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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十五章 黒龍編
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第四百三十八話 回避

フェリスは、目の前の少女がまさか、ドラゴンであるとは全く考えてもいなかった。それほど、シャリオの人化は完璧だった。しかも彼女は、人化は初めてだった。初の人化でここまで完ぺきに近い状態にしている点を見ても、この黒龍の才能の高さを見ることができる。


だが、このシャリオをして、その体中から発せられる臭気を隠すことはできなかった。彼女が住んでいたルワザン島には、レイス火山という大規模な活火山が存在する。その噴火口から発せられる有毒ガス――まるで、卵が腐ったような臭い――は、シャリオの体中に染みついていた。とはいえ彼女は、ここに来るまでに毎日水浴びをして体を清潔な状態に保っていたが、フェリスの独特な嗅覚だけは、欺くことはできなかった。


結果的にフェリスは、彼女の発する臭いのお陰で、一命をとりとめることができた。


それはほんの一瞬のことだった。シャリオが人差し指をフェリスに向けた瞬間、その指がまるで槍のように伸びた。そして、フェリスの体に深々と突き刺さったのだ。


相手がドラゴン、しかも黒龍であると認識していれば結果は違っていただろう。だが、まさか相手が黒龍だとは認識していなかったフェリスは、反応が遅れた。だが、彼女から発せられる強烈な臭気のお陰か、目の前の少女に意識を集中していたために、とっさに回避行動を取ることができた。


フェリスの心臓を正確に狙ったシャリオの指は急所を外れ、彼女の脇腹を貫いていた。一命をとりとめたとはいえ。フェリスの体にはこれまで経験したことのない痛みが襲い、彼女は声を上げることもできずに、ゆっくりと膝を折った。


一方のシャリオは少々混乱していた。目の前の女が、どうして自分の攻撃を躱せたのかがわからなかった。この至近距離だ。あの兄たちでさえ、この距離から自分が攻撃を繰り出したらば、躱すことはできないだろう。しかも今回は、一切手を抜かずにやったのだ。相手が兄ならばわかる。だが、ドラゴンとはいえ、黒龍でもない種族に自分の攻撃が躱されるなど、考えもしなかったことだ。


彼女はもう一度、その指を目の前の女に向ける。女は膝を折って俯いているが、油断はならない。絶対に躱されないように……。そう心で唱えながら、彼女は女の頭をめがけて、再び攻撃を仕掛けた。


◆ ◆ ◆


「何!? フェリスが?」


思わず声を上げてしまった。フェアリードラゴンのサダキチが、商人街で騒動が起きていると報告してきたのだ。しかもそこにはフェリスがいて、何やら女同士で諍い合っていると言うのだ。


「一体、何をやっているのか……」


そんなことを呟きながら胸騒ぎを覚えた俺は、サダキチに労いの言葉をかけた後、魔力を集中させた。


◆ ◆ ◆


「……ツ」


シャリオは思わず声を上げていた。指先に何か、とんでもなく硬いものが当たったような感覚を覚えたのだ。目の前の女を貫くことは……できていなかった。一体何が起こっているのか、彼女には理解ができない。そんなとき、彼女の肩にずしりと何かがのしかかる感覚を覚えた。


「一体、何をやっているんだ」


驚いて声のする方に視線を向けると、若い男が自分の肩を掴んでいた。誰だ、この男は? そう思った瞬間、周囲から歓声が上がる。


「リノス様!」

「国王様!」


……リノス? まさか、この男がこの国の王なのか? 


……もっと大きな、強そうな男だと思っていた。だが、目の前にいる男は何なのだ。細くて小さい。こんな男は一捻りで倒せてしまいそうだ。


そんなことを考えていると、突然体が重くなった。そして、動くことができなくなった。


「フェリス、大丈夫か?」


男はシャリオに目もくれず、目の前の女のところに向かう。そして、しばらくすると女の体が青色に光る。


「リ……リノス様、アイツはドラゴンです」


「ドラゴン?」


「間違いなく、ドラゴンが人化しています」


「どういうことだ? お前の仲間か?」


「クルルカンはあんなに臭くありません」


「臭い……か?」


「メチャクチャ臭いです!」


男は怪訝そうな表情を浮かべながら、周囲を見廻し、そして、シャリオに向き直る。


「どうやらこの騒動の発端は、お前のようだな? ちょっと来てもらおうか」


「私が来たときには、お店の人をブン投げていました」


「まあ、取りあえず事情を聴こうか……って、何だ?」


少女の体から黒い煙のようなものが出ていた。それはみるみる彼女を覆い、姿を隠した。その直後、まばゆい光が周辺を包む。


ゴアアアアアアアーーーー!!


耳をつんざくほどの咆哮が周囲に響き渡る。見ると漆黒のドラゴンが天に向かってものすごい勢いで上昇していた。


「な! 黒龍!? どういうこと!?」


フェリスが頓狂な声を上げている。あまりにも大きな咆哮と、その体から発せられる異様な雰囲気に都の人々は逃げまどっている。


黒龍は上空に一旦留まったが、すぐに南の方向に向かって飛び去っていった。


「リノス様の結界を易々と破って逃げていくなんて……さすがは黒龍」


悔しそうな表情を浮かべながら、黒龍が去った方向を睨みつけているフェリスに、リノスは静かに声をかける。


「いや、結界は解除しておいた」


「何ですって?」


「結界を張って閉じ込めると激しく抵抗されるだろう。そうなった場合、この都が戦場になってしまう。多くの人々を巻き込むことになるから……な」


「……なるほど、さすがはリノス様」


「一体あれは何なんだ? 黒龍……って言ったか? 確か、狡猾さにかけては随一のドラゴンだったっけ?」


「はい。でも、黒龍はジュカ山から出ることはないのですが……。とはいえ、黒龍がこの都で狼藉を働いたのは事実です」


「そのことだが、一体どういうことなんだ? 詳しく話を聞かせてもらおうか?」


「はい……」


フェリスはリノスに促される形で、その場を後にした。都を歩きながら、リノスは黒龍が去った方向に視線を向けた。フェリスを襲う寸前に黒龍に張った結界はLV4だった。なぜ、LV5の結界を張らなかったのか……。自分自身でも疑問だ。しかし、おそらくあのドラゴンはLV5の結界でも破壊しただろう。そう思わせるだけの雰囲気が、あのドラゴンにはあった。


……あのドラゴンからも、話を聞いてやればよかったな。


そんなことを考えたところで、そいつはもう、ここには居ない。考えても仕方がないと思いつつ、彼は自身の執務室に向かって、歩みを進めた。


◆ ◆ ◆


……ゼェ、ゼェ、ゼェ。


一体、どこをどう飛んできたのかさえわからない。ここは一体どこだろう? 空に飛び上がって、周囲を見廻せば簡単に位置は把握できるのだろうが、そんな気分にさえ、シャリオはなれなかった。彼女は必死で呼吸を整えようと努める。


初めての経験だった。自分の攻撃が完璧に防がれていた。そして、一瞬とはいえ、体が動かなかった。どうにかしてその呪縛を解いてはみたものの、彼女はその体力の大半を使い果たしていた。


「上には上がいるのだ」


口を酸っぱくして諭していた兄の姿を思い出す。その言葉の意味が、ようやくわかる気がしていた。確かに自分は、あの男を見てタカを括っていた。だが実際は、あの男に自由を奪われた。もし、本気で自分を殺そうとすれば、間違いなく致命傷を負っただろう。……彼女はその聡明な頭脳で、先程の戦いを分析する。


……きっと、兄様はこうなることを予想していたのだわ。龍王と互角に戦うことのできる相手。私一人では太刀打ちできないのは、少し考えればわかるはずだ。過信しすぎていた。


そんなことを考えていたそのとき、何かとてつもない気配を感じた。


それは、ゆっくりと彼女の許に降りてきた。


「ずいぶんと大変な思いをしたのだな、シャリオ」


目の前に現れたのは、二番目の兄であるロイスだった。彼はニヤリと笑みを湛えながら、彼女の傍に近づいてきた……。

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