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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十四章 エルフ族編
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第四百二十八話 長い一日の終わり

エルフ王が俺に頭を下げている。これって、もしかしてドえらいことなんじゃないだろうか?


辺りを見廻してみると、その場にいるエルフ全員の表情が固まっている。彼らとしても、散々軽視してきた種族に王が頭を下げているのだ。信じられない光景なのだろう。


「すまぬことをした……。我が娘の命を助けてもらった命の恩人を手にかけようとした。本来ならば感謝してもしきれぬ恩人に対しての数々の無礼な振舞い。エルフ一族を代表してこのホンノワイチ、心から詫びさせてもらう」


「お手をお上げください。十分です。もう既に賊はエルフ王様、あなたの手によって討伐されました。もう、それで十分でしょう」


俺の言葉を受けて彼はスッと顔を上げ、ゆっくりと立ち上がった。そして、俺たちに視線を向けているエルフを見廻していく。


「……何ゆえに、我らは堕落したか」


誰に言うともなく、彼は呟く。その肩がかすかに震えている。


「我らは誇り高き種族であった。争いをすることを良しとせず、それをいかにして回避するかを何代にもわたって考え続けてきた。そのために我らは高い知性とスキルを得た。それらをもってしても、このような事態となろうとは……。何が……何が間違ったのか……」


「きっと、皆、弱くなってしまっていたのかもしれませんね」


「弱い?」


俺の言葉が意外だったのだろうか、エルフ王が驚いた表情を浮かべている。まあ、自分たちが一番だと思っていたのに、弱いと言われてしまうと、そりゃ驚くかな。


「確かに、エルフの皆さんは、素晴らしい知識とスキルをお持ちだと思います。この人跡未踏の地に結界を張り、街を作り、ちゃんと生活している。こんなことは、エルフ以外の種族ではできないことだと思います。きっと、この生活を手に入れるために、多くの犠牲を払われたことだと思います。大変だったでしょう」


俺の言葉に、王は静かに頷く。


「そんな血と汗と涙がしみ込んだこの里に、他の種族が土足で入り込むのは、感情的に言ってよいものではないでしょう。ですが、そうは言っても、それを排除しようとする動きはやりすぎです。どう考えても普通ではありません」


俺は周囲のエルフに視線を向けながら口を開く。誰も俺に視線を合わせる者はいない。


「まず、何故人族をそのように毛嫌いなさるのかが、俺には理解できません。確かに、人族の中には悪い者もおります。しかし一方で、いい人もいます。あなた方は人族の悪い部分だけに焦点を当てておいでなのではないですか? そうではなく、人族の良い点に焦点を当てていただきたいのです。あなた方に危害を加えようとしたり、利用しようとしたりする者については、関係を持たなくてもよいのです。ですが、その種族すべてを排除するという考えはあまりにも極端すぎます」


ジワジワと俺に対する、何とも言えない感情が押し寄せてくるのを感じる。何を言っているのだという感情……。やはり、あまり気持ちのいいものではない。だが、エルフ王はそんな俺に対して、優しい眼差しを向けている。彼は俺と目が合うと、コクリと頷いた。


「間違っていたら申し訳ありませんが、あなた方は皆、とても頭のいい種族だと俺は思っています。ですが、長い間他種族と交流しなかったことから、ごく限られた情報や知識しか得られていなかったのではありませんか? その少ない情報を駆使して、あなた方は俺たち人族のイメージを作り上げていった。さらには、自分たちの方が優位であると考える様になったのではないですか?」


エルフたちの雰囲気がまた変わった。何やら息を呑んでいるようだ。


「だが、実際の俺たちはあなた方が考えていた種族とは違っていたと思います。オルトーの計画が頓挫したのは、正しい情報を得ず、自分が勝手に拵えたイメージで動いた。これが最大の原因だったと思います。今の状態を続けると、きっとこの里には第二、第三のオルトーが生まれることでしょう。俺は、そうなって欲しくはないし、そうなってはいけないと思います」


「どうせよと! 危険にというか!」


一人のエルフが大声を上げる。喋り慣れていないためか、言葉の意味がいまいち飲みこめない。ちょっと困ったなと思っていると、シディーが後ろから耳打ちしてくれる。どうやら、里を解放すると危険に晒される。お前はそんなことをしろと言うのかと言っているようだ。


「要は、皆さんは同胞が危険な目に合うのを恐れているようですね」


シディーが通訳してくれる。なるほど、彼らの根底にあるのは、その考えだったんだな。


「エルフが危険な目に合わない方法が、一つある」


俺のその言葉に、エルフたちがざわつく。


「他の種族と交流するのです。いや、ここで怒らないで最後まで話を聞いてね? あなた方に必要なのは、他種族の情報です。どんな人々で、どんな知識を持ち、どんな考え方をするのか……。そうした情報を持った方がいいと思います。まあ、エルフ全員が交流することは不可能でしょうが、できるだけ、色んな種族と交流した方がいいと思います。当然、その中にはエルフを攻撃しようとしたり、利用したりしようとする者もいるでしょう。そうした者は付き合わなければいい。あなた方を助けてくれる種族と交流していけばいい」


「それが、危険にならないこととどう関係がある?」


エルフ王が真面目な表情で口を開く。俺はコクリと頷きながら言葉を続ける。


「戦略、という言葉をご存じでしょうか? センリャク……。戦いを略すと書きます。その名の通り、戦ってはダメなのです。できるだけ、戦いを避けなければならないのです。そのためには、味方を増やさねばなりません……。これは、俺の体験から言えることですが、アガルタはここ最近、大きな戦いを経験しました。何とかその戦いは切り抜けることができましたが、俺たちは大きな痛手を被りました。避けられない戦いであった……と言ってしまえばそれまでですが、俺はこれからできるだけ、戦いが起こらないようにしていくつもりです。できるだけ敵を作らないでおこうと思っています。敵がいなくなれば、自ずと戦いは無くなると考えます。そうなれば、無敵になりますよね?」


……我ながらうまいことを言ったなと思ったが、どうやらエルフたちにはピンときていないようだ。


「あれ?」


突然、エルフたちがゾロゾロと部屋を出ていこうとしている。何か、気に障るようなことを言ってしまったのだろうか?


「……父上が皆に、このことは後日話し合おうと言って下がらせたのじゃ」


ミークが小声で話しかけてくる。何だ、そうならそうと、早く言ってくれればいいのに。


「さ、我が寝所に参れ。今宵はゆっくりと休まれよ」


エルフ王が俺たち一人一人に視線を向けながら話しかけてくる。俺は彼の目を見ながら、ゆっくりと頷いた。


彼は踵を返してゆっくりと歩き出す。俺たちも彼に続く。


王の寝所は、とても簡素なものだった。大きな天蓋付きのベッドと、少し離したところに、ベッドが二つ並んでいた。どうやら王が俺たちのために運ばせたようだ。


「この部屋は人払いがしてある。ゆるりと休むがよい。そして、夜が明けたら、山を降りるといい」


そう言って彼は頷く。そのとき、ミークが大きなベッドの上にピョンと飛び乗り、エルフ王に視線を向ける。それに気が付いた彼はベッドに腰かけてミークと目を合わせる。彼はその体勢のまま動かなくなった。父娘二人、積もる話をしているようだ。


「さっきのリノス様、格好良かったです」


シディーが目をキラキラさせながら、小さな声で話しかけてくる。


「敵がいなくなれば無敵になるっていうお言葉……とっても上手だと思いました。もう、後ろからギュッと抱きしめたかったです」


……一人でもわかってくれる人がいれば、それでいいや。そんなことを考えながら俺は、エルフ王たちの様子を見ながら、シディーのおでこにキスをした。


俺たちの長い一日が、終わった。

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