第六十六話 盗賊退治
目が覚めると、俺はメイの体にしがみついていた。羊の毛は実に不思議だ。冬は暖かく、夏は涼しい。しばらくメイの頭をなでながらその感触を楽しむ。しばらくこの時間を楽しみたかったが、今日はそうもいかない。後ろ髪を引かれる思いで俺は、ベッドから起き上がった。
ペーリスたちが用意してくれた朝食を堪能する。フェリスも物覚えが良いようで、いくつかの料理をマスターしつつある。オムレツなど、見事に作れるようになっている。今後が楽しみだ。
朝食が済んだ時を見計らって、メイが一本の剣を俺に手渡す。
「ご主人様はあまり人を斬ることを好まれません。そこで、軽く、それでいて硬い剣を作ってみました。機会があればお試しください」
「鬼切」と同じような日本刀のような造りであり、鞘から抜いてみると、漆黒の剣が姿を現した。枝を持っているかのように軽い。しかし、鉄の塊でもひん曲げるほどの硬度らしい。俺はこれに「黒刀」と名付けた。これからは、腰に「鬼切」と「黒刀」を差し、背中に「ホーリーソード」を背負って戦場に立とうと思う。
刀を腰に差し、昨日のメンバーを集めて再び転移結界に乗る。昨夜のクルムファル領についての報告を聞くが、特に問題はなかったとのことで一安心する。どこから持ち出したのか知らないが、帝国騎士団が酒盛りを始めたようで、その声が深夜まで聞こえていたらしい。
昼過ぎ、ジョーノ男爵が俺たちのいる応接室に入ってきた。
「特にご不明な点もないようですので、これより帰還いたします。どうぞご武運を」
「道中、気を付けてな」
ニヤリと笑みを浮かべてジョーノは部屋を後にし、帝国騎士団は屋敷を出ていった。それを見届けた直後、俺は屋敷の人間全員を馬小屋に集める。
「全員戦闘準備をしろ。ピウス、パルタン、ポピア、ノキタ、アーガは俺と共に付いてこい。残りの男どもは屋敷の警護に当たれ。リコとクエナは屋敷で待機。あとは、フェリス、お前もお留守番だ。盗賊どもが襲ってきたら、リコたちを守れ。できるな?」
「ハイ!任せてください!」
「ハーピーたち10名はこの屋敷の警護にあたれ。残りの40名は俺と共に続け」
ピィーとハーピーたちは空に舞い上がった。
「一体どうゆうことなのリノス?」
リコが不安そうな顔で聞いてくる。
「俺が盗賊の親玉なら、帝国騎士団が撤退する時を狙う。大体、家に帰れる安心感で注意力が散漫になるからな。それに、撤退戦は難しい。アイツらにそれだけの練度があるとは思えん。それは盗賊どももお見通しだろう。撤退中に森の中から奇襲をかけ、部隊を分断してしまえば、勝つことは容易だ。しかし、俺たちはそこを叩く。盗賊どもも自分たちの作戦の成功を疑っていないだろう。そこに油断がある。そこを叩けば、少ない人数でも容易に勝てる」
マップを確認していると、盗賊たちが全員で森の中を移動している。俺はすぐさま、出陣命令を出し、イリモに跨った。
森と街道が見渡せるポイントに陣を張り、ハーピーたちを上空に待機させる。俺はそこにいた全員に結界を張る。しかも、色付きだ。これで武器や魔法で死ぬことはない。そして、盗賊は帝国軍に襲いかかった。行軍中の部隊の側面を突かれた帝国軍は大混乱に陥っている。俺はそれを見て、戦闘地域全体に濃霧を発生させる。
深い霧のため、帝国軍も盗賊たちも混乱している。俺はそのスキに乗じて森に入り、盗賊たちの背後に回りこむ。そして、濃霧を解除する。
「突っ込め―!!」
俺の号令一下、ハーピーたちと野郎どもが盗賊どもに襲いかかる。あるものはハーピーに蹴り倒されて戦闘不能になり、ある者は野郎どもに斬られた。
盗賊どもの装備は様々だ。着の身着のままの者もおり、騎士団の鎧を付けている者もいた。
帝国騎士団が態勢を立て直し、盗賊どもは完全に包囲された形になった。それでも、その包囲を突破して森に逃げようとする者も結構いた。そいつらは俺の「黒刀」でブッ叩かれ、即座に戦闘不能に陥った。
「うわっ!」
「ぐわっ!」
帝国騎士団の中から叫び声が聞こえる。その瞬間、騎士団の中から数名の集団が飛び出した。俺はそいつらを追いかける。追いかけながら、二人を「黒刀」でブン殴り、気絶させる。俺の前に走っているのは三人の男たち。その男たちの前にハーピーたちが数羽舞い降りる。
「くっ、くそー」
「お頭ぁ!」
「・・・」
どうやら一番体が小さい男が頭目のようだ。俺はそいつらに近づきながら
「お前ら、随分と暴れてくれたみたいだな。町を壊滅させるってどんな神経してやがんだ?」
「この国はもうすぐ滅ぶ!滅ぶんなら、好き勝手していい思いして死にてぇと思ったんだよ!!」
「俺たち農民たちは食い物もなく飢えているのに、漁師たちは腹いっぱいメシを食ってやがる。同じ国の人間なのに見捨てやがった!そいつらを殺して何が悪い!!」
何やら根深い問題がありそうだ。かと言って、町の人間を丸ごと殺してしまうのは、やりすぎだ。
「・・・もういい。まずはコイツらを殺さないと帰れない。あれを使おう」
頭目が袋から何やら出している。他の二人も同じようなものを出し、三人同時にそれを飲み込んだ。
「「「グッ、ガァァァァァッァーーーーーーー!!!!」」」
三人がみるみる大きくなり、三メートルくらいの熊のような魔物の姿になった。禍々しい妖気も纏い始めている。俺は頭目を鑑定する。
ルキアタ(悪魔・21歳)LV44
HP:266
MP:220
剣術 LV4
肉体強化 LV4
風魔法 LV2
回避 LV4
呪い LV3
HPもMPも大したことはない。しかしスキルレベルがかなりのものだ。エリルやファルコ師匠を圧倒したマドイセン並みのスキルである。これは俺も本気を出した方がよさそうだ。俺は「黒刀」を鞘に仕舞い、ホーリーソードを抜いて構える。それを合図に三人は襲いかかってきた。
頭目は俺に対して剣を真っすぐに構えて突っ込んできた。あとの二人はハーピーに突っ込んでいった。最初こそ戸惑ったハーピーたちであるが、徐々に連携攻撃を繰り出していき、二人を圧倒していった。間もなく二人とも、ハーピーたちに両眼を傷つけられて光を失い、そのまま倒されて、ハーピーたちにとどめを刺された。
一方の頭目は、必殺の突きを俺に止められた直後、俺の腕を狙って剣を振り下ろした。それを躱し、剣を振るう。剣は頭目の太ももを切り裂き、右足が血に染まった。しかし頭目は全く意に介さずに俺に攻撃を仕掛けてくる。肉体強化の影響か、痛みを全く感じていないようだ。それどころか、風魔法を使用して周囲の落ち葉を舞い上がらせて自分の姿を消し、その隙間から剣を繰り出してきた。
大抵の者であればこれで体を貫かれて死ぬのだろうが、気配探知LV5を持っている俺には意味がない。奴の動きは手に取るようにわかる。ご丁寧に俺の背後に移動して、突きを繰り出す。それを躱し、カウンター気味に俺も奴の喉元を狙って突きを繰り出し、その喉を刺し貫いた。
「自分の得意技で倒されるのはどうだ?」
しかし頭目は俺の剣に貫かれたまま、さらに剣を振り下ろしてきた。予想していない攻撃に俺も少し驚く。思わず剣を抜き、距離を取る。頭目は喉から血を流しながら剣を構え、これまでと同様に突きを繰り出してくる。どうやら本当に痛みを感じていないようだ。
俺はその突きを躱し、袈裟懸けに頭目を斬った。体を真っ二つにして頭目は地面に倒れ、ようやくその動きを止めた。
「これは、もしかしてメイリアスが作った薬でありますかー」
「ああ、そうかもしれんな。もしかしたらスキルも上げる効果があるのかもしれないな」
しばらくすると、ピウスたちと帝国騎士団を引き連れたオーシュが現れた。
「そいつらで最後か?」
「この真っ二つになっているのが、どうやら盗賊の頭目みたいだな。死体はどうするんだ?お前らが回収していくのか?」
「いや、我々にその余裕はない。ここに捨てていく。魔物が残らず食ってくれるだろう。ああ、こいつらの装備品はくれてやる。と、言ってもそんなに目ぼしいものはないだろうがな」
「よく知っているな?お前の知り合いか?」
オーシェは俺を睨みつける。そしてプイと背を向けて行ってしまった。死体を調べてみたが、500Gほど持っていただけで、目ぼしいものは持っていなかった。このまま死体を捨てるのも何なので、こいつらの遺体は焼却しておいた。
森を出ると、帝国騎士団がいた。森の中に夥しい盗賊の死体を投げ込んでいる。さらに、生かして捕らえた盗賊も、問答無用で処刑しているようだ。
「何だ、帝都に連れて行かないのか?」
「そこまで連れていくだけの余力が我らにはない。盗賊は見つけ次第殺すというのが冒険者の中では常識でもあるのでな」
「しかし、貴様は冒険者ではないだろう、オーシェ副団長?」
ギリギリと音が聞こえてきそうなくらいに歯を食いしばるオーシェ。ふと見ると、帝国騎士団の鎧を着た兵士たちの遺体も並べられていた。その数およそ40名。怪我をした者もかなりの数に上りそうだ。要は、全軍の三割が死傷しているのである。大敗北と言っていい戦果だ。
「こいつらの死体も魔物のエサにするのか?帝都に帰れば家族がいるだろうに」
「盗賊ごときにやられて死ぬ奴らに、帝国騎士の名誉の死は与えられん。従ってここに捨てていくのだ」
「こいつらが死んだのは指揮官の無能さが原因だろう。俺が背後から援軍に入らなければ、お前らは確実に殲滅されていた。オーシェ、副団長という職務を預かっているお前が、適切な指示を与えていれば、この敗北に近い惨状にはならなかった。にもかかわらず、お前は盗賊に横っ腹を突かれて動揺し、うろたえた。違うか?」
「・・・・」
オーシェはワナワナと震えながらじっと下を見ている。
「・・・兵たちの遺体を収容せよ。帝都まで一日の距離だ。それぞれ分担しながら引き上げるぞ」
吐き捨てるように命令を下し、オーシェは部隊に戻っていった。
「名誉侯爵殿、援軍、感謝いたします!」
部隊の準備が出来ると、どこからともなくジョーノ男爵が現れ、手を振りながら帝都に引き上げていった。
俺はそれに応えることなく踵を返し、ピウスたちと共に足早に館に引き上げた。




