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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十五章 黒龍編
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第四百三十七話 鼻につく

アガルタの都の北門。その門の上には、アガルタの兵士数名が配置され、外の様子を見張っていた。「来る者拒まず」を公言しているアガルタにあって、この北門だけが特別な存在と言えた。


その理由は、門のすぐ外に広がるルノアの森にあった。この森は、コンシディーの実家であるニザ公国に通じる。公国を経てアガルタに向かおうとする冒険者や商人もいて、折に触れて魔物に襲われることもあった。そうした人々が助けを求めて森から飛び出してくることもあるため、この北門には、アガルタ軍の中でも腕利きの者たちが配置されているのだ。


そんな門の前に、シーバとターオ、そして、シャリオが乗った馬車がたどり着いた。彼らは何度もこの都に来ていたために、何の迷いもなく、警備をする兵士たちに手を挙げて挨拶を交わしながら北門を潜る。だが、シャリオにとってみれば、再びあの痛みを覚えねばならないことを考えると、のんびりとはしていられなかった。ただ、彼女にはアガルタの都に入りたい、王であるリノスを見てみたいという、湧き上がる好奇心が、どんな痛みにも耐えてみせるという覚悟を促していた。


門を潜る直前、シーバとターオが脱ぎ捨てた『ハイドのマント』がシャリオの目に留まった。彼女はそれらを手繰り寄せると、素早く自分の体にそれを掛け、少しでも自身の存在を消すように試みたのだった。


……ツっ!


やはり体中に痛みを感じる。だが、先日のようにのたうち回るほどではない。まだ、耐えられる。


必死で歯を食いしばるシャリオ。心の中で、都に入りたいと何度も繰り返す。雑念を一切消して、ただひたすらに願い続ける……。すると、しばらくすると、その痛みは嘘のように引いていった。


「さあ、着いたぞ」


男の声でシャリオは我に返る。恐る恐る馬車から顔を出してみると、そこには多くの人が行き交う大通りがあった。


「さて、お前さんのことだが、まずは宿屋に……って、おい! どこに行くんだ!」


男の声に耳もくれず、シャリオは走り出していた。


「これが都! アガルタの都! すごい! 色々なものがある!」


彼女は真っすぐに商人街に向かって走っていた。その目に触れる色とりどりの食べ物……。珍しい物ばかりが溢れていた。彼女はそれらすべてに目を奪われていた……。


◆ ◆ ◆


「うん? 臭うわね」


ピクピクと鼻を動かしているのは、フェリスだった。彼女は書類から目を離して、周囲を伺う。目の前には、いつものように書類と格闘するルアラの姿があった。


「……私じゃないですよ」


彼女は書類から目を離すことなく、吐き捨てるように口を開く。フェリスは顔をしかめながら、クンクンと鼻を鳴らす。


「臭い! 臭い!」


「だから、私じゃないですってばぁ!」


苛立ちを爆発させるようにルアラが立ち上がる。これでも身だしなみには人一倍気を遣っているのだ。


フェリスはじっとルアラを眺める。まだ、鼻は動かしたままだ。


「これは……臭気? アンタじゃなさそうね」


「当り前ですよ! それに、何が臭いんですか? 私には全然臭いませんけれど?」


「ちょっと、外を見てくるわ」


そう言って彼女は足早に部屋を出ていく。彼女が出ていった瞬間、外からいろいろな声が聞こえてくる。


「フェリス様! 押印はいただけましたでしょうか!」

「急ぎの書類なのです! まだでしょうか!」

「フェリス様! フェリス様!」


……まさか、仕事をサボろうとしている?


ルアラは一瞬、そんなことを考えたが、あのフェリス姉さまのこと。そんなことをしても仕事がたまるだけで何の意味もないことはわかっているはずだと思い直し、再び目の前の書類に目を落した。


◆ ◆ ◆


「うん?」


俺は思わず顔を上げた。都に張っている結界に異常を感じたからだ。別に、結界が割られたわけでも、傷つけられたわけではなかった。何となく……。そう、言ってみるならば、体の中に異物が入った……そんな感じがしたのだ。


小さな塊を飲みこんでしまったような感覚……。そんな程度の違和感だったが、俺にしてみれば初めての感覚だった。


チリリリリーン


執務室の机の鈴を鳴らす。すぐに外で警備をしている兵士が入室してきた。


「すまないけれど、都の中を見廻ってもらえないかな」


「は?」


「いや、大丈夫かとは思うんだが、念のために、都の中を見廻って欲しいんだ」


「は……承知しました」


怪訝そうな表情を浮かべたまま、兵士は部屋を後にする。俺は再び書類に目を落そうとするが、そのとき、一つのアイデアがひらめいた。


再び立ち上がり、出窓に向かう。そして窓を開け、念話を飛ばす。


『サダキチ』


『お呼びでしょうか』


『都の中を見廻ってくれ』


『は?』


『いや、何もなければ何もないでいい。ちょっと気になることがあってな。一度、見廻ってくれないか』


『承知……しました』


サダキチは怪訝な表情を浮かべたまま、姿を消した。


「まあ、そういう反応になるわな」


俺はそんなことを一人呟きながら、再び政務に戻った。


◆ ◆ ◆


一方のシャリオは、商人街の奥深くまで歩いてきていた。ここは主に、食料品を売っている区域だった。美味しそうな香りが彼女の鼻をくすぐる。


「お嬢ちゃん、何にする?」


店の主人の威勢のいい声が聞こえる。彼女は目の前の品に目が釘付けになった。何とそれは、大きな肉の塊だった。


それは木に刺さって、吊り下げられている。店主は器用な手つきでナイフを操って、その肉を薄くスライスしている。そして、その肉を何か布のようなものに挟んでいく。シャリオの後ろから次々と客がそれを買い求め、かぶりついていく……。彼女は何の迷いもなく、肉が刺さっている木に手を伸ばす。


「おい、何をするんだ!」


店主が大きな声を上げる。彼は叫びながらシャリオの手を掴んでいた。


……肉を奪い取ろうとした。が、それはピクリとも動かなかった。彼は必死でそれを取り戻そうとする。だが、何をどうしても肉は動かなかった。


ズルズルズル……。


声を上げる間もなく、店主は店から引きずり出されていた。彼の手の先には肉の塊があり、そして、それを掴んでいる少女の姿があった。彼女は自分の腕に掴まりながら引きずられてくる男には全く関心を示さず、目の前の肉を見て、舌なめずりをする。そして、大きな口を開けたかと思うと、ガブリと肉に食らいついた。


「うん! うん! うん!」


満面の笑みを浮かべながらシャリオは頷く。そして再び肉にかぶりつく。周囲の人が呆気に取られるのをよそに、彼女は瞬く間に肉を完食してしまった。


「あ……ああ……ああ……」


あまりの出来事に声も出せない店主。彼女はスッと左手を動かす。すると、その腕を掴んでいた店主が突然宙を舞った。


「うわぁ!」

「きゃあ!」


人々の悲鳴が上がる。何と店主はすぐ前の店の屋根に落ち、その勢いでその店も潰れてしまったのだ。


周囲の騒動には目もくれず、シャリオはキョロキョロと店を物色する。どれも美味しそうなものが並んでいる。ずっと長い間、はぐれ黒龍として自由気ままに過ごしてきた彼女に、人族の常識を問うのは無理な話だった。彼女は欲望の赴くままに足を進めようとする。


「見つけた! アンタね、この臭いの正体は!」


突然、女性の声が聞こえる。見ると、目の大きい、若い女性がシャリオを指さしていた。


……ドラゴン? ……同種……ではない?


シャリオはその女性を見て、瞬時に彼女がドラゴンであることを見抜いた。彼女から発せられる気配がドラゴンそのものだったからだ。だが、目の前の女性は、自分の正体が見抜けないらしい。意味不明な言葉を話している。


「アンタ誰よ? てゆうか、この騒動は何よ? 何者なの? 人間じゃないわね? ……邪悪な気配を感じるわ」


……うるさい。耳障りだ。


彼女は欲望の赴くまま、その不快の元を排除しようと体を動かした……。

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