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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十五章 黒龍編
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第四百六十一話 要請、お受けします

口をあんぐりと開けたまま固まっているチャンとワーカに、リノスはゆっくりと声をかける。


「その……何とかという女性……名前忘れちゃった。その、小ダヌキちゃんには眠ってもらった。起きたら、介抱してやってくれ」


「そ……その……リノス様と言われると……アガルタ王……」


「そうだ。バレちゃ仕方がないな。あなた方は、この小ダヌキちゃんとは少し違うようだ。むしろ、この小ダヌキを嫌っているな? まあ、この小ダヌキもあなた方を嫌っているようだが。だから、眠らせずにおいた。だが、俺の存在は秘匿しておいて欲しい。できるかな?」


二人は顔を見合わせていたが、やがて深く頷いた。


「そうしてもらえると、うれしい。ところで、先程の話だが、本気で作戦を決行しようと思っているのか? どうも、あなた方二人からはそんな雰囲気を感じなかったけれど?」


「さすがはアガルタ王様。見事なご慧眼です。実は……」


「ああ、喋らなくていい。ちょっと待ってください」


リノスは手でチャン司令官の話を遮り、その体勢のまま動かなくなった。言うまでもなく二人に「鑑定スキル」を発動しているのだが、二人はそんなことは知る由もなく、ただじっとリノスに視線を向け続けている。


「……なるほど、色々とご苦労がおありになったようで。あなた方はこの作戦には反対なのかな?」


「賛成する理由がありませんやね」


リノスの声に反応したのは、ワーカ司令官だ。彼は首を左右に振りながら言葉を続ける。


「大体、何の反省もなく、むやみやたらに突撃を繰り返しているだけでさぁ。それでドルガが奪還できたら、我々軍人はいりませんやね」


「では、あなた方はどうするべきだと考えているのかな?」


「我々は、食料を断って日干しにする他はないと考えております。あんな堅牢な城塞都市、攻撃すればするほど、味方の損害が増えますやね」


「なるほどな。俺も、同意見だ。しかし、あなた方の副総司令官様は、どうしてこんな無闇な突撃作戦にこだわるのかね」


「いくら大軍で囲んだといえども、ヤツらには海がありまさぁ。海から補給されれば、ほぼ永遠に奴らはドルガを維持することができやす。そうさせねぇためにも、大軍で一気にドルガを抜く……というのが、あの方の腹でさぁ。まあ、そうした方が派手ですし、戦果も強調できやすがらね」


ワーカの話をじっと聞いていたリノスは、大きく頷く。彼はしばらく倒れているギギに視線を向けていたが、やがて、ゆっくりと息を吐き出すと、再びチャンとワーカに向き直った。


「あなた方も大変だな。わかった。ワーロフ帝国からの要請を受けようじゃないか」


「え? どういうことです?」


「突撃するんだよ」


「……正気ですか?」


「二日後だろ? いいよ。二日後、確かに俺たちは突撃する。あなた方の副総司令官殿に、そう言っておけばいい」


チャンとワーカは顔を見合わせていたが、やがて、戸惑いを隠そうともせずに、オドオドとした様子で頭を下げた。


「……ううん。あれぇ?」


そのとき、彼らの後ろで倒れていたギギがむっくりと起き上がった。彼女は不思議そうに周囲を見廻している。


「おい、大丈夫か?」


「……」


「突然倒れたので驚いたよ。前にも君は倒れていたな。どこか体の調子が悪いんぢゃないか。一度、医者に診てもらうといい。よければ、アガルタに来ないか。アガルタの都にはメイリアスという世界一の名医がいる。よければ紹介しよう。メイリアスだったら、よいツテがある」


全く抑揚のない言い回しで喋るリノス。そのためにギギは言葉の意味をよく飲みこめずにいた。キョトンした表情を向ける彼女に、リノスはカッと目を見開いたかと思うと、さらに早口でまくし立てた。


「ちなみに、だが、メイと名医はかけてないからな。そこだけは間違うなよ。以前にそんなことを言ったヤツがいたが、それをパクっていると思われるのは心外だ。断じてパクったわけじゃない。いいな?」


「アガ……いや、お話はよくわかりました。よくわかりました」


チャン司令官が巨体を大儀そうに揺らして一歩下がり、スッと頭を下げる。それを見たリノスは立ち上がり、まるで宣言するかのように声を張った。


「二日後、我がアガルタ軍は、突撃を敢行する」


「この度のご決断、感謝申しやす。この上は本陣に立ち帰りまして、総司令官たるゲシカナに報告させていただきやす」


チャンに倣うようにワーカも一歩下がって頭を下げる。その様子を、リノスは満足そうに頷いている。二人はまだ状況が飲みこめていないギギを促しながら、その場を後にしていった。


「……大丈夫でしょうか?」


リノスとマトカルの二人だけになったのを待ちかねたように、クノゲンとルファナが入ってきた。彼らはリノスの傍に座ると、辺りを憚るように周囲を見廻す。


「で、どうだった?」


「はい。調べましたところ、ヒヤマに新しく築かれた砦には、およそ五百の兵士が詰めているようです」


「さすがはクノゲン。調べが早いな。だが、五百……か。少ないな」


「察するところ、バーリアル軍が割ける人数がその位だったのでしょう」


「兵の士気はどうだ?」


「旺盛ですな。先日のドルガでの大勝利が伝わって、士気は上がっているようです」


「そうか」


クノゲンの話を聞きながら、リノスは懐から一枚の紙を取り出す。それは以前、マトカルが描いた要塞の絵だった。


「ここは確か……堀の幅がかなり広いんだったな。ということは……」


リノスは顎に手を当てながら、じっと絵を見ていたが、やがて大きく頷くと、スッと顔を上げた。そして、再び懐に手を入れたかと思うと、一枚の紙を取り出し、そこに何かを書き入れ始めた。


「サダキチ」


リノスの傍に、突然フェアリードラゴンが現れる。二人は見つめ合いながら何かの言葉を交わしていたが、やがて、先ほど書いていた紙をドラゴンに手渡した。


「一体何をなさるおつもりで?」


「何、簡単なことだ。ヴィエイユにちょっとしたお願い事を、ね」


「ははぁ、また何か、意地悪なことを考えつかれましたな?」


「酷い言い方だな、クノゲン。真剣に考えているんだ。上手くいけば、一兵も損ずることなく、あの新しく出来た砦を奪うことができるかもしれないんだ」


「ほう、詳しく承りましょうか」


「つまりは、だな」


リノスがマトカルの書いた絵を指さしながら、作戦の詳細を伝えてゆく。


「……なるほど。それならば、敵は驚くでしょうな」


「そんなに上手くいくものだろうか」


「いや、ルファナ。成否は問題ではない。それをやることこそに意味があるのだ」


「クノゲン殿、よくわからないが……」


「う~ん、説明すると長くなるが……」


「ルファナちゃん、それは、クノゲンにゆっくりと教えてもらうといい」


「リノス様、また、意地悪そうな顔になっていますぞ」


「顔は隠しているだろうに。おかしいな。ラファイエンスのマネをしてみたんだが、何かしっくりこないな」


「将軍とリノス様では、格が違いますぞ?」


「ひどいな、それ」


そう言って二人は笑い合う。その様子を女性たちは無表情で眺めていた。しばらくすると、リノスはクノゲンにルファナを連れて下がるように促し、二人はその場を後にしていった。


「では、私は兵士たちに準備をするように伝えてこよう」


そう言って立ち上がろうとするマトカル。だが、彼女の頬に、スッとリノスの手が伸びた。


「なっ!?」


「それは明日でいい」


「だが……」


「もう日暮れだ。後のことは、クノゲンとルファナちゃんに任せておけばいい。俺たちは帝都の屋敷に帰ることにしよう」


「まだ、早くないか?」


「ファルコが寂しがっているだろう。昨日も、一昨日も帰るのが遅かったからな」


「……」


「少なくとも、今日と明日の攻撃はない。敵から攻撃を仕掛けてくる可能性は極めて低いだろう。それならば、早く帰って休んだ方がいい」


「……わかった」


マトカルはゆっくりと頷く。それを見たリノスは、ゆっくりと立ち上がり、右手を地面に向けて転移結界を張ろうと魔力を集中させようとする。


「リノス様」


「どうした?」


「今日は、すまなかった」


「何が?」


「その……秘匿するべきリノス様の存在を、バラしてしまった」


「ああ、いいよ。あの小ダヌキは少し記憶を弄らせてもらったが、二人の男たちは信頼できる。間違っても、俺のことをバラすヤツらじゃない。大丈夫だ。しかし、あの小ダヌキとその姉ちゃんは意地悪だな。敢えて曖昧な指示を出すことで、俺たちの兵力を削ごうとしている。それだけじゃない。ワーロフ側が思っていた動きと違うとか何とか言って、因縁を付けやすいようにもしているんだ。まあ、見事と言えば見事だが……。奴らは完全にマトを敵と認識しているようだな。それに……あの、チャンとワーカの二人も、敵と認識されて、排除されようとしている。可哀想といえば、可哀想だ」


「……すまない」


「いや、いい。マトは間違っていない。気にするな。……でも、おしおきはするからね? 今夜は寝かさないよ?」


「えっ!?」


マトカルの顔がみるみる赤くなっていく。その様子を可愛らしいと思いながら、リノスは転移結界を発動させたのだった。

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