第四十五話 残念な勇者
紫ベリアルは絶叫し続けている。確かに他の個体と比べて、体は小ぶりである。ゴンやジェネハの言う通り、どうやらまだ幼いようだ。
魔物とはいえ、年端もいかない者を狂い死にさせるのは、俺自身も気が引ける。とりあえず、この紫ベリアルに結界を張り、抵抗力を奪ったうえで回復魔法をかけることにした。殺意を向けるなど、不穏な動きをすれば、その時は即座に殺してしまおう。
「よし、では治癒するぞ。アルティメットヒール!」
青色の光に包まれ、壊れた精神を修復する。光が消えると、紫ベリアルがぐったりとなっていた。
「おーい、大丈夫か?」
「・・・」
紫ベリアルはしゃべらない。取りあえず水を与えるが手を付けない。よく見ると泣いているように見える。俺は鑑定スキルで、この紫ベリアルを鑑定する。
ペーリス(ベリアルの王女・11歳)LV12
HP:154
MP:119
火魔法 LV2
水魔法 LV1
風魔法 LV1
雷魔法 LV1
回復魔法 LV1
MP回復 LV1
気配探知 LV1
魔力探知 LV1
肉体強化 LV2
槍術 LV2
回避 LV1
行儀作法 LV1
教養 LV3
飛行 LV2
俺は思わずほぅと声を漏らす。わずか11歳で教養がLV3もある。かなり賢いと見た。スキルもこの年にしては相当高い。王女とあるからには、かなり身分の高い魔物である。
「一応命は助けたけど、結界を張ってある。お前の行動は制限させてもらうぞ。ちょっとでもヘンなマネをしたら即座に命はないと思え。それにしても一体何なんだお前ら?いきなり襲いかかってきやがって」
「・・・」
相変わらず喋らない。俺は「鑑定」スキルをさらに使って、この紫ベリアルの過去を覗く。
「ふーん、ベリアル王の娘なんだな。親父さんに大魔王を倒した者と結婚しろって言われたのか。ほお、あの三人は・・・残念な奴らだな。・・・うん、その突撃はないわー。気持ち悪いよな~」
「ど、どうしてそれを!?わかるの?まさかあなたが大魔王・・・」
「ああ、まあね。大魔王は一瞬だけだ。なりたくてなったんじゃねぇ!」
「ううううう・・・」
小さな体をさらに小さくして泣き出す紫ベリアル。取りあえず結界を解いても問題はなさそうだ。
「まあ、俺たちに危害を加えるつもりがないのなら、このまま帰してやる。群れに帰りな」
「・・・帰りたくない」
「うん?」
「群れには帰りたくないです・・・」
「はあ?お前、ベリアルの王女なんだろ?そのまま群れに帰りゃ王妃様じゃないのか?」
「・・・王妃なんてなりたくない。それに父は・・・大魔王討伐が失敗したら、逃げて好きに生きさせるつもりで、見届け人にしたのだと思います」
「これからどうすんだ、お前?」
「私は色んなことが知りたい・・・。なぜ星は出るのか、どうして作物は育つのか・・・。知らないことをたくさん知りたい。王妃になればお城から出られない。それは、イヤ」
・・・なるほど、教養LV3はダテではないと。
「まあ、それならそれで構わんとは思うが、しかしその姿ではなぁ。完全に小さいドラゴンだからなぁ。一人で生きていくならそれでもかまわんが・・・」
「さすがに、この子が一人でこの世界を生きていくには無理でありますよー」
「ご主人様、差支えがないなら、この子ベリアルを屋敷に置いてはどうであろうか?人間に見つかれば間違いなく討伐対象になるであろうし、この森の中でも、おそらく真っ先に狙われるであろう。この子の体力が持たぬでありましょう」
「うーん、まあ、俺は構わんが、このベリアル次第だな。どうする?将来的に何をやるかが決まるまで、しばらくこの屋敷に居るか?」
紫ベリアルはしばらく考え込んだあとで、小さくうなずいた。
「名前は・・・ペーリスでいいのか?お前さんが帰ってこないと言って、ベリアルたちが大勢で襲撃をかけてくるなんてことはないだろうな?」
「・・・父様が亡くなる時に、王を代行する人を選んでいるので、大丈夫だと思います」
こうしてペーリスは、俺の屋敷の居候になった。
しばらくは塞ぎ込んだままだろうとの俺の予想はあっけなく覆された。屋敷で俺が作ったメシを食い、その味に感動したペーリスは、料理の作り方をものすごいテンションで聞いてきた。そしてその後、徐々に自分でも料理をするようになり、俺のレシピをどんどん吸収していった。
もともと知的好奇心が強かったこともあり、色んな食材を調理していくようになった。そしてメキメキと腕を上げて、あっという間に我が家のシェフの座に収まった。
農業を担当するゴンとも話が合い、野菜の品種についてああでもない、こうでもないと議論する姿も見られるようになった。ゴンも教えたらすぐに知識を吸収して活用していくペーリスを、優秀な生徒として受け入れているようだ。
最近では屋敷の裏庭に花畑を作るようになり、色とりどりの花を育てるようになった。美しい花畑の中に、紫色の小型ドラゴンがゴキゲンで作業している姿は、かなり違和感があるのだが。
また、文字が読めるようになりたいという目標を持ち、夜遅くまで文字を覚え、本を読もうと格闘する姿も見られるようになった。お陰で屋敷の二階の空き部屋は必然的にペーリスの部屋になり、いつしか彼女も、我が家の家族の一員と化している。
そんなことをしているうちに、季節は冬になり、屋敷の周囲は一面の銀世界になった。気が付けば俺は16歳になっており、成長期のためか、身長がかなり伸びた。それに伴って、髭も伸びてくる。そろそろ本格的な髭剃りを買おうかどうかを、夜寝る前に悩んでいると、一匹のハーピーから報告があった。
「ご主人様、森の奥で4名の子供が迷っているようです。いかがしましょうか?」
北のニザ公国との間に位置するこの森は、かなり深い。この冬ともなると稀に冒険者が森の中で遭難することがある。その場合はできるだけ助けることにしており、今回も警戒中のハーピーに偶然発見されたようだ。しかし4名の子供というのは珍しい。
「わかった。今すぐ向かう」
俺はイリモに乗り、森の中に足を踏み入れた。
マップで確認すると、確かに子供たちの反応が出た。15歳くらいか?まだ若いようだ。ご苦労だがイリモには翼を使ってもらい、最短距離で子供たちの下に飛んでいくことにした。
ほどなく、子供たちの下に着き、俺は、声をかける
「おーい、大丈夫かー?」
4人は肩を寄せ合って大木の下で座っていたが、俺の声を聞いた瞬間、4人はガバッと顔をあげた。
「・・・猫?」
猫たちが鎧を付け、ローブを纏い、人間と同じ格好している。いわゆる獣人とは違う、でかい猫が人間の衣装を身に付けているのだ。何じゃコイツは?
俺の姿を見つけた猫の一人が立ち上がる。どうやら女性のようだ。そして足早に俺のところにやってきて
「遅い!遅いではないか!!一体何をしておったのじゃ!!なぜもっと早く迎えに来ないのじゃ!!寒い!寒いのじゃ!」
一方的にまくしたてられる。この寒さで気がおかしくなったのか?
おお、二足歩行ができて、人間の言葉が喋れるんだなと妙に感心していると、その後ろから鎧を着た猫が俺のところにやってきた。どうやらこいつは男のようだ。
「本当になにをやっているんだ全く。早く僕たちを暖かいところに案内しておくれよ。腹が減った。食事を頼む。うん?一人で来たのかい?何をやってるんだよ。それじゃ僕たち全員が馬に乗れないだろう?普通、他の馬も連れてこないか?全くダメだな君は。もういい、僕とシェーラはその馬に乗る。君はアマリアを負ぶれ。ユリエルは歩いて来るしかないな。おい君、ユリエルを見失うなよ?」
あまりのことに絶句する俺。一体、何がどうなってんだ?俺、助けに来たんだよね?どこをどうやったら、こんな会話になるんだ?
必死で頭の中を整理していると、鎧を着た猫の声が飛ぶ
「早く馬を降りろよ!僕たちが乗れないだろ!言葉が通じないのか!?」
「・・・お疲れ様でした」
「は?何?」
「お疲れさま。まあ、頑張ってくれや」
「おい、君、何を言ってるんだ?」
「俺はお前たちの家来でもなければ奴隷でもない。たまたま道に迷っているお前たちを発見して、助けてやろうと思っただけだ。しかし、やめた。お前たちにかかわるのは、ご免だ」
「何を言っている!僕を知らないのか!僕だぞ?僕を助けるのは、当たり前だろ?」
「あいにく俺には猫の知り合いはいない。一体どこの誰かは知らないが、人の善意を受けるのであれば、それ相応の対応をしろ。そんなものの言い方をしているヤツを助ける義理はない。頑張ってふもとの村までたどり着け。お疲れさん」
俺とイリモは踵を返して、元来た道を歩き出す。鎧猫は必死で走り、俺たちの前に立ちはだかった。
「僕を助けろ!僕はウィリスだ!勇者、ウィリスだ!!」




