第四十四話 ペーリス
ヒーデータ帝国からはるか北東に位置する名もなき大陸。火山と森に覆われた人跡未踏の大陸がある。ここは魔物の巣窟と化しており、加えて、周囲の海にも強力な魔物が生息している。まず、人間がその海域に足を踏み入れると、生きて帰っては来られない。
多くの魔物を抱えるこの大陸には、大きく分けて三つの勢力が存在する。一つが、火山を支配する火鳥・煉獄魔鳥が支配する煉獄族、森の半分を支配するジェネラルハーピーが支配するハーピー族、そして、残った森と草原の全てを支配するのが、ベリアル一族である。
昔から煉獄族は火山以外の土地では生きられないため野心はなく、また、他の勢力も火山という過酷な環境では生きることが出来ないため、この一族との争いについては皆無であった。
問題はハーピーとベリアルである。この二つの勢力は、折に触れて諍いを起こした。その原因の大半はベリアルにあり、高位悪魔の誇りにかけて、この大地の王となる野心のために争いは起こった。
ドラゴンを小型化した風貌を持つベリアルは、その圧倒的な攻撃力とドラゴンの鱗に匹敵する硬い体表、ドラゴンほどではないにしろ、背中に背負った羽を生かした空中での機動力を活かして、大半の魔物を支配下に置くことができた。しかし、ハーピーはどうしても屈服させることができなかった。一対一では問題なく狩れても、連携攻撃を得意とするハーピーには、ベリアル自身にも大きな被害を受けたのである。
そこで、ハーピーの長であるジェネラルハーピーと、ベリアルの長であるベリアル王は120年前に停戦協定を結び、現在に至るのであった。
しかし、この大地に異変が起きた。恐ろしく禍々しい妖気がジュカ王国の方角から発せられたのだ。世界の王は我だ、と言わんばかりの高圧的な妖気だった。
これに反応したのは、ジェネラルハーピーであった。一族を引き連れて、この大魔王を自称する無礼者を討伐に向かったのだ。ベリアル一族は焦った。ハーピーの連携攻撃は自分たちも凌駕する攻撃力である。もしかすると・・・。という不安。もし、ハーピーが大魔王を討伐すると、この森の均衡が崩れる。配下の魔物がハーピー側に付く可能性が高いのである。
もっとも、ジュカ王国に至るためには、ジュカ山脈を越えなければならない。ここにはドラゴンがいる。さすがにハーピーたちもドラゴンを相手に無傷では済まない。しかし、仲間の一部を犠牲にすれば、越えられないこともない。ベリアルたちは苦悩した。
また、間の悪いことに、300年に及んでベリアルを統治してきたベリアル王が死の床にあった。大魔王の対応と共に、王亡きあとの一族の長を決めねばならなかった。
ベリアルの一族は、強い者が王になる、というごくごくシンプルなものである。王になりたい者同士が戦い、勝利したものが王になる。
本来はそれでよかったのだが、今は大魔王への対策も取らねばならない。ここで一族の決闘で戦力を落とすことは避けたい。そこでベリアルは、王になりたいと願う者たちを大魔王討伐に向かわせ、それに勝利した者を王とすることに決めた。
死を間近にした王には、一人の娘がいた。その名をペーリス。人間の年齢で言えば10歳程度であるが、王の聡明さを最も受け継いでいた。
ペーリスは王の娘ということもあり、英才教育を受けて育った。戦闘技術や魔術など、基本的な事柄はすぐに身に付けることができた。しかし、この姫はむしろ、この世界の成り立ちに興味を示していた。なぜ、星は出るのか。なぜ、この作物は森で育ち、大地では育たないのか・・・など。むしろ学者肌の女性であったと言える。
父のベリアル王はその遺言として、次代の王に娘を娶らすと宣言した。これに手をあげたのが、三名のベリアルであった。即ち、最も力の強いベルアルク、最も魔力のあるセシウス、最も知恵者と呼ばれるサトリウスの三名である。
ペーリスは正直、この三人が好きではなかった。寧ろ王妃となり、窮屈な生活を強いられるのは避けたかった。しかし、父の命には逆らえない。それどころか父は、ペーリスに三名の大魔王討伐の見届け人となることを命じたのだ。
聡明なペーリスは直ちに父の意図をくみ取った。大魔王討伐は至難の業になるだろう。三名が全滅した時は一人で自由に生きよ、そう認識したのだ。
大魔王討伐に向かうその日、父のベリアル王は崩御した。悲しみを振り払うように、四名は大魔王討伐に向かったのであった。
旅は順調であった。襲ってくる魔物もいたが、全く相手にならなかった。ペーリスでさえ、簡単に討伐できてしまったのだ。ベリアル三人は大いに士気を上げていたが、ペーリスは冷静に現状分析していた。
ジュカ山脈に生息するドラゴンが、大魔王討伐に向かったという話を一切聞かないのだ。もっとも高い知性を有するドラゴンが動いていない。これには訳がある。おそらくドラゴンが束になっても勝てない相手ではないのか、彼女はそう踏んでいた。
そのジュカ山脈を目の前にして、異変は起こった。何とジェネラルハーピーと大量のハーピーの気配を感じたのである。
これには異変があったに違いないと、ジェネラルハーピーの下に行こうとしたとき、結界に行く手を阻まれた。何度体当たりしても跳ね返されてしまう。これは全く予想していないことであった。地上最強を自負するベリアルが破れぬ結界、特に三名のベリアルはプライドを激しく傷つけられた。
そこで、三名は一丸となって結界を破ることにした。ご丁寧にペーリスを真ん中に、三名がその周りを固めて突撃するというものである。確かに威力は遥かに増大する。しかし、ペーリスにとっては迷惑以外の何物でもなかった。
「グモモモモー!よーし、突撃するぞー!!」
「おおっ!結界にヒビが入ってきたぞー!あと一息だ!」
「どうだ、ペーリス。俺たちの力はー!グモッ!!」
「やめてー!わかったからやめてー!」
ついに結界は破れた。そこには一人の少年と、ジェネラルハーピーを筆頭とする数十羽のハーピーがいた。そして、聞いてみて驚いた。大魔王はいないのだという。それどころか、何とこのハーピーたちが少年に敗北したという。あろうことか、この少年に命を助けられ、そのまま仕えているという。
一体何のためにここまで来たのか。ベリアルたちの落胆は大きい。しかし、ハーピーたちを敗北せしめたこの少年を倒せば話は別である。名実ともに大陸の覇者になることができるのである。ベリアルたちの心は踊った。
しかし、その考えは甘かった。少年は一瞬のうちにベリアルを葬った。もっとも知恵者であり、硬い体表を持つサトリウスを一蹴し、あまつさえ、その体を溶かしてしまった。
ペーリスは一瞬でこの人間には勝てないと判断し、退避行動を取った。しかし、逃げた先にジェネラルハーピーとその仲間がいた。必死で逃れようとするペーリスであったが、ハーピーの波状攻撃には手こずった。血路を開こうと、自分の持つ最大の魔法を放とうと詠唱している最中に、頭に凄まじい衝撃を受けた。ふと見ると、ベリアルたちを葬った少年が刀を振り下ろしている。斬られたのだ、と思ったその時、体中に悪寒が走った。
気が付くと倒れていた。そして、凄まじい激痛と共に、自分の両手、両足、両翼が、一つ一つむしり取られるように切り取られていく。あまりの痛みと恐ろしさに、ふとその傷口を見ると、何と無数の小さなネズミが傷口から自分の肉を食べているのが見えた。
「やめてー!!お願いだからやめて!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!!」
ペーリスは無意識に、幼いころに亡くなった母親を呼んでいた。