第六十八話 事情聴取とお仕置き
トク、トク、トク・・・秒針のように一定のリズムを刻む、優しい鼓動を聴きながら目覚めを迎えた。夜明け前の薄暗い部屋、ふと顔を上げると、そこにはリコの顔があった。昼間は凛とした知性をたたえた顔立ちだが、寝ている時の顔は、まだあどけなさを残した少女のようだ。そんなリコの頬を朝日がきれいに彩っていく。何と美しい光景だろう。俺は我が身の贅沢さを噛みしめた。
すると、リコの目がゆっくり開かれ、ぼんやりとした眼差しが俺を捉える。
「おはようございます」
「おはよう、リコ」
「ああ、もう朝ですね」
気だるそうに、シーツを手繰り寄せ、体を隠そうとする。俺はその手をとどめ、リコの体をまじまじと見る。
「きれいだ」
顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに身をよじるリコ。俺はこの恥ずかしそうな顔をするリコにちょっとした萌えを感じる。俺は再びリコを抱きしめ、そして、ベッドから抜け出した。
朝食を済ませ、昨日のメンバーと共に転移結界に乗る。到着したクルムファル領主の館は、いつもの野郎どもの朝食の時間と重なってしまったため、かなりガヤガヤとうるさい。そんな連中を、クエナは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている。
「おはようございます」
俺たちを見つけたクエナが寄ってくる。
「どうです?変わりはありませんか?」
「ハイ。昨日の女の子はまだ目覚めません。小さいゲュリオンはミルクを少々飲みましたが、まだ食欲はないようです」
ミニゲュリオンを見ると、既にフェリスが念話で話しかけている。
「きゅうううう。きゅうぅぅぅぅ」
「あまりよく眠れなかったみたいです」
「ゲュリオンは群れで行動する魔物でありますからなー。独りぼっちという環境は辛いものがあるでありましょうなー」
「おい、お前の群れはどうした?巣のある場所が分かれば、群れに帰してやるぞ?」
「きゅぅぅぅぅ」
ミニゲュリオンは力なく首を振る。
「・・・群れを追われたから、帰る場所はないそうです。・・・でも、お母さんを傷つけた奴には、大きくなったら必ず倒しに行きたいのだそうです」
このミニゲュリオンの母親は、30頭ほどの群れを率いていたリーダーであった。しかし半年ほど前、別の群れを率いる雄ゲュリオンとの戦いに敗れ、母ゲュリオンはこの子を連れて群れを追われた。しかもその戦いで、母ゲュリオンは翼の片方を食いちぎられたという。ゲュリオンにとって翼は、飛行する時に必要なだけでなく、平衡感覚もつかさどる役目があるらしい。群れを追われて以降母は、日々の狩りにも苦労をするありさまだったのだそうだ。見かねたこの子ゲュリオンは自分で狩に出た。そこを山賊たちに襲われ、捕まったのだという。
「こんな子供のゲュリオンを捕まえてどうしようと思ってたんだ?」
「おそらく皮をはいで売るか、食材として売ろうとしていたのでありましょうなー。ゲュリオンの肉が美味と聞いたことはないでありますが、そういう珍味を好む貴族は多いでありますからなー」
母ゲュリオンは傷ついた体を押して、盗賊のアジトまで追いかけてきたらしい。しかし、多勢に無勢でついに狩られてしまい、この子の目の前で解体されたのだという。まさに地獄絵図そのものである。
「・・・外に出るのが、怖い、と言っています」
「そりゃ怖いだろう。目の前で親を殺されてるんだから。でも、お前は生きなきゃいけないぞ。お前のお母さんより長生きして、幸せになることが、お前を苦しめたヤツらに対する敵討ちになる。それだけ辛い思いをしたんだ。もうこれ以上の不幸はないぞ。だからあとは上がっていくだけだ。お前のこの先は、幸せしかないぞ」
「きゅううううううううー」
ミニゲュリオンは泣き出した。フェリスがフォローを入れてくれているようなので、この場は彼女に任せることにする。そして俺は、いまだ眠り続けている少女の下に向かった。
スヤスヤと寝息を立てている。頭に鹿のような角が異質だが、それ以外は見たところ普通の少女だ。
「何だか不思議な生き物でありますなー。吾輩も、こんな生き物は初めて見たでありますー」
「鹿のような角が生えているから鹿の獣人じゃないのか?」
「鹿獣人の角はもう少し大きいでありますなー。このように短いものではないでありますー。しかも髪の色が青色ではないでありますなー」
「とりあえず、目覚めるまでこのままにしておくしかないな」
少女を残して、俺たちは再び、あのサキュバスの下に向かった。
昨日の部屋の扉を開ける時、一度、自分に気合いを入れる。今朝、あれだけの美しい身体と、萌える姿を見てきたのだ。美・エロ・萌えの三大要素を満たしてきた俺に敵はいない。たとえ胸がたわわであっても、ぷるんぷるんであっても、ふわっふわであっても、今の俺には通用しないだろう、たぶん。俺はそのようなエロ悪魔に負ける要素は持ち合わせていない、おそらく。あんなことや、こんなことをしてみてぇぜうへへへへーといった妄想は完璧にコントロールできるはずだ、きっと。
一気にドアを開ける。昨日のサキュバスは結界の中で、俺たちに背を向けてぐったりとしている。かなり暴れたのだろう。俺が自信をもって作った結界に無数の小さな傷がついている。あと一日、フルパワーで暴れられ続けたら、もしかしたらヤバかったかもしれない。といっても丸一日暴れられる体力と大量のMPがコイツにあれば、の話だが。
サキュバスに近づいていく。俺たちの足音に反応して、ヤツの体がピクリと動いた。
「・・・精気を、精気をちょうだぁいぃぃぃぃ」
顔を上げたサキュバスを見ると、完全な老女だった。シワシワの顔、たくあんのように垂れ下がった胸・・・昨日の俺の興奮を返してくれないだろうか。
結界を解除してやる。もちろん、反撃を考慮して俺たちの結界は解除していないが。
「精気・・・精気・・・せい・・・き・・・」
ガクリとうなだれてしまった。どうやら死んだらしい。老衰だ。
「サキュバスは男の精気がないと年を取るのでありますー。こやつも数百年の時を経て生きている魔物であればと思ったのでありますが、その通りでありましたなー」
さすがはゴンである。だからこそ、この館に100人もの盗賊を集めて、夜な夜な彼らから精気をもらってフィーバーハッスルをしていたのだろう。このエロ魔物もロクでもないが、その色香に迷ってしまった男たちも、ロクでもないものである。本当に、ロクでもない。男子の風上にも置けない奴らだ。恥を知れ!
「リノスさん、すごいですね!一日でこの魔物の生気を吸い取ってしまうなんて。ぜひ、私にも教えてください!」
「・・・君にはまだ早いのだよ、フェリス君。大人になれば、自ずとわかることだが、君は、こんな悪魔のような女になってはいけないよ?」
キョトンとした顔をするフェリス。よく見ると、サキュバスの体が灰になって崩れていっている。彼女らは死ぬと自然に灰になるのだろうか?であればまさに、「灰になるまで」だ。ある意味その心意気は見習ってもいいかもしれない。
館に帰ると、クエナが飛んできた。
「あの少女が目覚めそうです」
慌てて彼女の様子を見に行く。朝は全く無反応だった身体が、右へ左へと動き、寝返りを打っている。そしてしばらくすると、目がゆっくり開かれた。
「ううーん、よく寝たー」
どうやら快適な目覚めを迎えたらしい。
「おはようさん。どうだ気分は?」
「ハッ?誰?」
「俺はこの領地を管理しているリノス、という者だ。盗賊の館を討伐した時に、お前さんを見つけた。放っておくのも何だったので、俺の館に連れてきた。お前さんは一体何者だ?」
「さぁーね?」
何かふてくされているらしい。敵だろうか?取りあえずこの娘を鑑定してみる。
ルアラ(ポセイドンの皇女・15歳)LV19
HP:159
MP: 74
水魔法 LV2
風魔法 LV2
雷魔法 LV1
剣術 LV2
MP回復 LV1
魔力吸収 LV1
麻痺耐性 LV2
舞踊 LV3
歌唱 LV2
「ハァ?ポセイドンの娘?海の王者の娘ってか?」
「どうしてそれを!もしかしてもう、私のことがバレてる?いや、そんなことないはずよ!陸に来てすぐサキュバスと一緒になったんだから!」
「とりあえず、これまでのいきさつを話してくれないかな?」
「知―らない。勝手に調べれば?それより、お腹すいちゃった。何か食べさせてよ?」
「この女、斬りましょう」
フェリスが殺気を放っている。ルアラと表示された女は、フフンと鼻を鳴らしている。どうやら自分がポセイドンの娘ということでタカをくくっているようだ。これは、お仕置きが必要かもしれない。
「とりあえず、ミルクでも飲ませてやれ」
「フン、それでいいのよ」
運ばれてきたミルクを女は飲み干し、お代わりを要求する。都合3杯もミルクをお代わりして、ようやく落ち着いたらしい。
「とりあえず、お前は盗賊の仲間ではないのか?サキュバスと出会ったと言っていたが、何か企んでいるのか?ベビーゲュリオンもいたが、あれもお前の仕業か?」
「さあね?あなたはどう思うの?面白そうだから聞かせてくれる?いい暇つぶしになりそうだから」
フフンと鼻を鳴らし、ニヤニヤ笑う女。俺は無言で部屋を出る。
「可愛げのない女でありますなー」
「リノス、やっぱりあの女は斬るべきですわ」
「ポセイドンの娘だ。そうもいかんだろう。まあ、俺に任せておけ」
後で聞くと、かなり悪そうな顔を俺はしていたらしい。
しばらくすると、女のいる部屋から絶叫が聞こえてくる。
「なによこれ!何!出られないじゃないよ!出しなさいよ!出せ!出せ!」
「何だ、お出かけか?」
「出せ!ここから出せ!」
「俺の質問に答えたら出してやる。サキュバスとの関係、盗賊との関係、ベビーゲュリオンとのこと、この三つだ」
「・・・知らないって言ってるでしょ!」
「ならしばらくそこにいろ」
俺は再び踵を返して外に出ていこうとする。
「待って!お願い!ト、トイレに行かせて・・・トイレ・・・」
「答えたら、行かせてやる」
「ううう、お願い・・・」
「答えろ」
「・・・サキュバスは・・・ここに拠点を作るから一緒にやらないって・・・。だから、海にエサラハルを呼び寄せて・・・。盗賊たちはサキュバスが集めてきたから知らない。ゲュリオンも盗賊が勝手に連れてきたから、知らない。本当に知らないの!」
「エサラハル?何だそりゃ?」
「あー美味ではありますが、すぐ腐ってしまう魚でありますなー。鋭い歯で、何でも食べる獰猛な魚で、たくさんの群れを作るので、海で出会うと厄介でありますなー」
「ほう、美味なのか。一度、食ってみたいな」
「お願いだから、トイレ・・・」
「まあ、いいか。扉を出て左に曲がって突き当りだ。行ってこい」
俺は結界を解除してやる。その瞬間、女は猛ダッシュで扉に向かっていった。
「開かない!この扉開かないじゃないの!!」
「押すんじゃなくて、引くんだよ」
「あ、開いた!」
ジョババババー
俺たちの所にまで聞こえる程の大きな音で、女は派手に漏らした。