すぎたために亭主と合わなかったのだろうというのは、師匠の推測である。
「叔母様、ただいま戻りました」
「ずいぶん早かったわね。ジャク王国からここまで半年はかかると思っていたけど、まさか2ヶ月で戻ってくるとは思わなかったわ」
「はい、一刻も早く叔母様の下に着きたくて、日中ずっと馬を飛ばしていました。乗る馬、乗る馬、虚弱体質の馬ばかりで、思った以上に時間がかかりました」
「まさか、一日中馬を飛ばしていたの?」
「ええ、そうしたかったのですが、日暮れになると馬が倒れてしまうのです。そんなことが10回ほどありましたでしょうか。」
「・・・大変だったわね(馬が)」
「でも、もう心配ありません。叔母様は私がこの剣で守ります。ファルコさんは心置きなく王宮へ行っていただけます。叔父様と王太子殿下の警護が強力になります」
「ああ、そのことなのですが、今は比較的落ち着いていますから、しばらくはこのままにしておこうと思います。」
「ツっ!でっ、では私は・・・」
「いいのよ。あなたがここにいてくれるのであれば、それはうれしいことです」
「では・・・しばらく叔母様のお屋敷でお世話になります。聞けば叔母様、ファルコさんが奴隷を鍛えているのだとか。」
「ああ、リノスね。あれはとても優秀でね。既に結界が張れるのですが、読み書きと算術もかなりできるのです。寧ろ執事として・・・」
「いえ、叔母様、剣術を教えるべきです!男は力が必要です。魔術だけでは守れるものも守れません」
「そうね。では、あなたからリノスに剣術を教えてもらえるかしら。ただし、あの子は結界師として育てることが第一です。そこを忘れないでちょうだいね」
「はい」
エリルは心の中から溢れる喜びを感じていた。リノスは強い。これからどれほど強くなるのかが分からない。リノスと一緒に修行を積めば、それだけ自分も強くなるのだ。この機会を逃す手はない。明日からリノスをどう鍛えてやろうか。そんなことを考えながら、彼女は部屋に向かうのだった。




