第四百七十三話 戦いのあと
ドルガの街には、イリモに乗って走ること約30分で到着することができた。正門に近づくにつれて、兵士の死体が増えていく。そして、予想通り正門付近では死屍累々の様相を呈していた。
門を入ると、ワーロフ帝国軍の兵士たちが整列して、リノスたちを出迎えていた。その先頭には、二人の男の姿があった。チャン司令官とワーカ司令官だ。彼らはリノスたちが到着すると、彼らの前に膝をついて出迎えた。
「そのお姿は……アガルタ王リノス様ですね。お目にかかれて光栄でございます」
「うん? ああ、そうだったな。今までは顔を隠していたから、わからなかったかな、チャン司令官。バーサーム・ダーケ・リノスだ。今後もよしなに頼む」
リノスの言葉に、二人は恭しく頭を下げた。
「アガルタ王様、マトカル様の采配もさることながら、お二人のお人柄にも、感服いたしやした」
「ハハハ、世辞はいい」
「ハハハ。では、早速、街をご案内致しやす」
ワーカが立ち上がり、イリモの轡を取った。リノスはゆっくりと頷いた。
ふと、沖合を眺めると、そこには、ヴィエイユが率いている船団が海を完全に封鎖していた。船から飛び出している大砲がずらりと並んでいるのが、実に壮観だ。リノスは後ろに控えている兵士に視線を向け、あの船団にドルガを占領したことを伝えるよう指示を出した。
案内されたのは、総司令官が使っていた建物だった。元々は、この街の長が使っていた建物で、古くはあるが、趣のあるいい屋敷だった。中に入ると、広いホールのような作りになっていて、そこにはワーロフ軍とアガルタ軍の将兵たちが整然と整列して、リノスたちを出迎えていた。
その彼らの前には、後ろ手に縛られた状態で跪いている数人の男たちがいた。整列していた兵士の一人が近づいて来て、ここに居並んでいる者たちは、バーリアル王国軍の司令官たちだと報告する。リノスはチラリとその男たちを見ると、兵士たちに縄を解くように命じた。
「アガルタ王様、それは……」
驚いて止めに入ろうとするチャン司令官に、リノスはニコリと笑みを返す。
「身に寸鉄も帯びていない。彼らが無様な抵抗を見せることはないだろう。な?」
リノスは囚われている男たちに視線を向ける。彼らは一斉にリノスから目を逸らし、俯いた。
縄目が解かれたことを確認したリノスは、彼らに椅子を与えるよう指示を出し、自らも椅子を用意して腰を下ろした。
「アガルタ国王、バーサーム・ダーケ・リノスだ。諸君らとはこうした形で出会ってしまったが、これまでのドルガを防衛してきた戦いぶりは見事だった。今回はたまたま運が我々に向いたためにこうした結果となったが、恥じることはない。これまでの働きは、大いに誇っていい」
リノスの言葉に、バーリアル王国軍司令官の全員が俯いたまま、ピクリとも動かない。彼はオホンと咳ばらいをして、さらに言葉を続ける。
「さて、諸君たちに協力してもらいたいことがある。首実検だ」
司令官たちの数人が顔を上げる。リノスはその様子を見ながら、クノゲンに視線を向けて、コクリと頷く。クノゲンは両手で大切そうに抱えていた布の包みを彼らの前で広げた。
「バーリアル王国軍の総司令官、エルサック殿で間違いないかな?」
リノスの問いかけに、誰も反応する者はいない。だが、数人の司令官が小さく頷いていた。それを見てリノスは、大きく頷く。それを受けてクノゲンは、エルサックの首を再び丁寧に布に包んだ。
その後、アガルタ、ワーロフ両軍が討ち取った将兵の首実検が行われ、丁寧に首帳に記入されていった。その中には、エルサックを最後まで守り通そうと奮闘した、デンザの首も含まれていた。
最後の首実検が終了したそのとき、それを待ちかねたように、一人の女性が部屋に入ってきた。真っ白い純白のドレスに身を包み、妖艶さを漂わせた女性――ヴィエイユがにこやかな笑みを湛えながら、リノスに向かって歩いて来た。彼女に気付いたバーリアル王国軍の将兵は一様に目を見開いて固まっている。それと同時に、チャンとワーカの二人も、ヴィエイユの姿を目にして、あんぐりと口を開けて見入っていた。
彼女のすぐ後ろから、鎧兜に身を包んだ数名の兵士も従っていた。彼らが身に纏う鎧兜は全員、ヴィエイユと同じ白で統一されており、その周囲だけが妙に明るい雰囲気を醸し出していた。
「この度は大きな勝利を収められまして、祝着至極に存じます。あまりのうれしさに、取るものも取りあえず、はせ参じました」
「世辞はいい。まあ、だが、今回の勝利は、お前たちなくしては成しえなかった。感謝するぞ、ヴィエイユ」
「お褒めの言葉、嬉しゅうございますわ。ですが、私どもは、今回は何もしておりませんわ」
「いや、あれだけの船団を仕立ててここまで来てくれたのだ。それだけでも十分な働きだ。この礼はきっと、させてもらうぞ?」
「ホホホ、ありがとうございます。そう言っていただけると、嬉しゅうございますわ。では、お言葉に甘えまして、恐れ入りますが、船にて待機している我が軍の兵士たちを、このドルガとヒヤマの砦に上陸させてもよろしゅうございますか? 何しろ、船での長旅……。兵士たちも疲れておりますから。ご迷惑になるようなことは致しませんわ」
「……」
リノスはスッとチャンとワーカに視線を向ける。彼らもどうしていいのかがわからず、二人で顔を見合わせている。リノスはフッとため息をつくと、ゆっくりとヴィエイユに視線を向ける。
「まあ、そう言われてしまっては仕方があるまい。ただし、布教はするなよ」
「ホホホ、そのようなことを致すつもりはございませんわ。心配性ですこと。ですが、私は、そんなアガルタ王様が大好きでございますわ」
そう言ってヴィエイユは笑い声をあげた。
彼女は傍に控えていた兵士の一人に目配せをすると、彼は一礼をして部屋を出て行った。それと入れ替わるようにして、一人の兵士が彼らの許に近づいて来た。
「ハッ、申し上げます。ただいま、正門前にて、シーワ副総司令官殿、ギギ司令官殿、トーイッツ司令官殿が到着されました。間もなくこちらにお見えになります」
チャンとワーカの二人の表情が強張る。その様子を見てリノスは、思わず苦笑いを浮かべる。
しばらくすると、シーワたちがゆっくりと入室してきた。ギギはトーイッツに負ぶさっていて、意識はありそうだが、体調はすこぶる悪そうだ。
彼女は部屋の中を見廻すと、ゆっくりとリノスの許に近づいて来た。
「ご苦労様でございました」
リノスは腕を組んだままチラリと彼女を見たが、すぐに視線を外した。
「この度のドルガ奪還、ワーロフ帝国軍を代表しまして、感謝申し上げます。お陰様を持ちまして、我が国も元の平穏な日々が戻ることかと存じます。ドルガ、またはヒヤマの砦につきましては、私共で対処させていただきます。どうぞ、陣をお引き上げになっていただいて結構でございます」
「今、陣を引き上げるわけには、いかないな」
「……これは異なことを。アガルタ王様のお言葉とは思えませんわ。ドルガ、ヒヤマは、我らワーロフ帝国の領土でございます。速やかにお引き渡し願いたく存じます。それが、世間の常識というものですわ」
「無礼者」
まるで囁くように、侮蔑するかのような女性の声が聞こえる。シーワはその声の主に視線を向ける。そこには、ヴィエイユがいた。
「戦の当事国であるあなた方はもとより、援軍に赴いた国々が総出でかかっても落とせなかったこのドルガと、ヒヤマの砦を、アガルタ軍がほぼ単独で奪還しているのです。その労を労わないばかりか、すぐに引き渡せとは、そんな無礼な口上は古今東西を見ましても、初めてのことですわ」
「あなた様は確か……お名乗りにならなかったと記憶しておりますので、お名前は存じませんが、あなた様に無礼などと言われる覚えはございません」
「申し遅れました。私、新・クリミアーナ教国教皇、ジュヴァンセル・ヴィエイユと申します」
シーワの顔が、一瞬で凍りついた。その様子を見て、ヴィエイユは薄く笑った。
「これよりドルガには、我らクリミアーナ海軍の者たち四万が駐留いたします。長い船旅での航行……。兵士たちも疲れております。況や、これまで戦闘を重ねてこられたアガルタ軍をや。あなた方のために、我ら新・クリミアーナとアガルタ軍は力を尽くしたのです。まずは、その労を労い、十分な休息を与えるのが筋でしょう」
ヴィエイユの言葉に、シーワは何かを言おうとしたが、彼女はそれをさせず、さらに言葉を続ける。
「それに、あなたは確か、副総司令官ではなくて? あなたの振る舞いは、一国の王たる我々に対して取るべき対応でしょうか? 立ったままで、我々に命令をする……。一国の王に対して、このワーロフ帝国では、副総司令官ごときが対等に話をするのが仕来りなのでしょうか? であれば、何とお行儀の悪い国ですこと」
ホホホとまるでシーワをあざけるように笑うヴィエイユ。その様子を横目で見ながらリノスは、ゆっくりと目を閉じるのだった。
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