表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第二十三章 憎悪連鎖編
771/1108

第七百七十一話 あり得ないことだらけ

思いがけない話だった。今は戦争の真っ最中だ。総勢十万近い軍勢が犇めいている中で、来客があるなどとは、全く予想すらしていなかった。


自分自身でも、不思議そうな表情を浮かべていることがわかる。レアルは気を取り直して、目の前に控える兵士に向き直る。


「今、客と言いましたか?」


「ハッ」


「どなたです?」


「ヒーデータ帝国からのお使者が参っております」


何とも言えぬ怒りが湧き上がってくるのを感じる。それならばなぜ、使者が来たと言わないのか。この男は確かにお客様がお見えです、と言った。気が動転したのだろうか。だとしたら、この男は兵士として失格だ。兵士たる者は、いついかなる時でも、冷静沈着であらねばならない……。


「先ほど、お客様がお見えですと言いましたね?」


「……は、はい。申しました」


「で、今は、ヒーデータからのお使者が参った。そう言いましたね」


「申しました」


「なぜ、最初からお使者が参りましたと言わないのです」


「そ、それは……」


「私がそう言えと言ったのだよ」


狼狽える兵士の背後から男の声が聞こえた。姿を現したのは、何とヴァイラスだった。


「お、お兄さま!?」


「レアル、あまり兵士をいじめるものではないよ」


ヴァイラスは優しげな笑みを浮かべながら、後ろに控えている兵士に礼を言って、下がるように促した。


彼は部屋の中をゆっくりと見廻すと、よく通る声で口上を述べた。


「ヒーデータ帝国公爵、ヒーデータ・シュア・ヴァイラスと申します。この度は、この戦いの和平の使者として罷り越しました。どうぞ、お見知りおきを」


そう言って彼は優雅に一礼して見せた。


ヴァイラスは従者も伴わずに単身でこのロークル城に乗り込んできていた。その場に居合わせたミトス王国軍の幹部たちは、ただひたすらに驚いていて、声一つ上げることができなかった。そんな彼らを一瞥したヴァイラスは、優しい笑みのまま、レアルに向き直る。


「そういうことだ、レアル。この戦いを終わらせに来た」


「お……お言葉ですがお兄さま。今、我々とお兄様とは敵同士ではありませんか? ヒーデータは、我らの盟友であるカルートレン軍を攻撃したと聞きました。それは、ヒーデータが我々に対して宣戦を布告したことになります……」


「もういい、レアル」


ヴァイラスの顔に憐みの感情が浮かんでいた。


「ミトス王国の策略は、すべて明るみになっている。アガルタ軍をおびき寄せ、ミトス、カルートレン、エルスモ、ノーノ、セーファンドの連合軍でアガルタを、アガルタ王の首を挙げようと画策していたのだろう。だが、ミトスを除くすべての軍勢が壊滅し、あるいは撤退した。もう、ミトスの策略は潰えたのだ。今、このロークル城は、我々ヒーデータとアガルタによって完全に包囲されている。悪いが、ミトスが勝つ可能性は、皆無だ」


……そんなことはやってみなければわからないだろう。レアルは心の中でそう呟いた。セーファンドとエルスモ軍が壊滅したときに、この策略が見破られたであろうことは想定していた。今、この危機を脱するには、ヒーデータとアガルタ軍を駆逐するほかなかった。しかも今、目の前にいる兄は、表向きはヒーデータ軍の総司令官なのだ。この兄を討てば、ヒーデータは瓦解する。グレイジア元帥と連携することができれば、今度こそアガルタを窮地に追い込める。そんな考えが頭をよぎったそのとき、ヴァイラスが衝撃の一言を放った。


「ちなみに、お前が連絡を取っていたグレイジア元帥は、亡くなった」


「何ですって!」


思わず立ち上がって声を上げた。自分でも驚くほどの声が出た。レアルの頭の中が真っ白になっていく。


「私は、ヒーデータ帝国の使者として赴いている。私の言葉は、ヒーデータ帝国皇帝の言葉と思っていただいて結構です」


ヴァイラスはそう言うと、スッと背筋を伸ばした。


「このミトス王国の王妃は、我が妹です。このままミトスと刃を交えるのは、兄妹が刃を交えるのと同じ。私は、それはするべきではないと考えています。そこで、この度の戦いを穏便に済ませたいと考えています」


「じょ、条件を承ろうではないか」


突然口を開いたのは、何と、ミトス国王、カインだった。彼は目を見開きながら、言葉を続ける。


「和平の条件を承ろう!」


「承知しました。しかしながら国王陛下、その条件は決まっておりません。いや、決めていないという方が正しいでしょうか」


「どういうことだ」


「その和平の条件を、これからミトス、ヒーデータ、アガルタの三者で話し合いたいと存じます」


「……」


「場所は、我がヒーデータ帝国の船内を考えております。アガルタ王はこのことに関しては承知なされました」


「お、畏れながら申し上げます」


宰相ムタがたずねた。彼の額には汗が浮かんでいる。


「その場には、アガルタ王おん自らおいでになるのでしょうか」


「はい。その通りです」


「と、なれば、我が方は、全権大使を立てるわけには……」


「いいえ、その点についてはこだわるつもりはありません。ただ、私とレアルは兄妹です。レアルと話をするのが、一番伝わりやすいとは思いますけれど。これはあくまで私の考えですが」


「し……しばらく、お時間をいただきたく、お願いを申し上げます」


「今すぐご回答をいただきたい」


「し、しばらく、しばらくのご猶予を……」


「こう申し上げては何ですが、今、貴国は後宮をアガルタに占領されているのです。一刻も早くこの話をまとめて、後宮を開放することが先決ではないですか?」


「う……」


「もうよい、余が参る!」


国王カインは言った。そこにいた全員が呆気にとられた表情を浮かべている。


「お待ちください、陛下!」


「言うな! 使者殿が言われる通り、今は後宮を開放することこそが一番じゃ。一刻も早くマリアを助け出すのじゃ!」


カインはそう言うと、ヴァイラスに向き直る。


「和平交渉の件、承知した。場所も、ヒーデータの軍船であることも承知した。すぐに支度にかかってもらいたい。一刻も早く、じゃ」


「……承知しました。それでは、今からおいでになりますか? すでに、アガルタ王は我が船に参っております」


「よしわかった、馬を曳け! 馬車を!」


そう言ってカインは城門に向かって歩き出した。その後ろを、宰相ら主だった者たちが追いかけていった。


一人残されたレアルは、呆然自失の表情を浮かべていた。そんな妹を、ヴァイラスは哀れな目で眺めていた。


◆ ◆ ◆


国王カインがロークル城を出発したのは、それから一時間後のことであった。結局、国王の他に、宰相ムタと王妃レアルが従うことになった。レアルの同行は、宰相の希望だった。彼は、彼女のヒーデータとの血のつながりが、この交渉で大きな役割を果たすと踏んでいたのだ。


結局、この三人は、ヴァイラスの馬車に同乗して船に向かっていた。ロークル城で馬車の用意ができなかったためだ。国王カインは、いつまで経っても準備ができないことに腹を立て、周囲の者たちに当たり散らした。それを見かねてヴァイラスが、自分の馬車で向かうことを提案したのだった。


奇妙な光景だった。敵同士が同じ馬車に乗っている。しかも、宰相ムタ以外は全員王族だ。王族でもない自分が同じ馬車に乗るなど、ミトス王国ではあり得ないことだった。しかも、宰相の隣に、ヴァイラスが座っている。今ここで、彼の命を奪うのは簡単のように思えた。そして、それをすれば、ヒーデータ軍は瓦解し、この戦いを有利に進められるのではないかとさえ思った。


だが、彼の本能が、それを止めた。宰相の判断は正しかった。ヴァイラスの乗る馬車はオワラ衆が操っており、何かコトがあると、すぐに彼を救い出す手筈が整っていたのだった。


程なくして、馬車は船に着いた。ヴァイラスは彼らを船内の一室に案内した。


「ようこそ」


「はあっ!?」


レアルはまたもや頓狂な声を上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……まぁ、一人負けか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ