第四十三話 残念な悪魔
ゴンと共におひいさまの屋敷から帰ってきた。
空間魔法の一種だろうか、ほぼ行った時間とあまり時間が経過していないように思われる。これはどういう魔法だろうと考えながら後ろを振り向くと、小さな祠の隣に、キツネの石像が両端に備えられた大きな祠が建っていた。おそらくこれが、おひいさま直通の祠なのだろう。早速、明日にでもご注文の品をお供えしておこう。
そんなことを考えていると、ハーピーが数匹、ジェネハのいる馬小屋に飛んで行った。おそらくヒナの餌を届けに来たのだろう。俺も様子を見に行く。
「ジェネハ様、今日のエサを持ってまいりましたー」
「また大ネズミの肉か。子供たちは肉ばっかりでもいかん。多少甘みのある果物も取ってくるのじゃ」
「はいー。了解ですー」
おおっ、ハーピーたちの会話が分かるではないか!単に「ピピィー」としか聞こえないが、何となくそれがこういう意味だろうと分かるのである。すげえな教養LV5は。
「今度またおはぎを作るから、それをまた持ってきてやるよ。あ、ぜんざいがいいか?」
ジェネハとハーピーがギョッとした顔をしている。おおっ、俺の言葉も通じたか?
「ご、ご主人様、どうして私たちの言葉が話せるのです?」
「ああ、何かその、ゴンが仕えている神様にスキルをもらったんだよ。俺の言葉、通じてるよな?」
「はい、十分通じています。ご主人様と直接お話が出来るようになり、うれしいです!」
「ご主人様、イリモです。私の言葉はわかりますか?」
「おお!イリモか!わかるわかる!イリモはきれいな声をしているんだな」
「エヘヘ、恥ずかしいですー」
魔物たちとの会話をしばらく楽しんでいると、これも何となくではあるが、彼女たちの過去が分かるようになった。さらに注意して彼女たちの過去を探ると、ハーピーたちが何故、この森に来たのかが分かった。
「ほう、お前たちは大魔王に会いに来たのか?」
「はい、お恥ずかしいことですが、大魔王を倒そうと思ってここまで来ました。とてつもない邪悪な気配を感じ、それを頼って旅をしたのです。恥ずかしながら我々は、仲間で戦えばどんな強敵にも勝ってきました。我々であれば勝てると思ったのです」
俺の気配を感じた瞬間、ジェネハは、「ああん?世界最強だと?誰に断って言ってやがんだ?私たちを倒してから言えよ!」というような感情を抱き、居ても立っても居られない感情になったのだという。確かに、呪いLV5は邪悪な者を寄せ付けるって言われてたもんね。無理もないか。
「しかし、ジュカ山脈はドラゴンの巣窟。大魔王の気配にあと一歩というところで、どうしても山脈を越えられませんでした。仕方なしに、この森に逗留してた時に、ご主人様に出会ったのです」
なるほど、それで俺のビーフシチューを狙ってボコボコにされたのね。
「正直私たちは、人間風情の一人くらい何とでもなると思っておりました。しかし、家族全員が死ぬ一歩手前まで追い込まれました。あの恐ろしさは今でも忘れません。しかし、ご主人様には感謝しているのです。上には上がいるということを教えていただきましたし、傷を負った我々を治癒してくださいました。それだけでなく、住む場所を与え、時には美味しい食事まで提供していただき、こうして家族を守っていただいています。ありがたいことです」
お、おおう。まあ、気まぐれにしてるだけなんだけどな。
ジェネハ曰く、しばらくは自分たちのように強者と勝手に思い込んでいる魔物が来る可能性があるので、注意するよう提案されたのと、ハーピーたちも、そのような邪悪な魔物をできるだけ見張っていくと胸を張られた。そうなると俺は弱い。彼女たちのスィーツを作らざるを得ないことになった。
そろそろ気候が暑くなりかけた頃、ハーピーたちのヒナが飛ぶ練習を始めるようになった。まだまだ飛べないが、必死で羽をバタつかせている。見ていてとてもかわいい。俺の癒しの時間である。
そんな時、俺のマップに魔物襲来の表示が出た。色は黄色なので、警戒しつつ俺のところに近づいてくる。ハーピーたちも集まり、魔物の襲来を告げてくる。マップには「ベリアル」と表示されている。しかも4体もいる。
「ベリアル」・・・悪魔とドラゴンを合わせたような風貌。かなり高位の悪魔である。一応結界は張ってあるが、ジェネハは仲間を従えつつ、上空で迎撃態勢に入った。俺も外に出て様子を見守る。
まず4体のベリアルは、結界に対して突撃を敢行した。しかし、俺の結界はヤワではない。当然のごとく彼らを跳ね返した。するとベリアルは4体が固まり、雷魔法のような魔法を体に纏い、超高速で結界に向かって突撃を行った。はじき返されても突撃を繰り返すこと10回、俺の結界はついに破られた。
ベリアルたちが降りてくる。ハーピーはその速度に対応できない。そして、ドスン!と大きな音と地鳴りと共に奴らは俺の前に現れた。2匹は黄色、あとは赤と紫という色だ。体表の色は、ベリアルの能力か何かに関係があるのか?と考えていると、奴らに続いてハーピーたちが俺の周りに降りてた。そして、俺を警護する態勢を整える。
「グモモモモ、なぜハーピーが人間と共にいる?いや、そいつが大魔王か?」
「いや、違うぞ。あの人間から妖気は感じない」
「おいハーピーども!大魔王はどこにいる!素直に答えた方が身のためだぞ?グモッ」
「この人間は我々の主人だ。大魔王などいない。見つけたければあの山脈を越えていくがよい。もっともあの山脈は数種のドラゴンが生息していて、我らでも越えられなかったがな」
「何と!大魔王はいないだと!それにその人間が貴様らの主人だと!?何をバカな!人間ごときに、貴様らが敗れたというのか!」
「その通りだ。この、ご主人様に敗れた。それゆえ我らは命と引き換えにご主人様にお仕えしておるのだ」
「グモモモモー。ジェネラルハーピーである貴様も耄碌したということか!よかろう!大魔王が討てぬのなら、貴様らの主人を討って我々の名声を高めるぞ!最強種族が我々ベリアルであることを、思い知らせてやるのだ!」
・・・勝手に決めるなよ。自分の名を売るために大魔王を倒しに行くって、アホじゃないのか?身の程知らずも甚だしい。それより俺は、戦う気がないんだけどなー。などと考えていたら、ベリアルの一人が高速の火魔法を放つ。速い!避けはしたが、油断していると当たりそうだ。
「ジェネハたちは動くな!ヒナとイリモを守れ!」
俺は叫びながら屋敷とは逆方向に走る。ベリアルたちも俺を追いかけてくる。すぐにベリアルたちに囲まれてしまう。
「グモモー。我らのために死ね。ちょうど腹が減っていたのだ。腹の足しになろう。グモモモモー」
「ベリアルであるのは分かったが、名をお持ちか?名をお聞かせ願いたい」
「我らの名か。よかろう、死の置き土産として聞いておくがよい。我はベリアル一族の中でも最上位に位置するベルアルク・・・ぐえぇ!」
ペラペラとしゃべっている一番大柄なベリアルに結界を張り、そのままそれを縮小する。体中の骨を一瞬で砕かれてそのベリアルは絶命した。ごちゃごちゃうるせぇんだよ!
「き、貴様ー!!!!」
残ったベリアルたちが一斉に俺に高速のファイヤーボールを放つ。俺は氷の結界を張ってレジストする。ファイヤーボールを放った瞬間、ベリアルは空中に移動していた。俺はその中の一匹にめがけて高速のウインドカッターを放つ。透明で切れ味抜群、攻撃対象をどこまでも追いかけていく風刃がベリアルをズタズタにする。悲鳴を上げる間もなく、二匹目のベリアルは空中に散った。
その瞬間、俺はもう一匹のベリアルに抱き着かれた。そして間髪を置かず、そいつの口から至近距離で爆裂弾を放たれる。大爆発を引き起こすが、俺は全くの無傷だ。抱き着かれた体勢のまま、俺は周囲の温度を火魔法で急上昇させる。一瞬のうちにベリアルの体が炎を纏う。瞬間的に何千度という高温にしたため、ベリアルの体が真っ赤になる。もともと真っ赤だった体表がさらに赤くなっている。そのまま赤いベリアルは溶けてしまい、大地を焦がした。
残るは紫色のベリアルだ。とおもったら、その姿がない。馬小屋の方からハーピーたちの悲鳴が上がる。急いで駆け付けると、ハーピーたちが鋭い足の爪を武器に、ベリアルに奮闘している場面が目に入った。幸い、一匹も怪我をしていなさそうに見えるが、ベリアルはそのハーピーを一掃すべく、火魔法の詠唱を始める。俺は無限収納から「鬼切」を取り出し、ベリアルをブッた斬った。
「グモオオオオオオオオー!!!グギャァァァァァァァァァ―――――!!!! 」
断末魔の絶叫を上げ、紫ベリアルは、のたうち回っている。
「全員ケガはなかったか?ああ、そこ、羽をやられたか?エクストラヒール!」
戦闘で傷ついたハーピーを治癒してやる。彼女たちもすでに俺の家族みたいなものである。幸いにして致命傷を負ったハーピーはおらず、全員無事であり、ヒナたちも無事であった。
俺は、ホッと一安心する。すると、絶叫しながら苦しみ続けるベリアルが目に入った。最初は叫んでいるだけであったが、しばらくすると、何やら泣きながら言葉を喋っている。
「やめてー!!お願いだからやめて!!お母さん!!お母さん!!お母さん!!!」
「このベリアルはまだ子供じゃな。しかもメスじゃ。年端も行かぬのに・・・哀れじゃな」
ジェネハは呆れたように呟く。
「うーん、何かこのベリアルを狂い死にさせるのは、良心が痛むでありますなー。この子は戦闘に加わっておらず、むしろ逃げようとしていたでありますからなー。一度、襲ってきた訳を聞いてもよさそうではありますなー」
何故かゴンがいつの間にか俺の傍に来ている。ええっ?面倒くさいなぁ。どうするかなー。




