第七十六話 新たな奴隷
俺は紙の山に囲まれた中で、カリカリとペンを走らせている。リコたちから上がってきた書類にサインをしているのだ。
税のこと、軍のこと、農村のこと、漁業のこと、そして領民からの陳情・・・などなど、あらゆる事柄に関して書類に目を通し、それにサインを書き入れていく。ようやく俺も領主らしい仕事をするようになった。
メイが中心になっている農業の復興は、思いのほかに成功している。秋に種をまいた大根、キャベツ、玉ねぎ、ホウレンソウ、ネギ、エンドウ豆は問題なく身を付けて収穫を果たした。味も実に美味しい。それに自信をつけ、農地ではいろいろな種類の野菜を作っている。どんどん人も移住してきている一方で、トラブルがないこともないのだが、何とかうまく対応できている。現在は、夏の日差しに照り付けられながらも水田には稲が生い茂り、秋の収穫が待ち遠しい状態になっている。
「さて、みんなに三つほど提案があるんだけど」
夕食時に俺は皆にこれまで温めていた計画を打ち明ける。
「提案の一つ目は、帝都にもう一つの店を出そうかと思っているんだ」
「店ですか?どんなお店を出しますの?」
「色々な食材を売る店だ」
帝都でも食料を売る店はあるが、米屋、八百屋、魚屋、肉屋と専門店ばかりだ。広い帝都の中で分散してしまっているため、一般庶民はかなりの労力を割いて買い物をしている。常々俺はスーパーマーケットのようなものを熱望していた。そして、ないならば作ってしまえばいいという結論に達した。帝都で一番不足しているのは、魚と野菜だ。新鮮な魚と野菜を売ることが出来れば帝都民にもよろこばれる。帝都の八百屋と魚屋は、希少価値があることをいいことに、かなりボッタクリな店が多い。以前から俺はこの態度が気に入らなかったのだ。
店の候補は決めてある。帝都の西、俺の今の店から南に500メートルほど行ったところに、大きな倉庫がある。米屋の倉庫らしいのだが、現在は使われていない。しかし、きちんと手入れはされており、一般市民が多く住む地区のすぐ近くということもあって、以前から気になっていたのだ。そして、米屋もその倉庫を手放したがっていると聞き、交渉の結果予想以上の安価で購入することが出来た。
これを仲立ちしてくれたのは、遊郭・ミラヤのアキマだった。彼女は将来的にクルムファルに遊郭をオープンさせたいらしい。その相談のお礼ということで、この情報をくれたのだ。
「クルムファルでの秋の収穫が終わるタイミングで、開店させたい。店の名前も決めてあるんだ。「スーパー・ダーケ」だ」
何のひねりもない名前で、微妙な感じは否めないが、特に問題ないらしい。これに関しては問題なく承認された。
「そして二つ目が、クルムファルの街に遊郭を出すことだ」
さすがにこれはリコがイヤそうな顔をした。
「ミラヤのアキマさんから相談を受けてね。俺は許可を出そうと思う。ただし、未成年は採用しない、奴隷を使わない、仕事に就く・就かないは本人の意思を尊重する、という条件を付ける。どちらかというと俺は、アキマさんの店を文化人のサロンのようなものにしたいと思うんだ。だから外観も内装も上品で華やかなものにしてほしいとお願いするつもりだ」
てっきり反対するかと思ったリコだったが、何も言わず賛成してくれた。むしろ、フェリスやペーリスが、文化人が集まる場所を作るのはいい!と大賛成なのには驚いたが。おそらくリコも、文化人のサロンを作るということで、何とか納得してくれたのだろう。
「そして三つ目の提案は、新しい店の従業員として、奴隷を雇おうと思うんだけど、どうだ?」
正直言って、クルムファルの人間をこちらに回す余裕はない。さりとて、新しい店については、どうしても成功させたい。そのためには奴隷が一番いいと判断したのだ。しかも、明後日にその奴隷市が開かれるとアキマが教えてくれた。まずは、ここで奴隷を見たい。
「ついでに言うと、結界石の店も、できれば奴隷に任せたい」
「そうでありますなー。ご主人は領内の仕事に専念したほうが良いでありますからなー。店は奴隷に任せるのが、一番いいでありますー」
「他のみんなはどう思う?」
「私はそれでいいと思います。奴隷の方がよく働くでしょうし」
「リノスさんの方法でいいと思います」
基本的に反対はないようなので、明後日の奴隷市に参加してみることになった。
その夜、部屋に入ると、いきなりリコが抱きついてきて、俺の胸に顔をうずめてきた。
「・・・リコ?」
「奴隷を購入されて、どうするつもりですの?」
「別にどうもしやしないよ。ある程度店を任せることが出来たら解放してやったらいいんじゃないかな?」
「本当に?」
「どうしたんだい?」
「・・・リノスが気に入ったら、側室にするのでしょう?」
「しないよ、たぶん」
リコはガバッと顔を上げて荒い息で俺を見た。
「たぶん?じ、じゃあ気に入ったら側室にする可能性があるということですわね?いや別にダメだと言っているんじゃないんですのよ?殿方は側室を持つものというのは承知していますましてやリノスは名誉侯爵とはいえ貴族ですから側室が一人というのも外聞が悪いことですしそれに私ももう年齢も年齢ですからそろそろ若い側室に・・・」
「リコ?リコ!落ち着いてくれ!」
俺はリコを抱きしめて背中をさする。
「あふっ、はっ、はっ、ふっ、だって・・・」
「俺はリコとずっと一緒に居たい。リコは俺と離れたいのか?」
「・・・ずっと、ずっと、一緒に居てくださいませ」
俺は再びリコを抱きしめ、お姫様抱っこで彼女をやさしくベッドまで運んだ。
二日後、俺はゴンとリコを伴って帝都にいた。
奴隷市に向かう道すがら、意外な人物と出会った。メイを出品していた奴隷商だ。
「これはこれは。ユーラ商会のマリスと申します。その節はお世話になりました。お売りしました奴隷は、問題はございませんか?」
「問題も何も、とんでもない拾い物だった。今では俺にはなくてはならない側近になった」
奴隷商は一瞬戸惑った表情をしたが、すぐに平静を取り戻す。そして言葉をつづける。
「今日は奴隷市へご参加で?そうですか、それならば、私共の店がすぐ後ろの建物でございます。まだ市の開始まで時間がございますので、よろしければ手前どもの店で奴隷をご覧になりませんか?」
せっかくなので、見せてもらうことにする。
店に入り、応接室に通されると、希望の奴隷を聞かれる。気立てがよく、察しのいい女性がいいと答える。俺たちが狙うのは、「教養」スキルを持っている者だ。店の管理をするのに、計算能力は必須だと考えているのだ。
「準備が出来ました」
マリスに案内をされて、別の部屋に向かう。そこは広い、大きめの椅子があり、その前はカーテンで覆われていた。俺たちが座ると同時にカーテンが開き、そこにはドレスを着た8名の女性が立っていた。俺は一人ずつ鑑定を行うが、意外にも「教養」スキルを持ったものが5名もいた。
その5名を残し、俺はそれぞれの顔を見る。人間が2人、ウサギの獣人が2名、猫の獣人が1名という顔ぶれだったが、人間たちには一切ヤル気が感じられず、目が死んでいる。ウサギの獣人は一人がまだ子供だった。そして猫の獣人は、かなりエロい。性奴隷ならコイツで決まり、と思わせるくらいのフェロモン全開で、潤んだ目で俺を見ている。
「この者たちは全員、性奴隷になることを承知しております。ただし、生娘は一人だけでございます」
「あのウサギの獣人か?」
「左様です。ちなみに、あの二人のウサギ獣人は親子でございます」
よく見ると似ている。どちらも聡明そうな顔立ちをしている。
「なぜ親子で奴隷落ちをしているのか、尋ねても?」
「この者たちは、さる貴族の妾とその娘だったのですが、母親が不義を働いたため、娘と共に奴隷として売られたのでございます。親子で奴隷というのは珍しいですな。売りに出ればかなりの高額で落札されることは間違いございません。親子で楽しめますからな」
ずいぶんこの親子を押してくる。おそらく、一番売りにくいのがこの二人なのだろう。できれば俺に売りつけてしまおうとの魂胆が見えてくる。俺は一息ついて、彼女たちに質問をしてみる。
「数字の1から10。これを全部足すといくつになる?計算してみてくれ」
「「55」」
「40」
ウサギの親子が即座に答えを出した。もう一人の人間はやる気なく答えたと同時に、間違えている。
「どうやって計算したんだ?」
「1から9の半分は5です。5を9倍して10を足すと55になります」
ウサギ獣人の母親が答える。
「わかった。じゃあ、このウサギ獣人の親子を買いたいと思う。金額は?」
「50000Gでございます」
「高いな」
「二人とも計算ができますので」
「いや、変な計算をしているではないか。答えは合っていたが、計算は目茶目茶だろう。合ったのはたまたまだ。それとも、あの計算が正しいと証明できるのか?」
「いや、それは・・・」
「それにもう一人は子供で、まだ何もできないだろう?そこそこ使えるまでにこちらが養育と教育をせねばならんことを考えると、割高だな。しかも二人まとめてとなるとなぁ・・・」
「左様でございますか。仰ることもごもっともです。それでは・・・。25000ゴールドでは?いや、20000ゴールドでは如何でしょう?」
いきなり半値以下になるんかい。どれだけボろうとしているんだろうか。ここは強気に交渉してみるか。
「う~ん、二人とも教育し直すことを考えるとなぁ・・・」
「では、10000Gで如何でしょう?」
さらに半値になった。ホンマに大丈夫かいな?隣のリコとゴンを見てみる。ゴンもリコも、このくらいが妥当だと考えてくれているようだ。
「・・・まあ、それでいいだろう」
「ありがとうございます。それでは早速購入手続きに進ませていただきます」
女たちは部屋を出ていき、俺はマリスに金を渡す。しばらくすると、服を着替えたウサギの獣人親子が入ってくる。
「よかったな。今日からこのお方が、お前たちのあるじ様だ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「・・・おねがいします」
そして、マリスは俺に向かって何やら呪文を唱え、俺の手を出すように言われ、言われるがままに右手を出すと、俺の手が光った。同時に、親子の手からも光が発せられた。
「これで、この二人はお客様の所有物になりました。もし今後、この奴隷に不都合なことがあれば買い取らせていただきますので、その際はどうぞよろしくお願いいたします」
挨拶もそこそこに、俺たちは店を出た。
「お前たち、名前は?」
「ご主人様がお付けくださいませ」
「いや、今まで呼ばれていた名前があるだろう。差支えなければそれで呼びたいのだけど」
「・・・ソーニヤです」
「・・・アンジェです」
母親のソーニヤは28歳で「教養LV2」を持っている。娘のアンジェは8歳で、「教養LV1」を持っており、娘はおそらく、生まれながらに教養の才能を持っているのだろう。
「お前たちには、店番を頼もうと思う。詳しい話は歩きながらしようか」
「・・・お母さんの計算は間違ってないもん!」
「アンジェ!・・・申し訳ございません、ご主人様」
「いや、アンジェの言うことは正しい。あれは金額をマケさせるために敢えて言ったんだ。ソーニヤのやり方は間違いじゃなくて寧ろ正しい。よく知っていたな。相当勉強したんだろうな」
「いえ、私はその・・・好きだったものですから」
「その才能を生かしてもらいたい。店が任せられるようになればお前たちを解放しようと思っている。だから、頑張ってもらいたい」
「私たちを解放してくれるの?」
アンジェの目が輝く。
「ああ、給料も払う。ただし3年は店にいてもらいたい。その後は継続して勤めてもいいし、他の仕事をして構わない。それまでは、頼む」
「「ハイ、ご主人様」」
二人とも何とか未来に希望を見いだせたようだ。
そんなことを話している間に、俺たちは奴隷市が開催されるホテルに到着した。




