第四百十二話 欠席裁判
呆気にとられる俺たちを尻目に、エルフ王は立ち上がってツカツカと扉に向かう。その後ろをミークが付いていく。話が急展開すぎて思考が追い付かないが、取りあえず俺も二人の後に付いて行こうとする。
「無用じゃ。そなたちはここで」
ミークが見たこともないような真剣な表情で、俺たちを止める。そして二人は足早に部屋を後にしていった。
「……」
俺はポカンとした表情を浮かべながら、二人が出ていった扉を眺める。やっぱり扉は閉めないんだなと思っているところに、シディーが俺の手を握ってくる。彼女は俺の目をじっと見ながら、ゆっくりと頷く。
「……?」
「また卑猥なことを考えているっ!」
突然怒られてしまった。卑猥とはご挨拶だ。潤んだ瞳で俺を見つめているので、ひょっとしてキスでもして欲しいのかと思っていたくらいなのだ。シディーはプリプリと怒りながら、両手を腰に当てた状態で、ずいっと俺に体を傾けてきた。
「そうじゃなくて、私たちも追いかけましょう!」
「そ……そうだな。ミークを一人にするとヤバイだろうからな」
「そうではなくて、私たちも行った方がいいと思います。何だかここにいると悪者扱いされそうな気がします」
シディーの言葉の意味がいまいち飲みこめなかったが、俺は立ち上がって扉に向かい、部屋を後にした。
長い廊下を進んでいくと、何やらざわついている雰囲気が感じ取れる。別に何か話声が聞こえるわけではないのだが、歩みを進めていくと、その声にならないざわめきを明確に感じ取ることができた。
しばらく歩くと、目の前に扉が見えてきた。俺は少しためらいながらもドアの取っ手を掴み、ゆっくりと押し開いた。
……目の前には大勢のエルフが集まっていた。そして、全員が俺に視線を向けていた。俺は扉を開けた姿勢のまま固まる。目の前には椅子が見える。そこに座っているのはおそらく、というか間違いなくエルフ王だ。どうやらあの廊下は、玉座のある部屋に通じていたらしい。
椅子のすぐ後ろにはミークが控えていて、俺たちに気が付くと、顔をしかめた。
ふと視線を左側に移すと、椅子から首だけを出したエルフが俺たちを見ていた。目が合うとギョっとした表情になり、すぐに椅子から飛び上がるようにして離れていった。
「部屋に戻られよ」
エルフ王が前を向いた状態のまま口を開いている。俺はどうしてよいのかがわからずに固まっていると、王の前に控えていた年老いたエルフが憤怒の表情を浮かべながら俺を指さした。
「……」
「……」
「……」
集まったエルフの動きを見ていると、言葉は発しないが、王に何かを言っているのがわかる。
「これって……。もしかして、俺たちをこの城に入れたから、殺人事件が起こったんだ……みたいなことを言っているのかな?」
「そのようですね」
シディーが俺の脇の下からひょっこり顔を出しながら呟く。彼女もまた、目を上下左右に激しく動かしながらエルフたちの動きを観察している。ふと視線を移すと、ミークがこめかみをグリグリしながら頭を振っている。
「ミーク、大丈夫か?」
俺の声に彼女はヒラヒラと手を振っている。大丈夫だと言いたいのだろうが、どう見ても大丈夫そうには見えない。
「……一体、何がどうなっているんだか」
「どうやら、レイラさんが殺されたのは、私たちがここに来たのが原因だと言っているようです。いや、むしろ、私たちがレイラさんを殺したと思っているようですね」
「いや、あり得ないだろう。俺たちはミークやエルフ王らと常に誰かと一緒に行動してきたんだ。エルフを殺すタイミングなんかなかっただろう。俺たちは完璧なアリバイがある」
「アリバイ?」
「……ちゃんと、俺たちがエルフを殺していないと証言してくれる人がいるだろう」
「そうですね。どうも、エルフ王が私たちは犯人ではないと言ってくれているようですね。その言葉が逆に、エルフの怒りに火に油を注いでいるように見えます」
シディーは相変わらず顔を上下左右に動かしてエルフを観察している。王の前には数百人のエルフが集まっていて、狭い部屋に立錐の余地もない程だ。相変わらず言葉は発しないが、時おり手が上がったり、俺たちを指さしたりしているところをみると、かなり彼らが怒っているのはわかるし、その雰囲気は言葉で表せない程にイヤな感じだ。一刻も早くこの場所から離れたいが、どうもそうはいかないらしい。
「どうやら、私たちを殺せと言っているようですね」
エルフの様子を眺めていると、シディーが物騒な言葉を呟いている。何で俺たちが殺されなきゃならないのだろうか。
「エルフが殺されたのは、私たちがここに来たからだ。ここにエルフ以外の種族が入ってきたから、大事な同胞が殺されてしまった……。エルフ以外の種族が入ると必ず不幸が起こるから、はやくその男と女の子を追放しろ……というより、ここで殺してしまえと言っているようです」
「いやいや、無茶苦茶ですがな、それ。欠席裁判かい。まずは犯人捜しが先じゃないのか?」
「そうですね、完全に責任転嫁をしていますね」
「静まれ、皆の者!」
突然、男との大声が響き渡る。見るとエルフ王が椅子から立ち上がっている。
「まずは、レイラを殺した犯人を捜すことが先決である。皆の者に命ずる。レイラを殺せし者を探せ」
「……どうやら、私たちに聴かせるために、敢えてエルフ王は声を出されたようです」
小さな声で呟いているシディーの声が響き渡るほどに、部屋の中は静寂に包まれている。どうやら、王のその威厳に圧倒されているようだ。
「シディーが来てくれて、本当によかったよ」
「シッ! 黙って!」
思いっきり拒否られてしまった。ヘコむ……。マジでヘコむ……。意外と俺のこと、嫌い?
そんな俺に目もくれず、シディーはエルフたちを観察している。すると、先程、王の隣に座っていたエルフが、何やら掌を天井に向けて左右に振っている。
それが合図であったのか、数人のエルフが王の前に進み出たかと思うとそこを素通りして、俺たちの許にやって来た。そのうちの一人がいきなりシディーの腕を掴んで引きずり出そうとする。
「いっ、痛っ!」
「何をする!」
思わず俺はエルフの手を払いのける。彼は驚いたような表情を見せたかと思うと、俺の手が触れた部分に視線を向け、汚いものに触れたかのように手を何度も拭った。中学校時代のイヤな女子を思い出させる。何だか、イラっとする。
俺は冷静になろうと努めながら、彼女を背中に隠す。シディーを掴んだエルフは自分の手を掴みながら後ろに下がっていく。それと入れ替わるように別のエルフが前に立つ。そいつは手に短剣を握っている。どうやら俺を殺す気のようだ。
「……!」
無言のまま短剣が突き立てられる。だが俺はその腕を掴んで防御する。ヤツは必死に腕を引こうとするが俺の握力が強いためか、ビクとも動かない。その隙に左手で短剣を奪い取り、そいつに向ける。そのエルフは驚いた表情を浮かべながら後ろに下がり、また入れ替わるように別のエルフが進み出てきた。
そいつは問答無用で攻撃を仕掛けてくる。だが俺は完璧にそれを躱す。いい腕をしているが、まだまだ動きにムラがある。剣術LV5を持っている俺には、触れることすらできないだろう。
「すごい……リノス様」
背中越しにシディーの声が聞こえる。あれ? 俺の腕って見せたことなかったっけ?
一瞬、俺の意識がエルフから離れた隙を狙われた。気が付けば、すでにエルフの短剣が俺の胸に伸びていた。早い。さっきの動きはフェイクだったのか。こうなっては躱すことはできない。コイツを倒すしかない。
「やめよ!」
不意に男の大声が聞こえる。そのお陰で俺とエルフの動きが止まった。エルフの短剣は正確に俺の心臓を狙っていた。一方で俺の剣は、エルフの首筋に当てられていた。声がなければこのエルフは確実に喉笛を掻き切られていた。
さすがにその状況がわかったのだろう。エルフの顔が歪み切っている。そいつは歪んだ顔のままゆっくりと俺から離れていった……。




