第四百二十二話 謎解き③
「では、あなたは、毒を入れたのは自分ではない。そう言われるのですね?」
「当然です」
オルトーが真剣な眼差しでシディーを睨んでいる。一方の彼女は冷たい目で彼を眺めている。まるで炎と氷がぶつかり合うような雰囲気が、俺たちを圧倒する。ミークを始めとするエルフたちも、事の成り行きを、固唾を飲んで見守っているようだ。
ふとエルフ王と目が合った。彼はゆっくりと頷いている。どうやら、存分にやれと言っているように見える。
「その割には、この皿に毒が入っていることがわかったのにもかかわらず、狼狽える様子はまったく見えませんでしたが?」
「クッ……」
「どうやら、エルフの皆様は、本当に私と夫、そして、ミーク姫の命を奪おうとなさっているのですね。しかも、私たちを守ってくれているはずのあなたまでもが……。悲しゅうございます」
「私は、王の命令により、あなた方をお守り申し上げております。確かに、本日の料理の中に不適切なものが入っていたことにつきましては、私の責任です。心からお詫びを申し上げます。この上は、毒を盛った者を全力で突きとめます。ご納得いただけない点もあろうかとは思いますが、まずは部屋にお下がりください」
彼は右手を水平に上げて、俺たちに退出を促す。だが、シディーは全く怯むことなく、さらに言葉を続ける。
「その前に、確認したいことがあります」
「…………」
「レイラさんを殺した犯人は、まだ、捕まりませんか?」
「……はい。未だ」
「手がかりさえも見つかりませんか?」
「……はい」
「検死をされたのは、どなたですか?」
「ケンシ?」
「レイラさんが殺された現場を確認し、彼女の死因を調べた方です。まさか、どなたも確認せずに、荼毘に付したのではありませんよね?」
「……私が確認しました」
「あなたですか?」
シディーの声色が変わった。何か、怒っている。……怖い。
「他に、確認した方は?」
「おりません」
「何と言う下劣な! あなたは不幸にも死した一人の女性を裸にしたのですか!? エルフは女性を敬うと聞いておりましたが、何と言うことをなさるのです!」
「…………!」
エルフたちの気配が変わった。明らかに俺たちに敵意を、殺意を向けている。この女、何てことを言いやがるんだ! という意識を向けているのが、俺にもよくわかった。目の前のオルトーの目がキュッと小さくなった。
「言っていいことと悪いことがありますぞ! 私がレイラを裸にするなどと! そんなことはあろうはずがない! 一体何を証拠にそのようなことを! これは私に対する侮辱だ!」
彼はスッとエルフ王に向き直り、一礼する。だが、王は一切表情を変えず、オルトーを眺め続けている。彼はゆっくりと顔を上げたが、王を凝視したまま固まってしまった。
「……オルトー様」
シディーが優しい声で話しかける。彼はゆっくり顔を向けたが、話しかけてくるなという表情を浮かべ、すぐに王に顔を向けようとする。
「あなたは、本当に、レイラさんを裸にしていないのですね? 信じてよろしいのですね?」
「お言葉の意味がわかりかねます。あなた方は時おり、私の理解の範疇を越えた質問をなされる。どうして私が、命を奪われたレイラを裸にしなければならないのです? しかも、彼女は血で汚されているのです。その彼女に手を触れることなど……あり得ないことです」
まるで、子供に諭すかのように、噛んで含めるような言い方で彼は説明する。その雰囲気からは、もうこれ以上話しかけてくれるなと言った感情がありありと見てとれた。
「……わかりました。では、最後に確認させてください。レイラさんが死に至った原因は、一体何だったのでしょうか?」
オルトーは、もう勘弁してくれと言わんばかりに、首を左右に振る。そして、さも、面倒くさそうに口を開く。
「レイラは、わき腹を一突きにされて死んでおりました」
「右ですか? 左ですか?」
「左です。もういいでしょう? 恐れ入りますが……」
「聞きましたね?」
オルトーの言葉を遮って、シディーは俺に向き直る。彼女はエルフ王、ミークと順番に視線を向け、再び俺に視線を向けた。
「リノス様、今、オルトーさんは、レイラさんの死因は何だと言われましたか?」
「えっ……? 確か、左わき腹を一突きにされて殺された……?」
「そう聞こえましたね? 私も、そう聞こえました」
シディーはクスリと笑うと、その表情のまま、オルトーに視線を向けた。
「語るに落ちましたね」
「な……」
「オルトー様、あなたは今、ご自身で自分が犯人だと言われました」
「え……」
目を見開いて驚くオルトー。その彼をシディーは冷たい表情で眺めている。
「あなたは、レイラさんがわき腹を一突きにされて殺されたと言われました。そうですよね?」
「…………」
「なぜ、一突きだとわかったのです?」
「それは……見ればわかります」
「服を着ていたのに?」
「レ……レイラは……血が付いていたのは一か所だけでしたから」
「血か付いていた……。命を奪われるほどに出血したのです。相当量の出血量だったでしょう。服も血に染まっていたでしょう。その中で、どうして一突きだと言えるのです?」
「う……」
「複数の傷があると疑わないのはおかしな話ではありませんか? 大切な同胞の命が奪われたのです。せめて、あなたではなく、女性の誰かに傷をあらためさせることもしないというのは、明らかに不自然です。そうしたこともせず、彼女の死因が一突きにされたものであると断定できるのは、彼女を殺したのがあなただったから」
「ち……ちがう。私では」
オルトーは王に向き直り、何かを訴えている。おそらく、犯人は自分ではないと弁明しているのだろう。だが、その慌てぶりからは、彼が犯人であるという確信を持つのに十分なものだった。
「……オルトーは父上に、あくまで自分は殺していないと言っておるぞよ」
ミークが小さな声で呟く。それはそうだろう。私が犯人です、などと言えるわけはない。
「見苦しいですよ」
シディーの冷たい一言が響き渡る。
「あなたは、私たちを陥れるために、大切な同胞を殺した。私たちの味方のように振舞いながら近づき、油断させて、命を奪おうとした。エルフとはそのように卑怯なことをする種族なのですか?」
「黙れ!」
オルトーの表情が歪み切っている。体中から殺気を放っている。これはいけない。
「言わせておけば!」
その瞬間、オルトーの腕から光が放たれたかと思うと、灼熱の火の玉が放たれた。
「シディー!」
俺は彼女の腕を取って引き寄せる。炎が正確に俺たちの許に向かってきた。
「ちいっ!」
思わずシディーを抱き締め、灼熱弾に背中を向ける。
ドシュっ!
鈍い音が響き渡る。
「…………」
俺は恐る恐る目を開ける。そこには、先ほどと同じ景色があった。
「うん、大丈夫。さすが、リノス様」
気が付くとシディーが俺の背中をペタペタと触っている。どうやら、先程の攻撃は俺の結界で防御できているようだ。
「うっ!」
いきなりシディーにギュッと抱きしめられた。彼女は満面の笑みを湛えていたかと思うと、スッと真剣な表情になり、再びオルトーに向き直る。
「これで、全ての疑問が解けました。やはり、レイラさんを殺したのは、オルトーさん、あなたで間違いありません」
「…………」
憎しみを込めた表情で彼は俺たちを睨んでいる。いつの間にか、部屋に控えていたエルフたちも彼の近くに集まってきている。
「オルトーさん、あなたが犯人であることは、かなり早い段階から予想していましたが、どうしても凶器については確信を持てませんでした。ですが、今の攻撃を見て、確信が持てました」
シディーは集まったエルフを見廻しながら、グイッと胸を張った。
「では、レイラさんがどのように殺されたのか、お話ししましょうか」
オルトーの息が荒くなっている……。