第七十四話 土いじり
「さて、こいつらをどうしようか?」
200頭のゲュリオンの処遇を決める。取り合えず、ゲュリオンキングについては、クルムファル領主の館に人質としてとどめ置くことにした。残りの者たちは、基本的に館の周囲の森に住まうことになり、そこで狩りをし、狩った魔物の一定数を館に収めることとなった。当然、彼らに危害が加えられるようなことがあれば、俺が駆除する。おそらく、そういう事態にはならないだろうが。
ゲュリオンたちと会話ができる者が少ないため、しばらくはリコがこの館に日中は詰め、報告などを聞くことにした。後になってわかることだが、この森には多くの資源や果物があり、ゲュリオンたちはハーピーたちと協力してそれを狩る仕事に大いに役立つと同時に、情報収集能力にも優れており、俺たちの斥候兼前衛部隊として、大いに役立った。
そして、ベビーゲュリオンのことだが、その敵となる個体は見つけることができた。しかし、ゲュリオンの世界は強い者が勝つというシンプルなものであり、負けた者は何も言えないという掟なのだそうだ。従って、ベビーゲュリオンは強くなって討ち果たすしかない。
「ところでお前、名前は何というのだ?」
「名前?何であるかそれは?」
「なるほど、俺たちがお前を呼ぶときの目印みたいなものだ。ないなら付けてやる」
しばらくゲュリオンキングの名前を考える。・・・面倒くさくなってきた。
「よし、お前の名前は、ゲーキだ。ゲーキと呼ぶ」
「わかったのである」
特に反対もなく受け入れてもらえた。あまり名前というものにこだわりがなさそうだ。
「そういえば、お前にも名前を付けてやろう。お前は・・・」
「ちなみにこのベビーゲュリオンは、メスでありますー」
「うえ?メス?ええと・・・お前の名前は、イトラだ」
「きゅうううううー!」
ベビーゲュリオンはうれしそうだ。後でゴンに聞いたら、ゲュリオンキングと同じ待遇をされたのが、うれしかったらしい。このイトラは、うちの屋敷に連れて帰ることにして、俺たちのペットにする。将来的に体が大きくなってくるだろうが、それはその時に考えればいいだろう。
ゲュリオンとの決着がついてしばらくして、俺は再びメイを連れてクルムファル領に来ていた。季節も秋めいてきており、本来であれば農家からは収穫の話が聞こえてきてもよさそうなものなのだが、小高い丘から見る耕作地は一面塩に覆われており、収穫どころの話ではなかった。
なぜ、クルムファル領に塩害が発生したのか?それは、農作地にすむ古老から話を聞くことができた。
約三年前、突然海の水が川に向かって逆流を始めたのだという。それがあって後、満潮になると決まって川が逆流する現象が起きるのだ。当初は海の魚が川でとれるので農家も大喜びだったそうだが、農業用水がこの川の水を使用しており、その海水と混ざった水を使用していたために、気が付けば耕作地が真っ白に染まってしまったのだという。
ただでさえ作物が取れない土地であったのに、さらに収穫高が減る。そんな現状に絶望しつつ、農業に携わっていた者たちは、しばらくはクルムファル伯爵からの支援で何とか食いつないでいた。しかし、クルムファル伯爵の反乱により当主が討たれ、領内の兵士のほとんどが討たれた時に、サキュバスが現れたのだという。
サキュバスは村の男どもや留守役の兵士を次々に篭絡し、もともとクルムファル軍の本部があった森の中の屋敷に居座って、次々と略奪を行うようになったのだという。
「村の男たちのほとんどが出て行っちまったから、村にいるのは老人と女子供だけだぁ」
領主の館の北に位置するイマーデ村の村長は力なく俺たちに呟いた。
「館の北方は草原だらけで、ここを耕作地にすれば領地が飛躍的に発展しますのに・・・」
「イマーデ村、クルフェタ村、タイパン村・・・農業を行っている領内全ての村で、塩害が発生しているのと、男たちがいないので、復活するまでは厳しいな」
館に帰る道すがら、俺とメイは農作地への対策を話し合っていた。メイ曰く、農作地に発生している塩を取り除けばいいのではなく、問題は、土壌の中に蓄積されてしまった塩なのだという。一旦、塩害が発生した土地には作物は育たないというのがこの世界の常識らしく、村の人々がすぐに農作地を放棄したのも、これに原因があるらしい。
「作物が育ちやすい肥料は大量に用意できたのですが、この塩の田畑に効くかどうかは・・・」
「いや、それはまだ早い。まずは俺の作戦を試してからだ」
次の日から俺は、農作地の復興に全力を傾けた。
まずは、手の空いている男どもと村人たちを総動員して、イマーデ村の農作地の塩を除去するとともに、農作地に水を引いている川からの用水路を全て破壊させた。
その間俺は、土魔法で農作地に溝を掘っていく。同時に、その溝から流れた水を一旦プールする場として、巨大な穴をこしらえた。そして、塩の除去が終わった農作地に結界を張っていく。およそ2週間かけてその作業は終了し、それを見届けた俺は、結界の中に大雨を降らせた。
雨が大地に浸みわたり、そこからあふれ出した水分が溝の中に落ち、そのまま巨大なプールまで流れていく。それを続けること三日、その間俺は土魔法でコンクリート以上の硬さに錬成した巨大な長方形の土塊を作り、それを海に投下して防波堤を作った。
雨がやみ、溝の中の水を貯めるプールが満杯になり、湖のようなものが出来上がったとき、俺はすべての結界を解除し、メイに命じて、彼女が作り出した肥料を耕作地全体に行き渡らせた。その後、湖から溝を掘り、たまった水が海に流れるようにしていく。
そして俺は川の上流に向かい、土魔法で穴を掘る。ここら辺には大量の地下水が眠っており、それを農業用水に活用できないかと考えたのだ。しばらく掘ると、水が大量に湧き出した。その周囲にも穴を掘り、湧水を探す。かなりの量の水が湧き出し、そこは湖のようになってきた。俺はずぶ濡れになりながら溝を掘り、最初掘った溝につなげていく。すると、もう一つの川が出来上がった。
「お前らー。農業で使う水は、新しくできた川から取ってくれー」
皆が、それぞれ思い思いに川から用水路を引いていく。メイの肥料散布も終わったようで、農地は黒色の土でおおわれている。
「これは・・・いい土じゃ。これならば作物が作れる」
「一度作ってみてください」
「しかし、ワシらの人数ではのう・・・」
「爺さん、俺たちが手伝ってやろう」
「・・・それならば、歓迎しよう。寝床は、空いている家を使ってもらって、構わん」
こうして、イマーデ村の農業は復興への道を歩き始めた。
その後俺は、クルフェタ村、タイパン村でも同じような塩の除去作業を行い、耕作地を復興させていった。途中難工事があり、二度ほど魔力不足でぶっ倒れた。その都度、メイには最低限のMPが回復するまでひざまくらで介抱してもらった。隠すことではないが、リコには内緒にしている。「私もやりますわ!」って言ってきそうな気がするのと、リコだとひざまくらのままになってしまう恐れがある。いや、決してメイとエロいことをしたわけではない。ちょっと、その、男心をくすぐることをしてくれるのだ。それをリコにやってくれとお願いしてやってもらうのは、興が覚めるのだ。ひざまくらは、奥が深いのだ!
ちなみに、サキュバスが住んでいた館については、領主の館として活用することにした。森の中は危険ではあるが、ゲュリオンたちがその周囲にいて館を警護してくれるし、ハーピーたちも森の中のほうが住みやすいとのことで、移転したのだ。
本来森の館から領主の館までは一日の距離であったが、ゲュリオンたちが使っている道を使えば、直線距離になるため、馬を使えば30分で行ける。そのため俺は、森の館に通じる道は土魔法を駆使しながら苦労して作った。
そして残った、旧領主の館については既に活用方法を考えてある。
そう、ホテルとして活用するのだ。