第七百三十七話 俺だよ、俺だ
「一体どうなさいました? ホルム、貴様は何をしているのだ!」
ハイザーが怪訝そうな表情で俺の許にやって来た。俺はいや、別に何でもないと言いながら玉座へと戻った。ホルムは借りてきた猫のように、体を小さくして控えている。
「私どものホルムに何か?」
「ああいや、ちょっと聞いてみたいことがありましてね。もう用は済みましたから、どうぞお気になさらずに」
俺の言葉に納得がいかないのか、ハイザーは怪訝な表情を崩さず、チラリチラリと後ろを振り返っている。何だか、憎々しげな表情が浮かんでいる気がした。
「どうされましたか? あのホルムさんが何か?」
「いいえ。あの者は平民上がりなのです。本来ならば王族たる我らの傍に侍ることなど許されぬ者なのです。その者が奇声を上げる無礼な振る舞い……もっての外でございます」
「いえ、気になさらないでください。そう言われると、俺もあなたと口がきけないことになります。何と言っても俺は平民上がり。その上奴隷でしたから」
俺の言葉にハイザーのこめかみがピクピクと動いている。俺はそれに構わず言葉を続ける。
「ちなみに、ですが、あのホルムさんは、今回の戦いの中で、どのような働きをされたのでしょう?」
質問が意外だったのか、ハイザーは傍に控えている者と何やら話している。
「あの者は特に、なにもしておりません」
「え? そうなの?」
思わず言葉が漏れてしまった。隣にいるリコに視線を向ける。彼女も、ああそうなの? と言った表情を浮かべている。それはそうだ。カーザ城での話はすべて、ちゃんとリコに報告をしていたのだ。だから彼女は、ホルムがいかに優秀で、この戦いにどれほどの功績があったのかを知っている。
そんな俺たちの動揺をよそに、ハイザーはホルムに向かって下がるように命じた。彼は立ち上がると一礼して踵を返して、部屋を出て行こうとした。
「待て」
俺の言葉にホルムがピクリと体を動かして止まる。その様子を見ながら俺はハイザーに話しかける。
「彼は今後、どうなりますか?」
「どうなる? どういう意味でございましょうか……」
「いや、彼は今後、セーファンド帝国でそれなりの地位に上るのでしょうか?」
「先にも申しました通り、あの者は平民上がりですので、アガルタ王様が仰る、それなりの地位となることはございません。それどころか、あの者は、戦いの最中は何もせず、あまつさえ、アガルタ王様に無礼な振る舞いを致してございます。このまま国に帰りましても、よくて降格、悪くすれば、軍籍を剥奪する可能性すらございます」
「ああ……そうなのですか。随分とあの彼を嫌っていらっしゃるのですね。であれば、連れて来なければよかったのでは?」
俺の言葉に、ハイザーはヤレヤレと言った表情を浮かべながら、面倒くさそうに返答した。
「そうしたいのはやまやまでしたが、あの者は、戦いの最中はずっとカーザ城に詰めておりました。その上、グレイ・サハラが収まった後、上官が引き留めているにもかかわらず、配下の者を連れてカーザ城周辺を調査しに参っております。我が方と致しましては、アガルタ王様より、お遣わしなされたケンシン殿の件についてご下問があった際にお答えをさせていただくべく、連れて参った次第なのでございます」
「ああ、そうなのですか。それではホルムさん、ケンシンの遺体は見つかりましたか?」
ホルムは小さくなって控えたまま、チラリチラリと俺を見ている。
「何をしている、よい。返答を許す」
ハイザーの隣で控えていた男が声を上げる。彼はビクビクと体を震わせながら顔を上げた。
「ざ、残念ながら、遺体は確認できませんでした」
「そうですか。ちなみに、何人でカーザ城に向かわれたのですか?」
「私を含めて、五人です」
「五人……あとの四人はどのような方ですか?」
「ひ……一人は、カトリと申します、私の部下です。もう一人が、エルトという男。これも私の部下です。二人とも私が初年兵の頃より教育した兵士です」
「ほう、その二人が危険な場所に共に赴いてくれた、と」
「はい……。私は止めたのですが、どうしても行くと言って聞きませんで……」
「なるほど。あなたは慕われているのですね。で、あとの二人は?」
「あとは……。カーザ城魔導士部隊の隊長であるジュリアという女魔導士です。これも止めたのですが、どうしても、と。何でも、ケンシン殿と共においでになった魔法使いたちのことが気になると言いまして……」
「なるほど。で、その魔法使いたちは……?」
「それが……」
「なるほどね。で、あと一人は? 何となく察しはつくのですが」
ホルムは怪訝そうな表情を浮かべつつ、ハイザーたちの様子を窺いながら、申し訳なさそうに口を開く。
「もう一方は……その……サーマ様と言いまして、総司令官殿のご子息であられますお方です」
「ほう、よく行きましたね。いや、おそらく、ジュリアさんに無理やり連れて行かれた、というところですかね?」
「はい。まさにそうなのです。サーマ様は最初は嫌がっていたのですが、ジュリアのやつが、アガルタからのお方の消息を確認しなければ大問題になる。そのときに責任を問われるのはあなたよと言いまして……。あれ? どうしてそれを?」
ホルムは不思議そうな表情を浮かべていたが、敢えてそれを無視して、俺はハイザーたちに向き直る。
「このホルムさんは、セーファンド帝国に戻ると、軍籍を剥奪される可能性があると言われましたね? となると、彼は職を失い、路頭に迷う可能性があるわけだ。そうですよね?」
「そういうことになります」
「そうなった場合、彼の次の仕事は決まっているのですか? ……決まっていない。そりゃ可哀そうだ。うん、そうなっては大変だ。でしたらどうでしょう? あのホルムさん、このアガルタにいただけませんか?」
俺の提案に、ハイザーは目を白黒させていたが、やがて不思議そうな表情を浮かべると、ゆっくりと口を開いた。
「……アガルタ王様がお望みであれば、どうぞ、お心のままに」
「そうですか。それはよかった。ではホルムさん、今日からあなたはアガルタ軍に就職です。ようこそアガルタに」
俺は立ち上がって拍手をする。ホルムは何が起こったのかがわからないらしく、口をポカンと開けたまま俺を眺めている。
「ちなみにホルムさん、あなたの収入をお聞きしても? それと、現在の階級を教えてください」
「あ、う、え……。階級は……軍曹です。収入は……恥ずかしながら、金30枚です」
「なるほどわかりました。あ、ちなみに、ご家族は? アガルタに赴任するにあたり、どのくらいの日数がかかりますか?」
「家族は……おりません。一人身です。アガルタには……ほとんど荷物もありませんので、ひと月もあれば……」
「なるほどわかりました。あなたには、大佐として頑張ってもらいます。ちなみに、アガルタ軍での大佐の収入は、月給金100枚です。アガルタ軍のクノゲンやマトカルを補佐する任務を任せたい。よろしく頼みます」
俺の言葉に、全員があんぐりと口を開けている。ホルムに至っては、目が完全に点になってしまっている。
「まだわからないのか。俺だよ、ほら、俺だ」
そう言いながら懐から布を出し、それで顔を覆っていく。
「あっ! あなたは……もしかして……ケンシン殿ぉ?」
「どうもお久しぶりです。カーザ城では色々とお世話になりました。あなたと再会できて、とてもうれしいです」
「ケ……ケンシン殿……。ケンシン殿……。生きて……よかった。ほんとうに、よかった……」
ホルムはそう言って泣き崩れた……。




