第四百六話 城の秘密
目の前に大きな扉が見えてきた。明らかにそこから放たれている雰囲気が異なっている。
「こちらから、王族専用の区域になります。恐れ入りますが、武器の類……体を傷つける可能性のある物は、こちらで預からせていただきます」
オルトーはにこやかな表情を浮かべてはいるが、目の奥は笑っていない。どうやら、この奥に入るのには、ヘタな小細工はしない方がよさそうだ。
俺はほとんど丸腰に近く、正直言って何も持って来ていない。ポケットの中を探ってみるが、何もない。やはり、何かお土産を持ってきた方がよかったのではないかという思いが湧き上がってくる。俺は持ってきた方がいいと思ったのだが、ミークが頑なにいらないと言って聞かなかったのだ。エルフは食べ物に興味がないのだそうだ。俺は、おはぎやケーキを持って行けば気に入ってもらえると思っていたのだが、それは無駄らしい。確かに、ミーク自身もほとんど食べない。温かいスープを飲み、たまに野菜を食べるくらいだ。子供達が食べているオヤツはもちろん、朝昼晩の食事に関しても、全く関心を示さないのだ。
俺はそんなことを考えながらミークに視線を向ける。彼女は面倒くさそうな表情を崩そうともせず、宙に視線を泳がせている。
「ちょっと……待って、ください、ね」
シディーがアセアセとポケットからいろいろなもの出している。つまようじのような細い棒や、ナイフのようなものまで、一体この小さな体にどれだけのものが入っていたのかと思うほどに、色々なものが出てくる。まるでドラ〇もんのようだ。
さすがにオルトーも、ここまでとは予想していなかったようで、その表情が強張っている。
「ふう……お待たせしました」
シディーのその声で我に返る。オルトーは笑みを浮かべたまま少し俺たちに顔を近づけて、そのままじっと眺め続ける。
「結構です。ありがとうございます」
そう言って彼は踵を返し、扉をノックした。俺はまったく鑑定スキルが働かないが、彼は俺やシディーのことがわかるらしい。一体これはどういうことだろうか。シディーに聞いてみようと思ったが、そのとき、扉がミシミシとイヤな音を立てて開いていく。扉の中には誰もおらず、人ひとりが通れるような狭い通路があるだけだった。しかも、通路の周囲の壁が黒い。どうやら、山の岩盤をくり抜いて作っているようだ。
「では、ご案内します」
戸惑う俺をそのままに、オルトーはスタスタと扉の中に入っていく。俺も彼に続いていく。すると、開けるときにはあれほどの音を出していたあの扉が、音もなく閉まった。その瞬間、俺の体に何ともイヤな予感が駆け抜ける。
この感覚は覚えがある。あの、タナ王国と戦った際に、魔法が使えなくなったときに似ている。しかも今回は、そのときよりも強く感じる。
『シディー、シディー』
後ろを歩いているシディーに念話を飛ばしてみるが、彼女からは何も返ってこない。俺は前を歩くオルトーに鑑定スキルを発動してみるが、やはり何も見えない。火魔法を出そうとしてみたが、全く反応しない。どうやら本当にここでは魔法が使えないようだ。
……もしかして、人間だけ、か?
ふとそんな考えが頭の中に去来する。オルトーはおそらく鑑定スキル、それもかなりの高いレベルのものを持っていると見た。エルフは魔法が使えて、俺は使えない。先日のサンディーユの言葉が思い出される。エルフは俺に対しての対策を取るだろうというあのセリフが、現実味を帯びてきた。何か自分の身を守るものを持ってくればよかったと後悔したが、持ってきたところで、この部屋に入るときに全て没収されることを考えると、それは無駄な動きであるような気がする。ただ俺には、剣術を始めとする肉体的なスキルも充実している。ちょっとやそっとでは倒されない自信はあるが、魔法が全く使えないのは少々都合が悪い。おそらく、エルフが魔法で攻撃してきたら、俺はそれらを完全には躱し切れないだろう。となれば、シディーやミークを守り切ることが難しくなる。最悪の場合を想定すると、俺はどのように動くべきか……。
「知識……」
後ろから、そんな声が聞こえた。この声はシディーだ。どうやら、俺の後ろを歩きながら彼女は喋っているらしい。
「知識は攻撃力にもなり、防御力にもなる。薬にもなれば毒にもなる。使い方次第で、どうにでもなります」
誰に言うともなく、彼女は呟いている。俺の不安を察してくれたのだろうか。ただ、彼女のその言葉を聞いていると、俺の心の中に湧き上がる不安がゆっくりと落ち着いていくのを感じる。きっと、シディーがいれば、大丈夫だろう。
そんなことを思っていると、不意に広い部屋に出た。
「ここは……記憶にあるぞよ。……思い出した! ここは遊び場じゃ。あっちへ行くと、外に出られるのじゃ!」
ミークが頓狂な声を上げる。彼女は数百年前の記憶を一気に取り戻すように、あちらには何があって、こちらには確か……とあちこちを見廻しながら目を輝かせている。
「ジャニス姫様、まずは、父君にご挨拶を」
オルトーが恭しく片膝をついて彼女に話しかけている。ミークはよいではないかと言いながら、キョロキョロと周囲を見廻しながら懐かしそうな表情を浮かべている。
「おいシディー、魔法は使えるか?」
「魔法?」
俺はオルトーがミークに集中している隙にシディーと小声で話をする。俺は手短に魔法が使えないことを話し、彼女自身も魔法は使えるかどうかの確認を行う。もしかすると純粋なドワーフで、しかも、鹿神様の加護を受けているシディーならば魔法が使えるのではと思ったが、その期待も空しく、彼女の魔法も発動しなかった。
「一体これはどうなっているんだろうな?」
「わかりませんけれども……。これはあくまで直感ですけれども……」
「何? 何だ? 教えてくれ」
「おそらくこれは結界ではないかと思います」
「け……結界!?」
「どうやら、エルフは魔法が使えるようですし……。私やリノス様だけが、しかも魔法だけが使えないようになっているというのは、結界の中でそうした効果が付与されているのではないでしょうか。それが一番効率的でもあります」
「た……確かに」
「ただ、リノス様の魔法を封じているとなると、相当どころか、神レベルの結界スキルを持っていますね。そう考えるとかなり厄介ですが……。ただ……」
「ただ、何だ?」
「イヤな予感は感じませんので、きっと大丈夫じゃないでしょうか?」
シディーがニコリと微笑む。確かに、俺もイヤな予感は感じていないため、彼女の一言はとても心強かった。
「さて、お待たせいたしました。王の許にご案内します」
そう言ってオルトーは再び踵を返して、歩き始めた。俺はシディーと顔を見合わせながら彼の後ろに付いていく。彼女は俺の服の裾をちょっと掴み、並ぶような形で歩いている。
「仲がよいな」
俺たちの背後でミークの声が聞こえる。これは完全に冷やかしている。
しばらく歩き、いくつかの扉を越えていくと、豪華な設えの扉が見えた。その前には、若い、見目麗しいエルフ二人が控えていて、俺たちに鋭い視線を投げかけている。そんな二人の様子を気にするわけでもなく、オルトーは扉の前に立つ。すると、二人のエルフが同じ動きで扉に手をかけ、ゆっくりと開けた。
……謁見の間というやつだろうか。金の豪華なシャンデリアが吊るされ、部屋の中がピカピカに磨き抜かれたように輝いていた。そこには着飾った多くのエルフが控えていて、その一番奥の、一段高くなったところに玉座が設えられていた。あそこがエルフ王の席らしい。
「どうぞ、お進みください」
オルトーが部屋に入り、俺たちに向き直って、入室を促す。俺はシディーと顔を見合わせながら、部屋に向かって足を踏み出した……。