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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
間 話 ひとりのじかん
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第七百四十ニ話 メイ、閃く

皆が寝静まった頃、リノスの帝都の屋敷の廊下に人影が見えた。ゆっくりと、音を立てずに廊下を歩く。その足は、とある部屋の前でピタリと止まった。


扉を開けて部屋の中に入る。小さな声で詠唱すると、部屋がパッと明るくなった。


そこにいたのは、メイだった。


彼女はさらに奥の扉を開ける。ムッとした湿気が体を包む。彼女はさらに詠唱してライトを出して部屋を明るくする。そこは、リノス家のバスルームだった。


バスタブを見ると、そこには水がなみなみと湛えられていた。これは、おそらくご主人様だろう。メイは思わず笑みを漏らす。


これは、研究でメイが遅くまで起きていたときに、よくリノスがやってくれていたことだった。最近はあまり遅くならないように、皆と一緒に寝ることを心掛けていたのだが、この日は、ついつい夜遅くまで本を読んでしまっていたのだった。


メイはキョロキョロと首を左右に振る。きっと、魔石がどこかにあるはずだ。……それは、バスルームの入り口に置いてあった。これに魔力を注げば、たちどころに熱を帯びて、バスタブを温めてくれるのだ。


しかもこの魔石は、バスタブがちょうどよい温度になるように温めてくれる。一体、どのような手法で作られているのか、メイには皆目わからない。単なる石にリノスが魔力を込めることで、色々な効果を付与できる――これは、アガルタの専売特許になっていて、重要な収入源になっている――という理論は、メイをして、何度聞いても理解できないものだった。


「こうしたい……っていうのを頭に描きながら、石に魔力を注入するんだ。そのとき、石の中心に向かって魔力をねじ込むように入れるのが、コツだ」


それは、石の小さな隙間に向かって魔力を注ぎ込むのか、どの程度の魔力を注入するのか。そうした具体的な、数字で示すことのできる証拠は皆無だった。


メイはリノスが用意してくれた魔石を手に取り、それに魔力を通す。ほんの少し、魔力を注入すれば効力を発揮するために、やろうと思えば子供でもちゃんと効果を発揮する優れものだった。


魔石をバスタブに沈めると、石からブクブクと泡が出てくる。水が温められている証拠だ。それを確認したメイは、隣の脱衣所に向かい、ゆっくりと服を脱ぎだした。


彼女の体が次々と露わになっていく、やがて、一糸まとわぬ裸になった彼女は、ふと、鏡に映る自分の姿に視線を向けた。


尻に赤い斑点のようなものが見えた。何かの病気の予兆だろうか。じっとその斑点を観察する。


特に痛みもない、しこりもない。何か、食べ物に当たったのだろうかとも考えたが、すべて熱を通したものを食べている。その可能性は低そうだ。そのときふと、思いだした。


「……もしかして、ご主人様?」


ふと、昨夜のことに思いを馳せる。あのとき、付けられたのだろうか。メイの顔が少し赤みを帯びてくる。確かに、いつもは優しいご主人様が、昨夜は少し興奮気味だった。そのせいもあったのかもしれない……。


今夜、ご主人様はリコ様と一緒だ。昨日のようなことになっていなければいいのだが……。


そこまで考えて、彼女はフッと笑みを漏らしながら首を振る。何を下らぬことを……。と自分に言い聞かせながら、バスルームに向かう。


バスタブに手を浸けてみる。ちょうどよい温度になっている。彼女は桶で水を汲んで、数度体にかける。そして、備え付けられてあるシャワーのコックをひねる。


少し熱めの湯がシャワーヘッドから飛び出してくる。これも、リノスが作り出したものだ。


元々は、ヒーデータ帝国のホテルにあったものをヒントに作ったのだが、彼の作る魔石が埋め込まれていて、ほとんどオリジナルに近いものになっている。実に優れたもので、これもやはり、温度調整がちょうどよいものに設定されている。


メイ自身、こうしたものを作り出そうと考えたこともあるが、なかなかそれは実現しなかった。そんな彼女を見てリノスはいつも、もう少し時代が追い付いてくれば、何とかなると言って笑うのだった。


シャワーの湯を頭からかぶり、頭、体を洗ってゆく。そして、手早くそれを済ませると、彼女はその豊満な肉体をバスタブの中に沈めた。


いつも感じるが、本当に最高の瞬間だ。体の疲れが取れていくような、何とも言えぬ心地よさだ。メイは一人で入る風呂が大好きだった。この、自分だけの空間に浸ることで、ぼんやりと頭の中で考えを巡らせるのが、大好きだった。


眼を閉じて、ゆっくりと天を仰ぐ。頭の中に、色々な考えが浮かび、消えていく……。


「あっ」


思わず声が漏れてしまった。彼女の顔に水滴が落ちてきた。ゆっくりと目を開けると、天井に、今にも落ちてきそうな水滴がたくさん付いているのが見えた。


「……子供たちが喜びそうだわ」


思わず笑みがこぼれる。いつ降ってくるのかがわからない水滴から、どう逃げるのか……。子供たちがきゃあきゃあ言いながら逃げ回る姿が頭の中によぎる。何ともかわいらしい光景だ……。


そんなことを考えていると、バスタブに天井から数滴の滴が落ちてきた。ポチャン、ポチャンと何とも言えぬ可愛らしい音が響く。メイはさらに天井の滴をじっと見つめる。


あの滴の正体はもちろん知っている。水蒸気が冷やされているためだ。それにしても、この季節にこれだけの水滴がつくのは珍しいことと言えた。バスタブの温度と、天井の温度差が大きいのだろうか。


そこまで考えて、メイの頭にふと、とある光景がよぎった。それは、リボーン大上王が、焚火を拵えて、そこに石を入れていた場面だった。


「我がフラディメ王国では、寒さが厳しいですでな。皆、寒さを凌ぐのにこうやって石を温めて懐に入れますのじゃ」


大上王は、何とか国の民を寒さから守ってやりたいものだと言って、笑っていた。メイの頭の中に、この蒸気を利用して暖を取れないかというアイデアが湧き出ていた。


一番の問題は、どうやって蒸気を冷やさないか、だ。蒸気が冷えてしまうものではだめだ。それに、外気が入るのもよくない。気密性が保たれるものでなくてはならない。で、あれば、鉄などのものはダメだ。となれば……。


ゆっくりと体を伸ばしながら、メイは思考する。そのとき、とある物質が頭の中に閃いた。


「カルムゾン!」


そう言ってメイは立ち上がる。熱を通さず、さらには柔らかい物質であるために加工がしやすい。それで管を作って家の中に張り巡らせる。熱源は数か所、場合によっては一カ所でいい。何か大きな窯で湯を沸かし、その水蒸気を取り込んで家々に流せば、それなりの暖がとれるのではないか。うん、これはできそうだ。


メイはバスタブから上がると、手早く体を拭き、自分の部屋に戻る。幸い、今日はアリリアはソレイユと一緒に寝ている。一人で作業をするのにはもってこいの状況だ。


彼女は椅子に座ると、ペンを握り、図面を書きだした。それはあまり悩むこともなく、一気に書き上げていく。メイのいつものやり方だ。一気に書いてしまって、そこから推敲していく……。だが、この日の彼女はいつになく冴えていた。頭の中で浮かんでいるアイデアに手が追い付いて行かない。それでも彼女は、全力で集中して図面を書き上げた。


「よし……明日、シディーちゃんと相談してみよう」


メイは満足げな表情を浮かべながら、筆を置く。ふと気づくと、一糸まとわぬ裸であることに気が付いた。途端に恥ずかしさが込み上げてくる。


彼女は静かに部屋を出ると、足音を立てないように廊下を歩いた。こんな姿を家族に見られたくはない。特にご主人様とリコ様には、見られたくない……。


もうすぐにバスルームのところまで来たとき、不意に隣のお手洗いの扉が開いた。そこにいたのは、何とリノスだった。


彼はメイの様子を見て、目を丸くしながら絶句していた。そんな彼にメイは、片手で胸を隠し、片手で下腹を隠しながら、戸惑いの面持ちで必死になって口を開く。


「あっ、あのっ、そのっ……。お風呂に入っていたら……お湯を使ったアイデアを思いついて……」


「風呂? お湯? アイデア?」


リノスは呆れた表情を浮かべながら、メイに諭すように口を開いた。


「要は、やかんにわく、ってか?」


リノスは、ゆっくりと部屋に向かって歩いて行った。メイはその後ろ姿を、呆然とした顔で見送った。

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[一言] 更新有り難う御座います。 ……メイさんはアルキメデスかな?
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