第四十七話 またまたご無体な話を!
「おはようございます。今朝の朝食は、パンとチーズ、スクランブルドエッグ、オーク肉の燻製、サラダです。パンにはお好みでジャムをつけてくださいね」
我が家のシェフ、ペーリス自慢の朝食だ。
ペーリスの勉強熱心ぶりは、驚くべきものがある。既に料理のスキルは俺をはるかに超えている。彼女のスキルをさらに伸ばすため、近いうちに一度、帝都に連れて行こうかと思っている。
一応、彼女には人に見える結界を張ってあるが、種族の関係でずんぐりむっくりな体のため、人が彼女を見るとかなり太った人に見えるらしい。一応王女なのだが・・・俺の結界スキルはまだまだ改善の余地があるようだ。
ちなみにジェネハは、馬に見えるように結界を張ってある。馬小屋に住んでいるので、必然的にそうなってしまった。
「いってらっしゃいませー」
ペーリスに見送られて、出勤する。商売の方は相変わらず順調だ。最近はペーリスにお使いを頼まれるのだが、その種類が実に多い。買い物をしているとすぐ、夜になる。お陰でこのところ、あのビーフシチューの美味しいホテルのレストランに行けずじまいだ。
店に到着し、カウンターの前に座る。俺の到着を待ちかねたかのように、商人と冒険者が数名入ってくる。ちゃっちゃと注文を処理しているところに、宰相閣下の使いがやってきた。今すぐ宮城に来いという。
取りあえず店を閉め、宮城に向かう。俺の到着を待ちかねたように、宰相閣下が入ってくる。目の下にクマができている。
「すまぬな、呼び出して。貴殿に頼みたいことがあるのだ」
「また皇族の警護ですか?」
「まあ、そんなところだ。とある皇族を、帝都の国境付近まで警護してほしい」
「国境付近というと、アーシリアですか?それともベルガンダですか?」
「どこでもいい、とにかく帝都の国境まで案内し、帝都から出ていくのを見届けて欲しいのだ」
なんだか随分ざっくりとした依頼である。
「いやなに、半月ほど前、チルの村で猫人族の王子と姫を保護してな。自らを勇者と名乗り、大魔王討伐をしていると宣言したのだ。それなりの装備をしておったので、取りあえず宮城で預かっていたのだが、出身のピャオ国に確認してみると、王子の自作自演だという。しかも装備品は王宮の宝物庫から盗み出したものだというではないか。ピャオ王が怒り、その場で国外追放を決めたのだ」
・・・あのバカ猫どもか。寄りにもよって宮城に保護されていたとは。これはかかわりたくない。
「ピャオ国から使者が来て、王子一行の国外追放と装備品の受け取りに来たのだが、随分と暴れてな。ピャオの使者と宮城の侍女数名に怪我を負わせおったのだ」
最悪の事態だ。死人が出なかったことが幸いだな。
「王子一行は取り押さえて、装備品は没収したのだが、運悪くその場を収めたのが、第一皇女のリコレット様だったのだ。大人しくしておればよかったのだが、よりにもよってリコレット様に暴言を吐きおってな」
最悪が最悪を呼んでいるなー。一体どんな暴言を吐きやがったんだ?
「・・・リコレット様に向かって、「父親の権威がなければなにもできないバカ女」と言い放ったのだ」
はい、死刑確定ですね。
「今は牢に繋いでいる。仕方がなかろう、我が帝国の姫君が冒涜されたのだ。リコレット様のお怒りも相当でな。先ほどまで「首を刎ねよ」の一点張りだ。宥めるのに苦労したわ。取りあえず我が帝国としても、この一行を国外に追放することにしたのだが、帝都内で騒ぎを起こされても困る。さりとて、兵を護衛に付けて国境付近まで連れていくのは憚られるのだ」
馬車か何かに乗せて、国境付近まで乗せていけばいいんじゃねぇのか?
「・・・リコレット様に対しても暴言を吐くのだ。当然、他の重臣や侍女たちにも言いたい放題だ。そんな者を兵士が警護すると思うか?最悪、我が国の兵に斬られかねん」
斬られればいいじゃないか?
「そうなると今度は帝国の評価が落ちるのだ。帝国の兵がピャオ国の王族を斬ったとなれば、それを口実に近隣諸国がどのような動きに出るのかもわからん」
「そんなに面倒くさい奴らなら、闇から闇に葬ればいいのではないのですか?」
「闇から闇というのは、明るみに出ていない時にするものだ。すでにピャオ国の王子が勇者を名乗って大魔王討伐に出ているという事実は、白日の下に晒されているのだ。とにかく穏便に、この国を出てもらうしかあるまい。そこで、皇族の警護の実績がある貴殿に頼むのだ。どこでも構わん、とにかくあの者どもを帝国国境に捨ててきてくれ」
・・・最後に本音が出てますね。なるほど、基本的に俺のスキルは低く見せている。結界師にその身を保護させながら国境まで奴らを運ぶ。奴らに俺が斬られる心配もないだろうし、俺が奴らを殺す可能性も低い。苦しいお立場、お察しします。
俺にヤル気は全くない。しかし、宰相閣下たっての頼みである。イヤとは言えない。取りあえず馬車は貸してくれるということなので、バカ猫たちを馬車ごと分厚い結界に閉じ込めて、国境付近で捨ててくることにしよう。また、さすがに着の身着のままで国境に放置するのはいかがなものかということで、馬車に食料等を詰め込み、馬車ごと国境付近に捨ててきて構わないとの宰相閣下のお話である。
「それにしても、バカな王族ですね」
「いや、よくある話だ」
よくある!?この世界の王族はバカばっかりか?確かにジュカ王国の国王もかなりのバカだったが。
「王族は、行儀作法などは厳しく身につけさせられるが、世間一般の常識などはほとんど教えられない。その方面に過剰に疎いことがむしろ、自慢の一つにすらなるのだ」
ははぁ。だからあんなバカ猫みたいなものが出来上がるのだと。
取りあえず、バカ猫どものところに向かうことにする。部屋を出ると、若い貴婦人がこちらに向かってくるのが見えた。そのまま素通りするかと思いきや、その女性は俺の前で立ち止まり、じっと俺を見つめる。
「何か?」
「これ、リノス殿、リコレット第一皇女殿下である」
宰相閣下が慌てて俺に声をかける。ほう、この人が噂の皇女様か。見たところかなり賢そうな雰囲気だ。俺は慌てて膝をつく
「これは、知らぬことでご無礼を致しました」
「あなたが噂の結界師ですか。私はリコレットと申します。そのような態度は無用ですわ」
無用と言われてもなぁ、と俺が戸惑っていると
「貴方は皇帝陛下の家臣でも、ましてや私の家臣でもありません。そこにいるグレモント宰相の家臣でもないのでしょう?私は貴方に何も施しをしておりませんから、そのような態度をとる必要はない、と申しているのです。他の王族はいざ知らず、私に対してはそのような態度は不要ですわ」
と言い捨ててさっさと行ってしまった。
「まあ、ああいうお方なのだ。我々とは根本的に考え方が違うのだよ」
宰相閣下と別れ、俺は兵士に案内されて牢屋のある地下室に向かう。
リコレット皇女の考え方は、ある意味で間違ってはいない。しかし、あの考えは帝国の体制を根本から否定するものだ。国内が動乱の時代であればまだしも、完全に帝国としての体制が成り立っている現在では、皇女の考え方は異端とされるだろう。非常に聡明な女性であることは認めるが、生まれてくるのが少し、早かったようだ。
そんなことを考えながら歩いていると、ほどなく牢屋のある地下室にたどり着いた。
バカ猫の王子と王女は、ご丁寧に個室をあてがわれている。その上、それぞれの従者も一緒に入っている。身の回りの世話をする者も一緒にいるのだ。牢獄にしては、なかなかの好待遇と言っていい。従者たちは迷惑この上ないだろうが。
「よー久しぶり。元気にしてたか?」
「あっ、お前はあの時の無礼者!何だ、この城の者だったのか。早く僕をここから出しておくれよ。大魔王は待ってはくれないんだぞ!揃いも揃ってバカばっかりだ!」
「・・・上手な自己紹介だな。とりあえず、お前ら全員国外追放だそうだ。俺が国境まで捨てに行く。早速行くぞ!」
「追放?どうして私と兄様ばっかりこんな目にあうのじゃ!」
「お前らが今置かれている境遇は全て、お前ら自身が作り出したものだ。お前らの考え方、行動がこういう状況を作り出しているのだ」
バカ猫四人が牢から出される。以前は剣を装備していたが、現在は丸腰であり、服も薄汚れたものを着ている。一見すれば王族とは思えないだろう。
そんな俺たちの後ろを、一人のフードをかぶった男が通り過ぎる。何気なくその男に注目していると、男は俺のすぐ近くの牢屋の前で立ち止まり、看守にカギを開けてもらい、その中に入った。そこに捕らえられている男に、俺は見覚えがあった。
ヒーデータ帝国第三皇子、ヒーデータ・シュア・セアリアスだ。




