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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十四章 エルフ族編
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第四百十六話  撃ち抜く

「すみません」


再び女性の声が聞こえた。カクインはまたかと思いながら、ゆっくりと振り返る。するとそこには、先程のドワーフの女性が顔を出していた。


「誠に恐れ入りますが、お水をいただけますでしょうか」


彼はコクリと頷いた。


◆ ◆ ◆


「喉が渇いていたのです。ありがとうございます!」


ポットのようなものを運んできたエルフに、シディーは手をパチパチと鳴らしながら、嬉しそうに話しかけている。水くらい魔法で出してやるのに……。そこまで考えて俺は、思わず失笑を漏らす。そうだ、魔法が使えないのだ。


シディーは運ばれてきたポットに興味津々だ。注ぎ口の見当たらない円筒型のもので、どうやってあれで水を注ぐのか、俺の位置からはわからない。それに、コップの類もないようだ。どうやって水を飲むのか。まさか、直接飲むのだろうか?


だが、エルフの男は、掌を天井に向けると、そこに何と、グラスのようなものを出現させた。それをテーブルの上に置いて再び掌を天井に向ける。グラスが現れる。彼は二個のグラスを出した後、スッと俺に視線を向けてきた。どうやら、お前も水を飲むのか、と聞いているようだ。俺はコクリと小さく頷く。


……彼は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。何で俺をそんなに嫌う? 俺が何をした?


俺は何とも言えない感情を押し殺しながら、エルフとシディーの様子を眺める。どうやらポットには天井に注ぎ口があるようで、彼はそれを手に持つとゆっくりと傾けていく。すると、グラスに水が注がれた。


「ありがとうございます」


いつも以上ににこやかに挨拶をするシディー。あんな笑顔を作ることができるのだ。こうして見ると、笑顔のシディーは、かわいいな……。


そんなことを思っていると、エルフは無言のままスタスタと部屋を後にしていった。それを見届けたシディーは、グラスを手に取って、水を飲んだ。


「……うん、美味しい。でもこれ、もしかして、氷?」


彼女は手に持っているグラスをじっと見て観察している。あらゆる角度からグラスを眺めていたかと思うと、突然それを口元に持って行った。どうやらグラスに唇を押し当てているみたいだ。


ちょっと興味が引かれた俺は、スッスッスと位置をずらせる。するとシディーは目を閉じたまま、グラスに唇を押し当てていた。何か、アイドルのグラビアの1ページに出てきそうな絵面だ。


そのとき、シディーの両目がスッと開かれたかと思うと、彼女はそのまま俺に視線を向けた。


「リノス様、この氷、どう思われますか?」


彼女の差し出したグラスを手に持ってみる。


「冷たい」


「そのままじゃないですか」


……そんなガッカリした顔をするなよ。心が痛むわ。


「リノス様はこの氷のグラス、作ることはできますか?」


再び俺はグラスに視線を向ける。濁りのない、とても純度の高い氷だ。単に水を凍らせたものではない。それに、手に持っていても氷が解けてはこない。


「作ることはできるだろうが……かなり手間暇がかかるな」


俺の水魔法を駆使しても、これだけの純度の高い氷を作るのは時間がかかる。一瞬で作るのは不可能だ。


「やはりそうですか……」


シディーは再び推理するポーズを取りながら、何かを考えている。彼女はその姿勢のまま、ゆっくりと部屋の中を歩き回っている。


「シディー……」


「純度の高い氷は、硬くて溶けにくい……。リノス様」


「何だい?」


「この氷のグラスを溶かすには、どのくらいの時間がかかりますか?」


「ふうん?」


俺は彼女の質問の意図がわからず、少し戸惑うが、手元のグラスに視線を落としながら、少し考えてみる。


「本気でやれば、一瞬で溶かすことができる。いや、溶かすどころか、蒸発してしまうな」


「なるほど」


彼女はコクコクと頷きながら、再び推理するポーズを取りながら部屋の中をゆっくりと歩く。


コツ……コツ……コツ……コツ……。


まるで秒針が時を刻むかのように、正確なリズムで彼女は歩いていく。そして、やがてその動きが止まった。


「おそらく、間違いない。それが一番スマート。あとは……」


誰に言うともなく彼女はブツブツと呟いている。どうやら何かを閃いたようだが、俺には何のことだかさっぱりわからない。そんな俺の戸惑いをよそに、彼女は天井を睨みながら、再び何かを考えている。


そのとき、ミークの手が、テーブルのポットに伸びているのが見えた。


「待て」


俺の言葉に、ミークはビクッと体を震わせて、その場で固まる。


「こんなことは思いたくはないが、毒が入っている可能性がある。この城を出るまで、飲み物と食べ物は口にしない方がいい」


「大丈夫です」


突然、シディーの声が聞こえる。彼女は天を仰いだ姿勢からゆっくりと俺たちに視線を向けた。


「この水は問題ありません」


「よいと言っておるではないか」


「いや、シディー。お前は鹿神様の加護による毒の耐性があるだろう。そこいらの毒では全く問題ないはずだ。だが、ミークにはそれがない。だから細心の注意を払ってだな……」


「この水に関しては、大丈夫です。私の直感ですが、おそらく、飲んでも問題ないはずです」


「そ……そうか」


シディーはミークに目配せをする。それを受けて彼女はグラスに水を注ぎ、コクコクと喉を鳴らしてそれを飲んだ。


「ふう。美味しい水じゃ」


「この水はどうやって作っているのでしょう?」


「雪を溶かして作っておるのじゃ。この山の雪を溶かした水は、やはり美味しいのう」


そう言ってミークは満足そうな表情を浮かべ、再びグラスに水を注いだ。


「リノス様……」


ミークの様子を見ながらシディーが話しかけてくる。表情が少し強張っていて、何だか迫力がある。


「私たちの命を奪うとすれば、おそらく毒殺でしょう。ご指摘の通り、私には鹿神様の加護がありますが、リノス様とミーク姫……とりわけミークさんについては、毒の耐性がありません。十分に注意する必要があります」


「ああ……。そうだな。何も毒物だけとは限らない。毒霧や毒の針で命を奪うことも考えられるな」


「毒霧は、よほど注意して扱わないと、周囲の者を巻き込む可能性があります。毒の針は……仕込むのが大変そうですね。それは……ない気がします」


「そうか」


「口に入るものについて、細心の注意を払いましょう」


彼女は厳しい表情のまま、再び俺に視線を向ける。


「そんな不安そうな顔をしないでください、リノス様。犯人の目星はもうついています。あとは、どうやって犯人をおびき出すか。私たちが無事にこの城を出るか、それだけです」


「え? 今、何て言った?」


「で、す、か、ら。犯人の目星はもうついています。ただ、私たちが犯人を暴くよりも、犯人自身が私が犯人ですと言った方が、エルフたちも納得するでしょう。それをどうやってもっていくかが問題ですが、それはどうにかなります。ただ、ミーク姫が狙われていることには変わりませんので、それをどうやって守るのかが問題です。ですからリノス様、ミーク姫には十分注意してください。可能性は低いでしょうが、何か食べ物や飲み物を勧められたときは、必ず止めてください」


「あ……ああ」


シディーの説明に理解が追い付かず、戸惑いと不安でカチコチになっている俺に、彼女はフッと表情を和らげる。


「そんな顔をしないでください。この城から無事に出るためには、リノス様のお力が絶対に必要です。こうして私が思索に集中できるのも、リノス様のお力があったればこそです。大丈夫です」


「そ……そうか。そう言ってくれると、嬉しい……」


俺の言葉に、彼女はにっこりと微笑む。


「そうやって笑うシディーは本当にかわいいな。その笑顔があれば、俺は落ち着いていられる」


「え? そうなのですか? そのくらいでしたら、いくらでも」


彼女は俺に向き直ると、一瞬だけ真面目な表情になり、すぐに、満面の笑みを作った。


「エヘッ、リノス様っ」


「ぐはっ」


「り……リノス様!?」


俺は思わず胸を押さえて蹲ってしまった。シディーの笑顔があまりにも萌え過ぎていて、胸を撃ち抜かれてしまった。


アタフタと俺の背中をさするシディー。そんな彼女に申し訳ないと思いながら俺は、彼女の笑みを脳裏に焼き付けるのだった……。

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