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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
間 話 りゅーおーくんの戸惑い
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第七百四十一話 ペット

リノスは、執務室の机で頬杖をつきながら、ため息をついていた。この光景はここ数日、よく見られるもので、いつも真面目に仕事に取り組む彼にしては、珍しいことと言えた。そのため、家来たちは、王の周辺に何かあったのかと心配する程だった。


彼を悩ませている原因は、龍王だった。彼はここ数日、アリリアの傍から一歩も離れようとせず、ひたすら彼女に付きまとっているのだった。


これまでの龍王は、折に触れてアリリアの傍にやって来てはいたが、しばらくすると、どこへともなく消えていっていた。当初こそ、結界を破壊してアリリアの傍に寄ることもあったが、今の結界を張ってからは、そうしたことはほとんどなくなっていた。リノスはその状況に満足しつつ、己の結界スキルの向上も感じていたのだった。


だが、ここ最近は、龍王はその結界ギリギリのところに居座り続けている。食事も摂らず、水も摂らず、手洗いなども行かず、ただひたすらその場に立ち尽くしている。普通の人間ならばとっくに倒れているレベルだが、龍王はそんなことはお構いなしに、ただ、アリリアに付きまとっている。リノスは龍王の真意を測りかねていた。


いよいよ、アリリアを連れ去るつもりか、とも考えたが、そうであれば、これまでの間に何度もチャンスはあった。リノスは直感的に、龍王の狙いはそこではないと考えていた。だが、それ以上のことはわからなかった。彼は頬杖をつきながら、大きなため息をついた。


「……これは、俺一人で対処する問題じゃないな」


彼は誰に言うともなくそう呟くと、ヤレヤレと言った表情を浮かべながら、目の前に積まれている書類に手を伸ばした。


その夜、子供たちが寝静まった後で、リノスは家族をダイニングに集めた。


彼の前にリコ、メイ、シディー、ソレイユ、マトカルら妻たちが座り、その隣に、フェリス、ルアラ、ペーリス、ゴンが座る。ラースはヒヤマの砦に詰めていて不参加だ。というより、姉のフェリスが連絡するのを忘れていただけなのだが、ここでは秘密にしておく。


リノス家において、こうした家族会議が開かれるのは、かなり珍しいことと言えた。そのため、皆、一様に緊張した面持ちをしている。唯一、シディーだけは、ある程度の未来を予想しているのか、眠そうな表情を浮かべている。


「皆に集まってもらったのは、他でもない……」


重々しい口調でリノスが口を開く。その様子に、家族たちは居住まいを正す。


「みんなに知恵を借りたいと思っているんだ。……他でもない、あの、龍王のことだ」


その言葉に、皆、顔を見合わせている。そんな中、リノスはさらに言葉を続ける。


「あの龍王はここ数日、ずっとこの屋敷の上空に留まっている。狙いは他でもない、アリリアだ。ヤツはアリリアの行動に従って、移動していっている」


「アリリアは基本的に、お屋敷の庭でフェアリと遊んでいますけれども……」


リコの言葉にリノスはゆっくりと頷く。


基本的にアリリアは出不精だった。息子のイデアと娘のピアトリスは、毎日のようにアガルタに赴くのとは対照的に、彼女は外出することをあまり好まなかった。外に出て花と戯れ、鳥の音や風の音を聞くのを好んだ。とりわけ、フェアリとは家族の中で最も仲が良く、常に彼女と行動をともにしながら、とりとめのない会話を楽しんだり、歌を歌ったりしていた。


当初はその行動範囲の狭さに心配をしていたが、今はそれが功を奏しているとリノスは考えていた。あちこちで歩くのであれば、それだけ龍王と接触する機会が増えることになる。そうなったとしても、娘を守り切る自信はあるが、この屋敷の敷地内であれば、確実に守り切る自信が彼にはあった。


「龍王のヤツは、アリリアが一歩右に動けば右に動き、左に動けば左に動く……。そんなことをここ数日繰り返しているんだ」


「……暇なのだな」


リノスの言葉に、マトカルが口を開く。その何の飾りもない、しかも、見事にその状況を端的に言い表した言葉は、そこにいた全員の視線を天に向けさせた。


「……これは、どう考えても尋常ではない。だから俺は、あのバカ龍を討とうと思う。皆に集まってもらったのは、その際に出る影響のことだ」


「あの……影響と、言われますと……」


メイが心配そうに口を開く。リノスは彼女に視線を向けながら、ゆっくりと頷く。


「一応、あれでも竜族の頂点に君臨する、と自称している。その自称ナンバーワンがこの世から消えた場合、どんな影響があるのか知っておきたいんだ。たぶん、おそらく、きっと、いや、確実に、十中八九、いや、絶対に、戦えば俺が勝つ。龍王はこの世から姿を消すことになる。なぜなら俺は、本気出しちゃうからだ」


彼の言葉に、再び家族全員が沈黙し、緊張した表情を浮かべる。彼が本気を出せば、ヘタをするとこの周辺の景観が大きく変わってしまうことが、容易に想像できるからだ。


「あの……龍王様がいなくなると、我々竜族は困ることになります……」


申し訳なさそうな声で発言したのは、フェリスだった。彼女は皆の様子を窺いながら、言葉を続ける。


「龍王様は、神龍様のお言葉を聞くことができる唯一のお方です。これまで、龍王様のお蔭で、様々な災厄から竜族は守られてきましたし、竜族同士の争いを納められたこともあります。ですので、龍王様がいなくなる、というのは、ちょっと……」


「神龍様のお言葉なら、ソレイユが聞くことができる。ソレイユから竜族に伝えればいい。竜族同士の争いは、以前のヤツなら納められただろうが、幼子に心奪われている今、ヤツにそれができるとは思えない。やはり、一刻も早く駆除するべきだと思うが?」


「リノスの気持ちもわかりますが、アリリアはどう思っているのでしょう? 見たところ、楽しそうですが……」


リコの言葉に、リノスは腕組みをしながら口を開く。


「まあ、ある意味では面白い存在かもしれない。そう、見ているだけなら、面白い存在かもしれない。だが、そこはまだ子供だ。敵のゲスい本性を見抜くことはできない」


「……あの」


口を開いたのはソレイユだった。彼女は優しげな微笑を浮かべながら、話を続ける。


「アリリア自身は、その……こう言っては失礼ですが、龍王様のことは、ペットと同じ感覚で接しています。それに、龍王様自身も、リノス様が懸念されているような感情は抱いておらず、むしろ、アリリアに懐いている、と言った感覚ですから、そんなに心配はないと思われます」


「……ペット? なるほど、道理だ。しかし、龍王がアリリアのペットたらんと考えているかは到底信じられん。根拠はあるのか?」


「私は神龍様と契約していますから、ドラゴンの気持ちがある程度わかるのです」


「……うーん」


リノスは腕組みをしたまま、目を閉じて天を仰いだ。そうしている間に、家族たちは、別に懐いているのであればいいのでは……と言った議論が交わされていた。


「リノス」


リコが静かに口を開く。ざわついていた部屋の空気が引き締まり、シンとした雰囲気となる。彼女はまるで諭すような口ぶりで、話を始めた。


「あなたのご懸念もわからないではありませんが、少し、考えすぎではなくて? アリリアは龍王様に懐いていますし、龍王様もアリリアに懐いている……。そういう関係なら、そのまま二人を仲よく遊ばせればよいと思いますわ。それに、龍王様がお味方くだされば、さらに私たちにとっても有益になりますわ。アリリアにしてみても、龍王様が常にそばについてくださるのなら、最強の近習となりますわ」


「うううう~ん」


リノスは眉間に皺を刻みながら、体を左右に振った。


翌日、彼は結界を解除して龍王に地上に降りてくるように促した。そして、屋敷の中からアリリアを呼んだ。予想していないことだったためか、龍王は珍しく戸惑いの様子を見せた。彼はその動揺を隠すかのように、リノスに向けて声を荒げた。


「……何だ! 我は忙しいのだ!」


「……暇じゃねぇか。毎日毎日アリリアと同じ行動をとりやがって。そのどこが忙しいのだ。……まあいい。とりあえず、だ。お前をウチのペットとしてなら認める。言っておくが俺が言ったんじゃないからな。リコとソレイユが、家族みんながそうした方がいいと言うから、そうするんだ。感謝しろ。あとでウチの家族全員に礼を言いに行け」


「……貴様、何を言っているのだ?」


「わからないなかな。結界を解除すると言っているんだ。ただし、お前はペットとして扱う。アリリアに手を出したら承知しないからな。下僕が主人に逆らうことは許されん。逆らった瞬間にブッ殺すからな、いいな?」


「……当然だ。下僕が主人に逆らうなど、あってはならぬ。そんなことは言うまでもないことではないか。ウワッハッハッハ!」


「よーし、言ったな? その言葉、忘れるなよ!」


「え? おとーさん、りゅーおーくんと遊んでいいの?」


「ああ。可愛がってやりなさい」


「うわぁ! ありがとう、おとーさん。じゃあ、りゅーおーくん、遊ぼ!」


「そうだ、遊ぼう!」


アリリアは花畑に向かって走っていく。その後を龍王は悠然と追いかけていった。その二人の姿を、リノスは腕組みをしながら、何とも言えぬ表情で見守るのだった……。

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[気になる点] ペットを虐待するとパパ嫌われませんか?
[一言] 更新有り難う御座います。 ……ペット……。
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