第四百五十五話 糾弾
アガルタの陣に戻ってくると、ルファナとクノゲンが何やら言い争っていた。よく見ると、プリプリと怒っているのはルファナの方で、クノゲンはそれを宥めているような雰囲気だ。
「今すぐ撤兵すべきだ!」
「そういうわけにもいかないだろう」
「こんなことは失礼の極みです。こんな国と関わり合うなど、許せない!」
「まあまあそう言わずに……」
そんな会話を交わしている二人に、俺はゆっくりと近づく。二人は俺の存在に気付くと会話をパッと止め、スッと一礼した。
「どうしたんだ二人とも。夫婦喧嘩は犬も食わないっていうぞ?」
「いえ……そういうわけでは……」
「どうしたんだ一体? 二人がケンカするなんて、珍しいじゃないか」
「いえ、別に喧嘩をしていたわけではないのです。ワーロフ側の……」
クノゲンの言葉を遮るように、ルファナが彼の腕を掴んだ。そして、ゆっくりと首を左右に振る。
「いや、まあ、取るに足らないことなのです」
「どうした? 何があった?」
「いいえ。こんなことはお耳に入れるまでもありません。お忘れくださいませ」
「何だ? どうした? 気になるじゃないか」
クノゲンとルファナは顔を見合わせている。ルファナは小刻みに首を振っているが、クノゲンがゆっくりと首を縦に振る。それを見た彼女は、さも残念そうな表情を浮かべながら俯いた。
「実は先ほど、お二人がおいでにならないときに、ワーロフの陣に呼ばれたのです」
「ほう」
「てっきり軍議だと思いまして……。リノス様もマトカル様もおいでにならないので断ろうとは思ったのですが、緊急と言うことでしたので、妻を伴って赴いたのです。ですが、そこでは全員にこんなものが配られたのです」
クノゲンは懐から一枚の紙を取り出した。そこには、こんな文言が書かれていた。
『帝国にお集りの皆様。
ワーロフ帝国軍副総司令官、シーワでございます。
先日の軍議は、お疲れ様でした。少し感情的になってしまった場面があり、私自身、大人気なかったと反省しています。
ただ、なぜそう思ったのかをお伝えしておいた方がよいと思いますので、以下長文になりますが、お読みいただければ幸いです。
今回の戦いは、時間も限られた中で、出来る限り良い作戦を立案しようと努力しています。
戦の当事国であるのだから、当然と言えばそれまでですが、我が国だけの単独でやればもっと早くスムーズにできるにもかかわらず、より良い作戦とするためにも、この戦を「自分ごと」として考えることで、その内容を集まった国々の中でより浸透させるためにも、「開かれた軍議」の形で作ることにしました。その理由としては、この作戦には多くの兵士たちの命がかかっているからです。
現在、ワーロフ帝国には、十万近い軍勢が集まっております。作戦によっては、この兵士たちが全滅する恐れがあるのです。そのためには、より効果的な作戦を立案し、それを効率的に運用する必要があるのです。そのためには、「開かれた軍議」が必須なのです。
ただ、一部の国からはそういったことに対しての評価や労いが一切ない上に、一方的に指摘だけされ、議論や意見交換の場に面倒そうなご様子で関わられていることに、正直しんどいなと思っています。
今回、一部の国から出されたご意見には、せっかくお集まりいただいた国々への心境などを意識されたものではなく、「意味があるのか」と言った表現のように、一方的に自国側が伝えたいことを伝えているような表現になっているように思います。
私はこの戦いに関わる全ての者に理解しやすいように、難しい言葉は出来る限り使わず、一般的な表現になるように、一言一言かなり細かく意識して発言しています。まだまだのところはたくさんありますが……。
先日の軍議では、そういった感情が積み重なってしまったが故の対応でした。まだまだ器が小さく申し訳ありません。
今回の戦いは我が帝国とその他多くの国々が同じ場で議論をしながら作戦を立案するという協働の事案です。参戦いただいている方々で議論して、より良い作戦を作ることを面白いと思ってくださる方も多くいらっしゃいます。そういったプロセスにこそ、この戦いに一番の意義があるのではないでしょうか?
より良い「協働」のためには、お互いのことを尊重し合い、対等に議論して作っていくことが必要です。
我々ワーロフ帝国とその他の国々が協働していくためには、我々が変わらなければならないことは事実ですが、ここに集まった国々も会話や言葉の使い方も変わって行かなければなりません。より良い協働を生むためにも、一方的な会話ではなく、双方向の会話でなければならないと思います。軍議の場においても、双方向の対話が重要であることをご理解いただければ幸いです。
色々と勝手ばかりを書きました。
もし、これをお読みになった方で、本心とは違っていたのでしたら、申し訳ありません。
その際はぜひお伝えください。ただ、私がそのように受け止めていることも事実ですので、そのことは事実として受け止めていただければ幸いです。
今後もどうぞよろしくお願いします』
俺のすぐ横からマトカルが覗き込んでいる。俺は少し迷ったが、その手紙を彼女に渡す。
「……」
マトカルはじっとそれを見ていたが、やがて大きく息を吐き出しながら、首を左右に振った。
「一体……この国は何をしようとしているのだ? 我々に何を求めているのだ? 私個人をこのように批判したところで、一体何になるというのだ?」
「いえ、マトカル様。このような者は相手にしなくてもいいのです」
クノゲンが宥めているが、マトカルは天を仰いだまま、じっと目を閉じている。
「だから言ったのです。見せるべきではないと」
ルファナが呆れたような表情で口を開いている。
「リノス様、恐れながら、ここは撤兵いたしましょう。このような国と関わりましては、我々が大きな被害が出ます」
「ルファナ、よさないか」
「まあ、待てクノゲン。それにしても……ひどいな。何を食えばこんなことを考えるのか……。イヤな女だな」
俺はため息をつきながら、マトカルが持っていた手紙を手繰り寄せる。
「何だかもっともらしいことを書いているが……。文末の『ただ、私がそのように受け止めていることも事実ですので、そのことは事実として受け止めていただければ幸いです。』という文言に全てが集約されている気がするな。私の思い通りに動いていないから、気に入らないという思いが、よく伝わってくる」
俺は手紙を折りたたみながら、クノゲンに視線を向ける。
「で、軍議はどうだった? 俺たちのことは何か言っていたか?」
「いいえ。表立って我々のことは話題に上がりませんでした。軍議につきましては、特に意見らしい意見も出ず、最終的には、ワーロフ側からの命令を待つことになりました。これは、私の推測ですが……。どうやら、数を頼んで総攻撃をかけるようですな」
「総攻撃か……」
「恐れながらリノス様」
「何だい、ルファナちゃん」
「このような堅牢な城塞都市に総攻撃をかけるなど、兵力がいくらあっても足りません。大きな損害が出ることは火を見るよりも明らかです。ですから、撤退しましょう」
「そうだな。俺も同意見だ。だが、このまま撤退することは難しいな」
「リノス様!」
「まあ、総攻撃の命令が来たら、上手く躱す方策を考えないとな」
「上手く……躱す……」
「こう言っては何だが、リノス様は軍神であらせられる。リノス様にすべてを任せておけばいいのだ」
「おいクノゲン、それはちょっと言い過ぎだろう?」
「そんなことはありません」
そう言って俺たちは笑い合う。だが、ルファナは何とも言えぬ表情で俺たちを眺めているし、マトカルは目を閉じたまま俯いている。俺はそんな二人に視線を向けながら、小さな声で呟く。
「さてと。おそらく、世界最強の防御力を誇る二つの要塞……。それだけじゃなく、獅子身中の虫もいるか……。まさしく針の筵状態ってやつか? どうするのが、正解なのかな……」
俺の視線の先には、雲一つない青空が広がっていた。




