第六十二話 志望動機と自己PRをお答えください?
屋敷に帰るとすぐに、皇帝陛下からの提案を皆に話した。
全員の表情は微妙だ。今までの生活が変わってしまうのではないかという不安がまず第一に胸に浮かぶらしい。俺だってできることなら、今のような生活を続けていきたい。しかし、リコの家臣を放っておくとただでさえ、肩身の狭い思いをして生きていかなければならない彼らのこと、いったい何をしでかすか分かったものではない。何より、リコが悲しむ。それは俺としても避けたい気持ちはある。
しかし、どんな領地であることすらわからない点から見ても、これ以上は議論のしようがない。ところが、ここで思わぬ者が一肌脱いでくれた。ジェネハである。
森伝いに行けばクルムファル領であるということを聞いて、ハーピーに領地を見に行かせたらどうかと提案してくれたのだ。しかも、そこにはジェネハも同行するという。
「ヒナたちの飛行訓練もせねばならない頃であった。ちょうどよい」
この提案をありがたく受け、ジェネハと選抜されたハーピーは、一週間の予定でクルムファル領を偵察に行くこととなった。
「本当にご迷惑をかけますわ。まさかジェネハが行ってくれるとは思いませんでした」
「ジェネハなら、全く問題ないと思います」
俺はリコとメイリアスの三人で風呂に入りながら、今後のことを話した。当初は一人ずつ入っていたのだが、リコの寂しがり屋が暴走してしまい、必ず俺と一緒に入るようになった。俺としても、メイリアスをのけ者にしているようで気が引けるので、リコとメイリアスの二人平等に一緒に風呂に入るようになったのだが、メイリアスと一緒の時もリコが入ってくるようになった。その後は、極力三人で風呂に入るようになった。
リコもメイリアスも割と平気のようだが、俺は実はかなり喜んでいる。美少女と美女、しかも巨乳と貧乳という二つの魅力を持った女性と一緒なのだ。眼福の極みである。
彼女たちは当然俺が洗う。リコの肌は驚くほどきめ細かいし、メイリアスも肌は割かしきれいだが、何といっても彼女の羊毛の手触りが最高なのである。俺の体は二人が隅々まで洗ってくれるので、実は俺はお風呂タイムが一日で一番楽しみな時間でもある。
三人で風呂に入りながら、ジェネハたちのことを考える。おそらく、森の中で彼女らが負けることはほぼないだろう。問題はクルムファル領において彼女らが発見された場合、討伐軍が組織される恐れがある。そのため、彼女らには人からは見えない結界を張ることにした。
朝、出発前にジェネハたちに結界を張ってやる。皆俺に感謝しつつ、ジェネハ以下10羽のハーピーは旅立っていった。
その日の夕方近くの時間になって、俺のマップに反応があった。黄色で表示されているため、警戒しながら屋敷に向かっている。数は一人。どうやら人間らしいが、魔物が人間の姿に化けているらしい。その人間もどきが、館の近くをウロウロしている。ハーピーを偵察にやろうかと考えている最中に、突然その人間もどきは進路を館に取り、真っすぐに向かってきた。取りあえず全員に来訪者があることを伝え、どうやら魔物が人化していることも伝えて、とりあえず警戒しておくようにとも伝える。
しばらくするとソイツは玄関にたどり着き、ごめんくださいも何も言わず、いきなり屋敷の扉を開け、屋敷を物色し始めた。まずは応接間に行き、そこを物色。玄関ホールに戻り、そこを物色。そして最後に、ダイニングに通じるドアを開け、ようやくその姿を現した。
姿を現したのは、12~3歳くらいの女の子だった。
女の子は俺を見た瞬間、「黒髪・・・」と呟き、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「あなたがリノスさんですね?」
「そうだが」
「貴方と一緒に暮らすために来ました」
「!!!!!!」
リコが軽い殺気を放つ。メイリアスも完全に目が据わっている。君たち、まずは落ち着こう。
「あのペガサスですか?早すぎますよー。途中で見失っちゃって、ここを探すのに苦労しました。でも、たどり着けて良かったです。ずっとここに来ようって決めてたから、見つからなかったらどうしようかと思っちゃいました」
エヘヘと笑う女の子。隣のゴンを見るが、彼もよく知らない人らしく、首をすくめている。俺たちがポカンとしていると少女は、背中に背負った荷物を床に置き、ふぅーと息を吐くと
「やっと来れたー。あれ?この方たちは?リノスさんの・・・何?」
リコ、メイリアス、ゴン、ペーリスの目が半目になる。俺の中で何かがはじける。
「それではまず、自己紹介を三分以内でお願いしてよろしいでしょうか?」
「え?ジコショウカイ?私、ずっとここに来ようと思ってたんですけど・・・」
「弊社の雇用を希望されておられるということですね?この度は誠にありがとうございます。申し遅れました、私、人事部長のリノスでございます。こちらは、弊社の総務担当のゴン部長、そして、秘書のリコレット、開発部長のメイリアス、企画部長のペーリス。このメンバーで本日の面接を実施いたします」
「め、めんせつ?」
「それでは、いくつかの質問をさせていただきます。内容によってはお答えになりにくいこともあろうかと存じます。その際は遠慮なく仰ってください。それでは、貴方の自己紹介を三分以内でお願いいたします」
「ジコ・・・自分の名前の紹介ですか?えっと、私、フェリスといいます。ジュカ山脈からおりてきて・・・街に出て・・・」
「ハイ、三分経過しました。ありがとうございます。続いて次の質問に移ります。弊社を志望された動機は何でしょうか?」
「シボウドウキ?・・・ここに来た理由ですか?あの・・・独り立ちして・・・お世話になるのが・・・ええと、聞いたら・・・あの、お世話になりたいなと・・・」
「なるほど、ありがとうございます。それでは、最後の質問です。あなたが弊社に採用された場合、貴方にとってのメリットと、弊社があなたを採用した時のメリットをお答えください」
「メリット?あの・・・とっても勉強になるかなーって。・・・お屋敷広いし・・・いいかなーと・・・」
「はいありがとうございます。面接の結果につきましては後日、改めて通知いたしますが、誠に恐れ入りますが、一週間を超えて連絡無き場合は、残念ながら今回はご縁がなかったと思っていただいて結構でございます。本日は、ご足労を頂戴しまして、ありがとうございました」
「あの・・・置いて・・・もらえないんですか・・・?」
「先ほど申しました通り、通知で返させていただきます。本日はこれでお引き取り下さいませ」
女の子は目を丸くして驚いている。何か言おうとするが言葉が出てこないのか、口をパクパクさせている。しばらくすると、目をぎゅっと閉じて
「お引き取りって・・・帰れってことですか・・・?そんな・・・グスっ、グスン・・・」
泣き出してしまった。
「・・・食事美味しいっていうし、優しい人ばっかりだって言ってたのに・・・。だから人化のスキル頑張ったのに・・・。人語も覚えたのに・・・ラースのバカぁ~!」
「「ラース???」」
思わず俺とゴンがハモってしまった。ラースってあの、ドラゴンの、「泣き虫ラース」か?
「私、ラースの姉です」
「「ええええええええええー!?」」
取りあえず彼女を落ち着けて、話を聞くことにした。
彼女はラースの姉、フェリス。雌のクルルカンだそうだ。クルルカンは脱皮をすると、赤い鱗に包まれる。脱皮を終えたクルルカンは、群れから離され、一人で修行の旅に出される。大抵は山や森に潜み、そこで狩などして暮らし、約50年経てば、再びジュカ山脈の群れに戻ることを許されるのだという。彼女もひと月ほど前に脱皮が終わったのだそうだ。
「で、修行の旅の最初の拠点として俺のところに来た、というわけか」
「できればずっと置いてほしいなと思っているんですけど・・・。だって、食べ物も美味しいっていうし、リノスさんはかなり強いから一緒にいれば安全だし、そうしなさいってママが・・・」
「はあ?お前んとこの親、一体どうなってんだ?」
「攫われたラースを助けてくれて、それを群れまで届けてくれたことは、パパもママも本当に感謝しています。パパはリノス君は人間にしておくのは惜しいって言ってました。龍族として、受けた恩は必ず返さないといけない。そうでなかったら、人間にも劣ると・・・」
何気にひどい物言いでないかい?
「だから、ラースの恩を返す意味でも、頑張ってここに来たんです」
「てゆうかフェリス、だっけ?何かできることはあるのか?」
「・・・特に、ないです」
話をしているとイライラするので、俺は無言で鑑定スキルを発動させる。
フェリス(クルルカン・21歳) LV22
HP:324
MP:604
風魔法 LV3
結界魔法 LV1
MP回復 LV3
気配探知 LV3
魔力探知 LV3
肉体強化 LV3
竜魔法 LV3
回避 LV3
教養 LV3
麻痺耐性 LV3
毒耐性 LV3
飛翔 LV3
人化 LV3
・・・スキルめっちゃ高いですやん。
フェリスはクルルカンの中でも平均的なスキルだという。12~3歳でこのスキルなら、ちょっとやそっとでは倒されない。50年と言えば、どれかのスキルがLV5に到達する期間だ。おそらく、どれかの能力を神級まで高めて初めて群れに加わることが認められるのだろう。
「まあ、かなりスキルは高そうだな。ところで、人化を解除すると、何かの能力は上がるのか?」
「いえ、同じだと思います」
「一回人化を解除してみてくれる?」
ハイ、と元気良く返事をして、フェリスは淡々と自分の着ている服を脱ぎだした。俺が目をむいている隙に、彼女はさくっと全裸になった。そして、体が真っ赤な光に包まれたかと思うと、赤い小さめのクルルカンが姿を現した。特にスキルの変化はない。
「ありがとう。人化してくれ」
再び彼女は普通の少女の姿に戻った。その瞬間、彼女のお腹がグルルルル~と鳴る。
「もしかして、腹減ってる?」
コクコクと頷くフェリス。
「ちょうどいい、俺たちもこれからメシだ。お前も食っていけ。ここに置くかどうかは明日決める。取りあえず今日は泊まっていけ」
ホッとした表情をするフェリス。まずは服を着てもらう。服を着ながら彼女は俺に一つお願いがあると言い出す。
「わたし、寝る時はリノスさんの腕枕で寝たいです!」
「リ、リノスの腕枕は私だけのものですわ!絶対に許しません!!」
リコが激高している。これは、フェリスの採用は厳しいのかもしれない・・・。