第六十話 結婚と安住の地
俺とリコレットの結婚発表がなされた後、しばらくして先帝崩御の発表がなされた。皇族と貴族はその喪に一年間服することになり、華美な催しは差し控えられた。表向きは。
リコレットとの結婚は発表されたものの、実際はすぐに同居とはならなかった。
俺の屋敷に嫁ぐに際して、リコレットの居住スペースを確保する必要があり、ヒート殿下の思し召しによって、我が家を増築することになったのだ。その完成まで約半年、その間はリコレットが折に触れて遊びに来た。
俺が店に出ている時は店にやってきて昼飯を一緒に食べたり、買い物に出るなどした。当然その時はメイリアスが一緒であることが多く、二人の仲を心配したが、思いのほか馬が合うようだ。下手をすると俺をそっちのけで二人で笑い合っていたりする。
店が休みの時は、俺の屋敷に遊びに来る。ここではペーリスとの仲が心配されたが、これも杞憂に終わり、彼女は他の住人同様、一瞬でペーリスの料理に虜となった。その後、俺とペーリスから料理を学ぶようになり、この半年でかなりの腕前になってきた。天ぷらなんかは玄人はだしに作れる。
俺はというと、店はもちろん継続している。まだまだ冒険者や軍人、商人たちに結界の需要は多い。俺の顔は知られても問題ないと思っているが、ゴンのアドバイスもあり、店には俺が別の人物に見えるように結界を張り、ついでにリコレットにも俺の傍にいる時は別人に見えるように結界を張っている。
そして、リコレットが家に通うようになって二か月程経った時、俺はリコレットに我が家の秘密を打ち明けた。
取り乱したり、激高される恐れもなくはなかったが、予想以上にリコレットは落ち着いていた。ゴンやペーリスに対しても、これまでと変わらぬ付き合いをしていきたいと言ってくれたし、ジェネハに至っては、きちんと挨拶をして、これからのことをお願いしたのだ。意外だったのは、イリモの姿を見せた時に、思わず泣きだしたことだ。
イリモがバカ皇子に虐待に近い待遇を受けていたことは知っていたが、それはリコレットの知るところでもあったらしい。彼女自身は何度も止めに入ったものの聞く耳を持たず、あまつさえ、彼女に対してバカ皇子は剣を向けたこともあるのだという。リコレットの帝都での評判の悪さは、ある意味あのセアリアス皇子から流されたものも多いのだという。
彼女は多くを語らなかったが、宮城内での生活はかなり息が詰まるもののようだ。これまで自分に仕えていてくれた女官、近習はすべて排除され、全く新しい人々に入れ替わった。当然彼らはリコレットの監視である。それが嫌で毎日、宮城を抜け出しては俺のところに通っていたわけである。無論、近習たちは俺も見張っていたが、特にやましいこともないので放っておいた。それどころか、彼らにおはぎなどいろいろな差し入れをやったら、逆に宮城内の動きを教えてくれるようになった。彼らも現金なものである。
そんなこんなで、館の増築は大雪の影響もあり、半年の予定が三か月も延び、春ごろになってようやく完成をみた。
新館は、これまで俺たちが居住していた館の裏手に建てた。一階にメイリアスの工房と書庫を置き、二階には俺たちの居住スペースと風呂とトイレを設置した。この風呂の工事が思わぬ難航を極め、職人たちと何度も激論を交わした。その甲斐あって、総ヒノキの、素晴らしい風呂が出来上がった。これには俺も大満足である。
新館に荷物の運び込みも終わり、いよいよ新婦の引っ越しを待つばかりとなったある日、リコレットが俺たちに思いがけないことを言い出した。
「ぜひ、メイリアスもリノスの妻にしてあげてくださいませ」
メイリアスは顔を真っ赤にして俯いている。
「それはいいことなのでありますなー」
ゴン以下、館の住人たちは賛成のようだ。
「俺は別に構わないが・・・リコは本当にそれでいいのか?」
「メイリアスは心からリノスを慕っておりますわ。彼女の純粋な思いに私も心打たれたのです。ぜひ、お願いしますわ」
「リコがそんなことを言うのは、意外だな」
「メイリアスだからいいのです。他の女はやめてくださいませね」
「メイリアスはどうだい?俺と結婚してくれるかい?」
「・・・ハイ」
耳まで真っ赤にして小さく返事をするメイリアス。ヤバイ、可愛さが半端ない・・・。
「私は奴隷です。ですから、リコレット様が正妻で私は側室の立場で・・・」
そんなのだめよ!とリコとメイリアスの押し問答がしばらく続いたが、一応は名誉侯爵家ということもあり、リコが正妻という立場の方が対外的にも良いだろうとのゴンの勧めにより、リコレット・正妻、メイリアス・側室ということに決定した。もちろん俺は、二人を差別するつもりはなく、他の女と浮気をすることはなく、たぶんすることはなく、しないんじゃないかなと思いつつ、愛情を注いでいくつもりだ。それにしても、17歳でいきなり二人のお嫁さんをもらってしまった。前世と比べると、出来すぎの人生であると思う。
喪中ということもあり、大々的な結婚式は出来なかったが、それでもヒート殿下、ヴァイラス殿下の二人が、大神官の前で俺たちの結婚の見届け人をやってくれた。さすがにこれにはリコは大感激で、式の最中はずっと泣いていた。もっとも式自体は、大神官の短い祈りと二人の結婚の意思の確認をしたくらいで、すぐに終わってしまったのだが。
「あー、メイリアスの結婚式をしてやってないなー」
「私はこれで十分です。犯罪奴隷にされて殺されなかっただけでも十分ですのに、大好きな人と結婚することが出来ました。これ以上を望んでは、バチが当たります」
俺は思わず、メイリアスを抱きしめた。
そんなこんなで、ようやくリコの荷物も運び込まれ、リコも館に落ち着き、俺たちの新生活はスタートした。
一緒に生活をしてみると、思いがけない発見が多くあった。
一番驚いたのが、リコとメイリアスが昼と夜とでは別人の顔を持っていたということだ。昼間は勝ち気で、歯に衣着せぬ物言いで、頭の回転の速さを存分に見せつけるリコが、俺と二人っきりになると、途端に大人しくなるのだ。どちらかというと受け身で、寂しがりやで、俺から離れようとしない。ハグとキスをしてやると、とてもうれしそうな顔をする。それでいて感度は抜群なので、俺は俺でかなり頑張ってしまう。一方のメイリアスは、昼間はつつましやかなのであるが、二人っきりになると、お互いがどうしたら一番よくなるのかを試行錯誤する。研究者の血がそうさせるのかどうかはわからないが、リコと比べると、かなり積極的だ。
嫁二人に関しては、全く不満はない。二人とも俺を癒してくれるし、お互いが認め合っているので、今のところ夫婦間の問題は皆無である。ただ最近、リコの寂しがりや度が増してしまい、俺とメイリアスが一緒にいる時に乱入されるのは、少々恥ずかしいのだが。両腕を使って腕枕をしながら寝ることが多くなっており、少々腕が疲れるのだが、贅沢な悩みではあるので、今のところ誰にも相談をしていない。
ゴン、ペーリス、イリモ、ジェネハ、そしてハーピーたち。みんな仲良く暮らしている。俺を含めて全員が、ようやく安息の地と時間を手に入れた気がしていた。
しかしそれから間もなく俺は、とんでもない事実を知ることになり、そして新たな問題を抱えることになるのだった。




