第四百七十四話 策謀・・・?
結局、俺たちアガルタ軍は、早々にドルガを退去した。シーワは顔を引きつらせながら、お心のままに逗留くださいと言っていたが、気分が悪かったし、ヤツへの当てつけへの意味も込めて退去したのだ。マトカルも兵士たちも、そのことについて全く異論を言わなかった。野営になるが、俺の結界がある。むしろ、海からの北風が吹きつけるドルガにいるよりは、結界の中にいた方が快適だからだ。
だが、ヴィエイユ達に関しては話が違ってくる。彼らはこの寒風吹きすさぶ中、船団を仕立ててここまでやって来ている。戦闘に参加しなかったとはいえ、バーリアル王国軍を牽制してくれた働きは、見事と言ってよかった。
最終的に、新・クリミアーナ軍は、ドルガとヒヤマに五日間逗留することになった。ヴィエイユのこの提案は、シーワに反論の機会を与えなかった。しかも、食糧を持ち込んで、それらを街の人たちに配給するとまで言い放ったのだ。さすがにこれには、シーワも黙る他はなかった。
ドルガとヒヤマには、チャンとワーカの両司令官が、それぞれの軍勢を率いてヴィエイユたちが引き上げるまでの期間を管理することになった。これらはすべてヴィエイユが考え出したことで、俺は一切意見を言わなかった。ヤツのことだ。色々と考えているのだろう。だが、鑑定スキルを発動させても、心の中を見ることができなかったのは、何らかのマジックアイテムを持っているのだろうか。
ドルガを出た俺たちは、歩いて十分ほどの距離にある小さな森の中で休息を取った。そこで、兵士たちを労うべく、バーベキューパーティーを行うことにした。本来ならば、チャン、ワーカたちと共に乾杯をしたかったが、シーワがいる中でそんなことをする気持ちにはとてもなれなかったし、ヤツらも嫌がるだろう。とはいえ、ささやかではあったが、このパーティーは大いに盛り上がった。何より、アガルタ軍の死者がゼロというのが、何とも誇らしかった。
俺は肉を焼き、野菜を焼きながら、周囲の者たちにそれらを振舞う。そして、盛り上がりが落ち着いた頃、調理した食材をもって、ある場所に向かう。
……そこには、結界に閉じ込められている少女がいた。言うまでもなく、黒龍の一人だ。彼女は俺の姿を見つけると、相変わらず憎しみの表情を浮かべた。
「腹減ってないか? よかったら、食べな」
焼いた肉と野菜が盛り付けられた皿を差し出すが、一切反応を示さない。ただただ俺を睨みつけている。
「お前さんは確か、アガルタの都で騒動を起こしたヤツだな? 黒龍であるお前さんが、どうして俺を狙う?」
「……」
「逃げて行った黒龍……あれはお前の兄で間違いないか?」
「……」
「この戦いも、お前たちが起こしたのか? 一体何のためだ?」
「……」
「……ま、言いたくなければ言わなくていい」
彼女は一切俺との対話を望んでいないことがよく見て取れた。鑑定スキルを発動してみたが、彼女の過去は一切覗き見ることはできなかった。これまでいろんな場面で助けられてきたこのスキルだが、ここ最近は効かないことが増えた気がする。一瞬、俺の能力が落ちたのかと思ってしまうくらいだ。
そんなことを考えながら、皿を少女の許に置く。食べたければ食べればいいし、食べたくなければ食べなくていい。
俺は踵を返して、皆のいる許に向かった。
一方、その頃、ドルガの街では、リノスが予想もしなかった出来事が起こっていた。
ベッドに一人の女性が横になっている。これは、ワーロフ帝国軍司令官のギギだ。彼女は虚ろな表情のまま、天井を眺めている。その彼女の傍には、一人の男の姿があった。同じ司令官のトーイッツだ。
リノスたちがドルガを退去した後、彼らもシーワと共にこの街を後にするつもりだった。尤も、シーワ自身はここにとどまり、ヴィエイユはもちろんのこと、チャンやワーカの二人にも睨みを利かせたいと考えていたのだが、如何せん彼女一人ではなにもできることはない。その上、来援の各国との調整も行わねばならず、いつまでもここにいることはできなかった。ヴィエイユが現れたのは、そんなときだった。
彼女はギギの様子を見ながら、彼女をこの街に置いていくようにと提案した。ギギは明らかに衰弱しており、この寒風の中、ワーロフの本陣まで向かえば、さらに悪化する可能性があった。そのためヴィエイユは、ギギをこの街で治療し、新・クリミアーナ軍が撤退した後で、彼女を迎えに来ればよいと言ったのだ。その言葉に、シーワは忸怩たる思いを抱きながら、妹をこの街に残すことに決めたのだった。
だが、彼女もバカではない。側近のトーイッツを、介添えという名目でこの街に残したのだ。当然彼に、ヴィエイユ、チャン、ワーカたちの動向を監視することを命じることも忘れなかった。
こうしてシーワは、何とも満たされない感情を抱きながら帰陣していった。
心配そうにギギを見つめるトーイッツ。その背後に、人影が近づいて来た。
「何も心配することは、ありませんわ」
声の主は、ヴィエイユだった。トーイッツはオドオドとした様子で、彼女から視線を逸らせる。そんな様子をヴィエイユは満足げな表情で眺めている。
「我が軍には、世界最高の医師が数名従軍しております。こちらの方も、数日以内に回復することでしょう」
「あ……ありがとう……ございます」
「あなた様は、お優しいわね」
そう言いながらヴィエイユは、トーイッツの隣に立つ。腕と腕が触れ合いそうな距離だ。その体からは何とも言えぬよい香りが鼻をくすぐる。彼は片膝をつこうとするが、ヴィエイユは右手でそれを制した。
「本当に、この方を愛しておいでなのですね?」
「いっ……いえ……そんな……ことは……」
「他に好きな方でもおいでになるのですか?」
「そんな……」
「あなた様に限って、そんなことはありませんわよね」
そう言ってヴィエイユはホホホと笑う。トーイッツは彼女の意図がいまいち飲みこめないのか、ビクビクと両目を激しく左右に動かしている。
「あなた様に、いくつかお聞きしたいことがありますの」
「は……はい?」
「いいえ、難しいことではありませんわ。そちらの……ギギ様を一刻も早く回復させて差し上げたいのです。医師もそう申しております。ですから、いくつか質問をさせていただいても、よろしいかしら?」
「そ……そういうことであれば……お答え、致します」
「ありがとうございます。ここでは何ですから、こちらにどうぞ」
ヴィエイユは満面の笑顔を見せながら、右手を差し出してトーイッツに同行するよう促す。それを待っていたかのように、いつの間にか部屋に二人の医師が現れ、彼らと入れ替わるようにギギのベッドの傍に控えた。
「……」
ギギは何か言葉を発しようとしたが、それはできなかった。体中が熱かった。おそらく、かなりの高熱が出ているのだろうということはわかっていた。そして、あの女――ヴィエイユに関わっては危ないということを、彼女は直感的に感じていた。それをトーイッツに伝え、余計なことを言わないように……むしろ、自分の傍から離れないように……と、伝えたいと思っていたが、体は言うことを聞かなかった。
いつしか、彼女の口元には、白いガーゼのような布が被せられていた。そこからは、鼻を少しつく、薬品のような香りが付けられていた。これは一体何……。そんなことを考えながら、彼女は深い眠りに落ちていった。




