第四十六話 そのバカっぷりはもしや、ネタ?
「勇者?何だそりゃ?」
ウィリスと名乗る猫が、自分を勇者と名乗り始めた。単なるコスプレ集団ではないということか。
「そうだ、僕は世界を救う勇者だ。僕がいないと世界は亡ぶんだ!」
「はあ?世界を救う?」
「大魔王が復活したのだろう!その大魔王を倒せるのは僕しかいないんだ!世界を救う勇者なんだから、助けて当然だろう?」
大魔王は私です、という言葉を飲み込む。また厄介なヤツらを引き寄せてしまったようだ。しかし、腐っても勇者を自称する猫たちだ。そのスキルはどうなのだろう?
ウィリス(猫族の王族・14歳)LV6
HP:38/49
MP:14/14
剣術 LV1
シェーラ(猫族の王族・13歳)LV5
HP:30/38
MP:10/16
回復魔法 LV1
アマリア(猫族・14歳)LV6
HP:24/35
MP:4/17
回復魔法 LV1
ユリエル(猫族・15歳)LV7
HP:20/51
MP:13/13
教養 LV1
・・・スキル低っ!相手にならないどころか、森の中でここまで生き残っていたこと自体が奇跡みたいなものだ。このスキルで勇者を気取るとは・・・。世間知らずかバカのどちからだろう。王族とあるから、前者か?いやどちらもか。
「お前らよくこの森の中で生きてこられたな。結構魔物多いぞ、この森?」
「・・・転移魔法陣に乗ったら、ここに着いた」
アマリアと表示された猫少女が答えてくる。転移魔法陣?そんなものがあるのか?どこにある?
「・・・私たちをここに運んだら、すぐに消えた」
何じゃそら?
「お主の家はどこだ?まずはそこに案内してくれ。村や町が近いのなら、そこでも構わない。この際贅沢は言わない。頼む」
ユリエルと表示された猫男が近寄りながら話しかけてくる。贅沢は言わないと言いながら、言っていることはかなりド贅沢なんだが。
「俺の家?断る。近くの村であれば、ここから歩いて一日の距離にある。むろん、大人の足でだがな。頑張って歩くんだな」
勇者とお姫様の顔が固まる。
「大魔王が復活したんだぞ!大魔王を倒さないと亡ぶんだぞ!僕じゃないと倒せないんだぞ!」
「うるせぇよ」
俺は手加減をしてLV4の火魔法を放つ。雪が解け、森の一部が焦土と化す。
「少なくとも、このくらいの魔法が撃てなければ大魔王はおろか、この森を抜けることも叶わない。お前らこのくらいの魔法が撃てるか?撃てないなら早々に帰る方策を立てた方がいい」
「すごいじゃないか!喜べ、君を僕のパーティーに入れてあげるよ!さあ!僕らを警護して、大魔王の下に向かおう!」
・・・やっぱり、アホのようだ。どこをどういう思考回路を通ったら、こんな会話になるんだ?バカは怖い。
「俺はお前らにも、大魔王にも、世界の滅亡にも興味がない。それに、たとえ世界が滅亡するとしても、お前らに守ってもらおうとは思わん。お前らは、誰から大魔王討伐の依頼を受けているのか?」
全員が黙り込む。
「察するところお前らは勝手に勇者を名乗っているだけなんだろう?勇者ってのは他人から認められてなるものだ。自称・勇者なんて3歳の子供でも言えるじゃねぇか。自分の実力もわからずに大魔王討伐とか勇者とか、聞いてあきれるわ。勇者ごっこをしたけりゃ、自分の家でやれ。他人を巻き込むな」
「無礼者め、許さん!」
自称勇者が剣を抜いた。
「僕がせっかく守ってやろうと言ってるんだぞ!世界を救ってやろうと言っているのに、何で感謝しない!」
「お前を求めてない。お前のやっていることは「善意の押し売り」だ。はっきり言って迷惑だ。むしろ、お前らの下らない話にここまで付き合ってくれたことに、感謝しろ」
「貴様~!」
俺に向かって剣が振り下ろされる。俺はその剣をたたき折る。しかし、折れない。かなり丈夫な剣のようだ。
「ふっ、ふふふふふ。これはオリハルコンで出来た剣だ。我が国の宝剣だ。下郎の分際で僕に意見をするのは許せん、これで真っ二つに・・・ぐふっ!」
最後まで言葉を聞くまでもなく、俺の拳がウィリスの腹に突き刺さる。そして、その顔面を思いっきりぶっ飛ばす。
鼻血を出しながら吹っ飛んでいったウィリスは、大木に激突し、そのまま崩れ落ちた。
「うっ、うううう」
「だから言っただろう。お前は弱いんだ。この森では、間違いなく死ぬ。」
「私たちの態度が気に障ったのなら謝ります。どうか、助けてください。せめて、ウィリス王子とシェーラ王女さまだけは、お助け下さい」
アマリアと名乗る猫娘が、必死に懇願してくる。どうやら、この娘には話が通じそうだ。
その後、このアマリアにこれまでの顛末を聞いた。教養スキルで色々と見ることもできたのだが、見たくないものまで見えてしまう気がしたので、敢えてアマリアに聞くことにしたのだ。
この猫たちは、ニザ公国の北側にある海を越えた、ピャオ国から来たのだという。この国は、猫が独自の進化を遂げて国を作り上げてきたのだそうだ。魔物が群れを成し、王国を築くのは珍しくはないが、この猫族は人間の文化を受け入れながら歴史を重ねてきたのだという。
この自称勇者たるウィリスは、当代国王の五男であり、シェーラはその妹にあたる。アマリアとユリエルは、それぞれのお伴として仕えているらしい。
数年前、ジュカ王国から立ち上った凄まじい妖気はピャオ国も把握し、大魔王が復活したと考えたらしい。当面、国に被害がない限りは静観すると決めていたが、この身の程知らずな王子様は、自分が討伐すると言ってきかなかったらしい。
それまでは、学問も武術にも怠けることが多かったこの王子様であったが、大魔王討伐を目標に掲げた日から真面目に学問にも訓練にも取り組むようになった。近臣たちは当初は安心していたのだが、この王子様はどんどん増長し、自信過剰に拍車がかかるようになった。そしてこの度、めでたく国の宝剣と鎧を盗み出し、妹と従者たちを従えてご出陣と相成ったというわけである。当然、国王の許可は得ていない。大魔王を討伐すれば、自分の行動が咎められることはない、とタカをくくっているのだ。絵に描いたようなバカっぷりである。
「戻ろうにも食料もなく、休むところもないので、このままでは死んでしまいます」
必死にアマリアが懇願してくる。俺は何も言わず4人に結界を張ってやった。一定の温度が保たれ、しかも、彼らに敵意を抱いたり、危害を加えようとする者たちは触れることのできない効果を付与した結界を。
「お前らには結界を張った。明後日の夜までは持つだろう。それまでに頑張って村までたどり着くんだな。ここからなら、西の方向だ。しばらく行けば川が見える。その川沿いに西に向かって歩くと、村に出る。腹も減っているのだろう。ここに食料を置いていく。パンと肉の燻製だ。それぞれ分担して持っていけば十分足りるだろう」
俺は無限収納から食料を取り出し、ついでに木で作った水筒を出し、そこに魔法で出した水を注ぎ、小さいファイヤーボールを入れてお湯を作り出す。
「体も冷えているだろう。お湯もついでにやるよ」
俺の一連の動作を、アマリアとユリエルは目を見開いてみている。そして、アマリアは恐る恐る俺から水筒を受け取ると、無言でゆっくりと頭を下げた。
俺はイリモを走らせて、その場を離れた。
「疲れた~。本当に疲れるね、イリモ」
「本当に驚きました。まさかあんな言葉をかけられるとは。私も久しぶりにイヤな気持ちになりました」
「だよなぁ。早く帰って、寝よう」
そうですね、とイリモは翼を広げ、大空に舞い上がる。空には満天の星。その美しさに、ささくれだった心を癒されながら、俺は家路を急いだ。




