第五話 購入者は侯爵夫人
バーサーム・フォン・エルザ。御年60歳の侯爵夫人である。バーサーム家は代々、魔術に優れた当主を輩出することで有名であり、250年前のヒーデータ帝国との対戦においては数多くの武功を立て、ジュカ王国を勝利に導いた立役者でもあった。その功により平民から侯爵に取り立てられ、現在に至る。
・・・とまあ、これが俺の落札者の簡単な経歴だ。彼女に引き渡される時、市の人が教えてくれたのだ。
「あ、ありがとうございます」
一応は命の恩人だ。お礼は言わないといけない。
「ご主人様と呼ぶのだ」
バーサームさんの隣にいた、白髪の男だ。一体誰だ、このオッサン。
「私は、ファルコという。バーサーム家で魔導士をしている。同時に、エルザ様の護衛でもある。お前は、エルザ様の慈悲によってバーサーム家の奴隷になったのだ。喜べ。」
「ありがとうございます。ご主人様」
「バーサーム夫人。この度は誠にありがとうございます。早速ですが、この奴隷の所有権変更手続きを行います」
いつの間にか奴隷商の旦那が近づいて来ていた。恭しくエルザに一礼をすると、彼女に向かって呪文を唱え始める。それを聞いてエルザも旦那に手を差し出すと、エルザの手が光る。そして、俺の手も光を発する。
「これでこの奴隷の所有権はバーサーム様に変更されました。奴隷の買戻しも承ります。その節は是非、ご用命ください」
売れなければ処分、と言っていたので、買戻しの話は社交辞令だろう。
「いえ、おそらく買戻しをすることはありません。ですので、この子の所有権の変更は、私の一存でできるように。あ、あとこちらのファルコも管理者として登録して頂戴。この子を縛る効果は……付けなくて結構です」
「畏まりました。それでは」
また、エルザの体が光る。どうやら手続きは完了したみたいだ。
「ご主人様、この奴隷の名前はいかがいたしましょう」
「そうね・・・リノス。リノスと名付けましょう。じゃ、ファルコ。あとはお願いね」
エルザは踵を返して馬車に乗り込んだ。どうやら、馬車の中には護衛の兵士もいるようだ。馬車を最敬礼で見送るファルコ。俺もそれに倣って馬車に頭を下げる。
「では、お前を屋敷に連れていく。その前に」
井戸の前に連れていかれ、強制的に裸にされる。そして頭から水をぶっかけられること3回。懐から大きな布を出して俺に渡し
「体を拭け。その布はお前にくれてやる。好きに使え」
暑くもなく寒くもない気候だが、いきなり頭から水をかけられたので、かなり寒い。固い布だがないよりはマシだ。ガシガシと体を擦り、汚れと水を一気に洗い流す。
服を着るとファルコは「クリーン(浄化)」と呪文を唱える。すると、服の匂いや小さな汚れがなくなった。洗浄魔法というもので、多少の汚れであればきれいにしてくれる魔法らしい。
「ではリノス。ついて来い」
さすがに従者は徒歩で行くらしい。途中、湖に浮かぶ巨大な城が目に入り、しばし呆然としてしまった。
「あれは国王陛下がおわすジュカ城だ。よく見ておくがいい」
西洋風の城だが、何しろ巨大すぎる。聞けば、難攻不落を謳われる有名な城なのだとか。城壁の中では農業も行われており、城壁が突破されない限り飢えることがない。しかも湖には橋は1本だけであり、必然的にそれは王城に延びている。確かにこれを力技で攻め落とすのは無理そうだ。
「あの・・・何で俺を買われたのですか?」
「なんだお前、自分のスキルを知らんのか。まあ無理もないか。お前には「結界スキル」がある。まだLv1だがな。我がバーサーム家は政敵も多い。エルザ様の護衛のため、お前の結界スキルを活用しようと考えたのだ」
ええ?俺、魔法を使えるの??キョトンとする俺を見てファルコは、
「魔力の使い方を学べば、相手のスキルを見ることが出来る。「鑑定」というやつだ。お前も魔力はそこそこありそうだから、鍛えがいがある。奴隷だから結界魔法だけでもいいんだが、せっかくだ、色々な魔法を覚えてもらおう。覚悟しておけよ?」
獰猛に笑う白髪の老人を見て、やっぱり俺の寿命は長くなさそうだと、肩を落とすのであった。