第四百二十四話 いよいよ出番?
静寂が部屋を支配している。エルフは喋らなくても意思疎通ができるが、どうやらそれをしていないらしい。これまで、この部屋で感じていたワサワサ感が、全くないのだ。
水を打ったような静けさの中、奥の扉の前に立ち尽くしているお妃が、俺に憎しみの眼差しを向けている。少しずつ顎が上がっていっている。彼女には徹底的に侮蔑されているようだ。
「……父上が、話を続けよと仰せじゃ」
ミークが小さな声で呟く。俺は促される形でコホンと咳ばらいをして、ゆっくりと口を開く。
「あなた方エルフは、誰のおかげで生きていられるのでしょうか?」
俺の問いかけに全員がキョトンとなる。お妃ですらも、お前、何言ってんの? という表情を浮かべている。いかん、話の筋立てを全く考えずに話し始めたばっかりに、こんなことになってしまった。頭の中を整理しなければ……。
「ええと……。どうやら、エルフ以外の種族を排除すると言っておいでのようでしたが、そもそもそれって激しく間違っていると思います。なぜなら、人は人とのかかわりあいの中でしか生きられないからです」
しまった。エルフは人じゃないなと思いながら、敢えてそこはスルーすることにする。俺は未だポカンとした表情を浮かべたままのエルフたちを見廻しながら、さらに言葉を続ける。
「例えば、あなた方が身に付けている服……。確かにそれはエルフの誰かが作ったものでしょう。ですが、それを最初に作り出したのは誰でしょうか? エルフではないと思います。さらに、その服を発展させ、今の形にしたのも……エルフではありませんね? 何が言いたいかというと、あなた方……当然それは俺たち人族も含まれますが、俺たちは他人との関わりの中で生きているのです。エルフ、人族、ドワーフ、獣人……。何かしら助けられて生きているのです。お互い様です。そう、お互い様なのです。姫が攫われてしまった……それについては同情しますが、だからと言って、他種族との交流を断つのはやりすぎだと思います。それをすると、成長しなくなりますから」
お妃が呆れた表情に変わっている。全く伝わっていないようだ。エルフ王を見てみるが……やはり頭の上にクエッションマークが出ているようだ。
「要は、何か困難が起こったときに、そこから逃げるのではなく、立ち向かうべきだと夫は申しているのです」
シディーがよく通る声で口を開いている。そうだ、俺が言いたいことは、そう言うことだ。
「エルフの皆様は、大事な姫が攫われてしまったことに大いに動揺し、また、悲しみに暮れたのでしょう。地上にいてはまた、同じことを繰り返す恐れがある。そう考えて、人跡未踏の地に足を踏み入れた。ですが、他種族との関係を断ってしまったことが、今回の事件を引き起こしたのだと夫は言いたいのです」
シディーは俺の服の裾をキュッと握ってきた。大丈夫、私が付いていますと言っているようだ。何とも心強い。
「……父上が、なぜ、他種族を排除することが間違っておるのかと聞いておられる。妾も聞きたいぞよ」
ミークが寂しそうな表情で問いかけてくる。俺は、彼女を見つめながら、ゆっくりと頷く。
「他種族を排除すると、その種族は間違いなく衰退します。そして、最後には滅ぶからです」
俺の一言でエルフたちがどよめいている。言葉を発しない人々が思わず声を上げている。何とも言えない雰囲気だ。
「今回、俺はこの里に来て大変残念に思っています。いや、別に命を狙われたからじゃない。何で命を狙われるんだという気持ちがないわけじゃないが……。まあ、それはいい。要は、あなた方のやっていることは、人の道に反するし、確実に不幸になろうとしているからです。俺は、エルフという種族はとても優秀であると思っていました。その思いに変わりはありませんが、しかし、確実に滅亡への道を進もうとしているように見えるのは、とても、残念なことです」
エルフ王がスッと立ち上がり、俺に向き直った。とても涼やかな目で見つめている。何だか、心が落ち着いていくのを感じる。
「他種族とのかかわりは、最低限はするべきなのです。その理由は、例えば、あなた方が着ている服。それは誰が作っていますか? 確かにそれはエルフの誰かが作っているのかもしれません。しかしそれは、エルフが発明したものですか? おそらくそれは人族が発明し、発展させたものでしょう。それをおひいさま……狐神を通じて手に入れた。違いますか?」
誰も言葉を発する者がいない。というより、俺の話を理解しかねているようだ。
「世の中、持ちつ持たれつと言います。あなた方は、排除している種族から何らかの恩恵を受けているのです。で、あれば、何らかの恩を返さなければならないのです」
一部のエルフたちの顔が歪んでいく。何で俺たちが下等な種族に恩を返さなきゃいけないんだという感情が手に取るようにわかる。
「それをしない種族は確実に滅ぶ……。俺はその教えが正しいものだと今、確信しました」
隣でシディーがコクコクと頷きながら、手を小さくパチパチと叩いている。
「事実、あなた方はミーク……ジャニス姫を連れてきた俺たちを殺そうとしているし、今も殺そうとしている。正々堂々と殺しに来るのならばまだしも、暗殺しようとしていました。それだけでなく、あなた方の大切な同胞を殺して、その責任を押し付けようとまでしている。これは、誰が見てもメチャクチャです。俺たちが無理やり押しかけてきたのならばまだわかる。だが、俺たちは事前にジャニス姫のことを通知して、エルフ側の意向を伺っています。あなた方は俺たちを里に迎え入れている……。これは、俺の提案を、話し合いの余地があるということだと解釈しています。というより、誰だってそういう解釈をします。にもかかわらず命を狙われる……。俺には理解ができません。こんなことは言いたくはないが、他種族との交わりを断ったがために、エルフ独自の……自分たちの勝手な、都合のいい理屈を作り上げてそれを押し付けているだけにすぎないでしょう」
「もういい!」
突然大声がして、言葉が遮られる。ふと見ると、オルトーが歪み切った表情を浮かべながら、腰の剣に手を添えている。
「それ以上喋るな! ムカムカする!」
オルトーは顔を真っ赤にしながら、俺たちの前に進み出る。
「ならば、正々堂々と貴様の命を奪おうではないか!」
……そっち? イヤイヤ、話の流れからしてそんな展開にはならないだろう。そんなことを考えていると、彼の周囲に続々とエルフたちが集まってくる。二十名近くはいるだろうか。
突然、オルトーを始めとした全員が一斉に別の方向に視線を向けた。俺もその視線を追ってみると、エルフ王が彼らに何かを伝えていた。どうやら、そんな馬鹿なことはやめろと言っているように見える。だが、オルトーはゆっくりと首を振り、再び俺に視線を向けた。その目には明らかな殺気が漲っていた。
「仕方がない。やりますか」
そう言って俺は立ち上がる。そしてエルフ王に視線を向ける。
「すみませんが、彼らを懲らしめてもよろしいでしょうか?」
コイツは一体、何を言っているのだという表情を浮かべているエルフ王。その彼に、シディーが声をかける。
「すでに彼らは王に叛いております。この里において王の命令は絶対と聞きました。その命令に従わないのであれば、成敗されて当然です」
彼女はスッと俺の傍に寄って来て服の裾をキュッと掴む。
「おそらく、リノス様に魔法は効きません。安心して戦ってください」
俺は、オルトーたちを睨みながらゆっくりと頷いた。