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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十五章 黒龍編
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第四百四十二話 回りくどい

ヒーデータ帝国の宮城きゅうじょう。その謁見の間では、皇帝である、ヒーデータ・シュア・ヒートが厳しい表情を浮かべていた。温厚篤実な彼をして、このような表情は非常に珍しい。その彼の前には弟であるヴァイラス公爵が、蒼白な顔で立ち尽くしている。


「それは一体、いつのことじゃ?」


「ハッ……。知らせによりますと、およそ5日前とのことです」


「帝国にとっては、誠に由々しき事態だの」


「はい……。場合によっては、帝国の浮沈にかかわるかと存じます」


「黙って見過ごすわけには、いかぬの」


「はい。早急にご対応いただければ」


「わかった」


「あの……陛下」


「何じゃ?」


「アガルタの義兄上にも、この旨を……」


「いや、それには及ぶまい。此度は我らだけで十分であろう」


「畏まりました」


ヴァイラスは恭しく一礼をし、スッと後ろを振り返った。そこには片膝をついて畏まる一組の男女の姿があった。二人は、彼に倣うように、深々と皇帝に向かって頭を下げた。


◆ ◆ ◆


アガルタの都にも、チラチラと粉雪が舞うようになった。俺は執務室の窓をぼんやりと眺めながら、来し方を振り返っていた。


もうすぐ今年も終わりだな。何だか今年は慌ただしかった。そのお陰で、誕生日パーティーを開くことができなかった。俺はいくつになったんだ? 27歳か……。自分の年齢もすぐに出てこなくなるほど、色々なことに忙殺されていたんだな。来年はもう少し、のんびりしたいものだ……。


そんなことを考えていると、扉がノックされる。入室を促すと、何とクノゲンとリコが連れ立って入ってきた。


「リコ……? 何? どうしたの? クノゲン? 何?」


別に何もやましいことをしていないのだが、何故かリコの姿を見ると焦ってしまう。いや、決してリコにビビっているわけじゃないぞ。怒られるのが怖いからじゃない。てゆうか、怒られることをした記憶は……ない。心当りがあるとすれば、エリルやアリリアたちに、ママには内緒だと言ってケーキを食べたくらいだ。まさか、それがバレたのか? オヤツの時間以外に食べてしまったからな……。いや、エリルたちが秘密をバラすとは思えない。いや、待てよ? もしかしてシディーが気付いたのか? で、問い詰められて白状したと。うん? それならクノゲンがここにいる説明がつかないな。ええと……何だ!?


「ずいぶん目をキョロキョロさせておいでですが、大丈夫でしょうか?」


クノゲンが心配そうな表情を浮かべている。俺はハッと我に返り、コホンと咳払いをして席に着く。……リコ、そんな目で俺を見ないでくれ。


「忙しい政務の中、時間を取らせてしまって申し訳ありませんわ。ちょっと相談したいことがあるのですわ。クノゲンの意見も聞きたいと思いましたので、同席してもらいました」


「相談? 何だい?」


「バーリアル王国が軍を動かしたのですわ」


「バーリアル王国?」


リコはクノゲンに視線を向ける。それを受けて彼は、手に持っていた紙を机の上に広げてバーリアルの位置を指さす。


「ついひと月前、王都を出発したバーリアル軍は海を渡り、隣国のワーロフ帝国のドルガを攻撃しました。そして、現在もここを占領しています」


「ここは……。いいところに目を付けたな。ここを押さえれば、この国は好きなときに東に向かうことができる。やり方によっては、ヒーデータを急襲することもできるな。それに、南から侵攻された場合には、砦としていい働きをしそうだな」


「さすがはリノス様。まさしくその通りだと思います。ここはワーロフ帝国の中でも最大規模の港があります。ここを押さえられると、これまでのように広く交易ができなくなるので、帝国としてはある意味、喉元に刃を突き付けられた形になりますな」


「どうして両国は争っているんだ?」


「それが、よくわからないのです」


「うん? どういうことだ?」


「一応、バーリアル側の言い分としては、自国の兵士がワーロフ帝国の兵士に殺された。そのために攻撃したというものなのですが……」


「それなら、罪を犯した兵士を罰すればそれで済むじゃないか」


「そうなのですが……」


「まあ、戦いを仕掛ける理由は何でもいいってことかな?」


俺の言葉に、クノゲンは苦笑いを浮かべている。


「リノスに相談と言うのは、このことなのですわ」


「ほう、相談とは。俺たちに何か関係があるのか?」


「攻撃されたワーロフ帝国は、ヒーデータ帝国と縁戚なのです」


「え? そうだっけ?」


「ヴァイラスに嫁いでいるのは、ワーロフ帝国皇帝の娘ですわ」


「あーそうだっけか。確か、かなり美しい方だったよね?」


リコはゆっくりと頷く。二度ほど宮城きゅうじょうでお目にかかったが、大人しそうな上品な人というイメージがある。


「ワーロフ帝国は数度にわたってドルガ奪還を試みましたが、いずれも失敗しています。そして、ヒーデータに援軍を要請しましたが、これも失敗しているのです」


「連合軍を組織しても勝てないのか……。兵力は?」


「ワーロフ、ヒーデータ連合軍5万に対して、バーリアル軍は1万とのことです」


「はああ。それだけの兵力差があるのに……か。こんなことは言いたくないが、ワーロフとヒーデータの司令官が余程ポンコツか、バーリアル側に余程、指揮能力の高い司令官がいるか、どちらかだな」


「おそらく、そのどちらもでしょう」


クノゲンが頬をポリポリと掻きながら、苦笑いを浮かべている。


「ワーロフ側の司令官は存じませんが、ヒーデータの司令官は、ライッセン将軍ですからな」


「ライッセン?」


「ラマロン軍との戦いの際、イルベジ川で睨み合っていたときの……」


「ああ、あのオッサンか。確か、ラファイエンスの後任で北方方面軍の司令官になったんだっけ。まだいたのか?」


「終生現役武官としての待遇を受けておりますからな。本人が辞めると言わない限り、基本的にはあのままでしょう」


「でも、戦いに勝てないんじゃ、司令官としての意味はないだろう?」


「その通りなのです」


そう言ってクノゲンは、遠慮がちにリコに視線を向ける。


「相談と言うのは、兄上から内々に援軍の要請があったのですわ」


「何でリコのところに? 直接俺に言えばいいじゃないか」


「リノスはアガルタの国王ですわ。直接兄上がリノスに頼むと、国と国の話し合いになってしまうのですわ。表に出したくはないからこそ、兄上はタウンゼット妃を通じて私に書簡を送ってきたのです」


そう言ってリコは、俺に手紙を渡す。そこには、皇太子であるアローズの近況が書かれており、許嫁であるエリルと会えることを楽しみにしていると書かれてあった。


「うん? これだけじゃ、俺たちに援軍を求める内容かどうか、わからないじゃないか」


俺の言葉にリコは少し戸惑いの表情を浮かべたが、やがて真っすぐな瞳を向けてきた。


「これは……リノスだから言うのですが、実はこれは暗号なのですわ」


「暗号?」


「ヒーデータ帝国の皇族同士が手紙をやり取りする際、内容によっては、別の意味を持たせることがあるのですわ。今回のこの書簡は、援軍を要請するものですわ」


リコの言葉に、クノゲンが続く。


「表向きは膠着状態であるとされておりますが、どうやら、連合軍は大損害を受けて撤退したようですな」


「で、アガルタ軍に援軍を要請してきたというわけか? 堂々と援軍を要請するならまだしも、こんな回りくどいことをしなきゃならない理由が俺にはわからないな」


「相当焦っているのでしょう」


「ほう」


「察するに、数で勝る連合軍は、確実に勝てると踏んで戦いに向かったのでしょう。だが、敗れた。ドルガと言う要地に居座られるのが、ワーロフもヒーデータにも耐えられないのでしょうな。一刻も早くこの地を奪還したいが、二度の失敗は許されない……。とはいえ、両国とも面子がある。だからこのような回りくどいことをしているのでしょうな」


「何だかなぁ」


「リノス……」


「何だい、リコ?」


「一度、兄上に会って下さいませ」


「……そうだな」


「これは私の勘ですが……。兄上は何か思うところがあってこのようなことをしているのだと思いますわ。きっと、リノスに内々に会いたいのではないかと思うのですわ」


「わかった。リコがそう言うのなら……」


俺は再び窓の外に視線を向ける。雪が激しくなってきていた……。

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