第四十一話 ゴンの憂鬱
雪がようやく溶け、春になった。
今、俺の周囲は歓声に包まれている。と、いっても魔物の歓声だが。
前年の秋に配下?にしたハーピーが卵を産み、そこから雛が孵化したのだ。ジェネラルハーピー以下、84羽のハーピー全員が俺の屋敷の馬小屋に集まり、えらいことになっている。
ハーピーの卵の孵化は長い。およそ一か月かかるのだ。ちょうど年が明けてしばらくした後、ジェネラルハーピー、(現在はジェネハと呼んでいる)から家族を増やしたいと相談され、俺が了承した。今回生まれるのは四匹とのことで、卵を産み、孵化まで温め続けるまでの期間、四匹のハーピーが屋敷の馬小屋、ジェネハの住居で暮らしていたのだ。
大体ハーピーは群れで孵化までの期間、助け合いながら暮らすのだそうで。食事はもちろん、孵化までの期間は全体でフォローしあう。こうしたことが、ハーピーの仲間意識を強くしている所以なのだという。
四匹の雛はどれも元気そうで、雛たちが飛べる日までここで暮らすのだそうだ。
ハーピーたちももちろん働いている。毎日森から魔物を狩ってくる。主にオークなど肉がおいしい魔物が中心だが、果物もいろいろと狩ってくる。おかげで俺の屋敷は食料が豊富で余っている。余った肉は、ビーフシチューがおいしいホテルに買い取ってもらっている。
たまに、ハーピーに飯を作ってやる。ぜんざいや焼き飯、から揚げ、天ぷらといったものだが、どれも好評だ。俺が飯を用意してやると、大喜びで巣に持って帰る。
「よーし、仲間が増えたお祝いに、俺がおはぎでも作ろう!」
「ピィィィーー!!」
丸一日かけてバカでかい百個のおはぎを作った。当然、絶品の味に皆が大喜びしたのは言うまでもない。
皆が大喜びでおはぎを堪能していた時、キッチンの裏の井戸の傍に、祠ができているのを見つけた。ハテ?こんなものはなかったが・・・?と不思議に思い鑑定してみたところ、
「狐神を祭る祠。狐神に通じる力を持つ。ご利益あり」
と出た。ご利益があるとのことで、邪なものではないらしい。狐神とあるので、てっきりゴンが作ったのだろうと解釈して、そこに余ったおはぎと二種類のお揚げさんをお供えしておいた。
夜になり、ゴンにそのことを伝えると、見る見るうちに人化がとけ、ガタガタと震えだした。
「ついに来たでありますかー。やっぱり見逃してはくれなかったでありますかー」
泣き出すゴン。これは尋常ではない。一体どうしたと訳を聞いてみると
「我々、狐神様の専属たる白狐は、三年に一度、狐神、おひいさまの下にご機嫌伺いにいかねばならないのでありますー。そこで三年間の暮らしがどのようなものであったのかを調べられ、良ければ位が上がり、悪ければ最悪、眷属の身分を取り上げられるのでありますー」
おおう、そんなシステムがあったとは。
「吾輩は大魔王を転化させ、妖狐ピャオランに一矢報いたのは評価されると自負しているでありますが、与えられた任地を放棄し、その後、ご利益を与えるわけでもなく、日々自堕落な生活をしていたでありますから、きっとお咎めを受けるのでありますー。怖いでありますー。おひいさまに仕える女官どもが意地悪でありまして、そ奴らに何を言われるのかを考えただけで、生きる気力が萎えるでありますー」
ほほぅ、いわゆる「お局」ってやつか。しかしゴンはこの屋敷で、立派に農業を成功させている。「甘いトマト」も作ることに成功した。それよりなにより、俺と魔物の通訳をして、多くの魔物の調停役を務めてきた。今の俺の生活があるのは、ゴンのおかげでもあるのだ。
「そういってもらえると嬉しいのでありますが、おひいさまには嘘は通じないのでありますー。すべての行動を見ることができる神通力をお持ちなので、吾輩のこれまでを見られると、絶対にお怒りになるのでありますー」
おいゴン、俺の知らないところで、何やったんだ?いやいや、言ってみろ、怒らないから。もしかしたら、一緒に対策を考えてあげられるかもしれないじゃないか。な?怒らないから、言ってごらん?
「・・・実は~」
聞いてあきれた。このバカ狐、俺が利用しないのをいいことに、遊郭「ミラヤ」の無料カードを使って、こっそり遊女を買って遊んでいたらしい。本人は人化の練習でと言い訳していたが、同じ男同士である俺にそんな言い訳が通じるわけはない。俺より先に大人の階段を上りやがった。ぬぅぅぅ・・・いかにしてくれよう?
「イヤ、ミラヤの女たちは芸達者が揃っているでありますー。吾輩など、何度フラフラにさせられたのか分からないのでありますー。あの手でやさしく背中をなぞられると・・・。ここはひとつ、ミラヤに行って気分転換を図るのでありますー。一緒にいかがですか?グヘヘヘヘー」
このエロ狐が。一体何回行ってやがったんだ!ミラヤの女ども、恐るべし。人化した白狐までも満足させるとは・・・ミラヤのカードは、無言で没収しておいた。
こういう有様のゴンであるため、おそらく厳罰は免れない状況である。本来は人に対しご利益を与える立場の専属が、あろうことか人からご利益を与えられて喜んでいたのだ。職務怠慢も甚だしい。
しかし、ゴンが厳罰に処されると、今の能力がなくなるのだという。そうなると、俺が困ることになる。これまでゴンには、通訳だけでなく魔物の常識や特性などを教えてくれる、いい百科事典であったのだ。ただの狐になるのは、かなり痛い。
「そのおひいさまの所には、一人で行かなければならないのかい?もし、可能なら俺が一緒に行って申し開きをしてやってもいいが・・・」
「その昔、同行者を連れて伺候した者もいるので、おそらく大丈夫だと思われるのですが・・・」
「が、何だ?」
「おひいさま付きの女官が、初めて見参した者に対して意地悪をするのでありますー。吾輩もかなり厳しいことを言われたので、吾輩以外の人にもあの思いをさせるのは、心が痛むのでありますー」
「まあ、お局さまってそんなもんだろ?ゴンはどんなことを言われたんだ?」
「挨拶の言葉も知らんと言われたでありますー。これでも二百年間人間の間で生きてきて、こうした公の場での挨拶には自信があったのでありますー。それを鼻で笑って、行儀の悪い狐と罵られたのでありますー。あの悔しさは、今でも忘れないのでありますー」
「それは酷いな。ゴンはどんな挨拶をしたんだ?俺も参考にさせてもらうよ」
いいでありますよーとゴンは居住まいを正し、オホンと咳ばらいをして
「本日はお日柄もよく、何よりとお慶びを申し上げます。昔から、人には忘れてはならぬ三つの袋があると申します。それはすなわち、堪忍袋、財布の袋、そしておふくろ・・・」
・・・結婚式の挨拶じゃねぇか。そりゃ、お局たちに突っ込まれるよなぁ。




