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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十四章 エルフ族編
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第四百四話   再訪

石からはまるで、煙がたなびくように一筋の紫色の光が立ち上っている。俺は注意深くその球体を観察する。鑑定スキルを発動してみるが、何も出てこない。「普通の石」と表示されるのみだ。


これが普通の石でないことくらいは一目瞭然だ。ということは、俺の鑑定スキルを防御する仕掛けがこの石に施されていると見ていいだろう。鑑定が使えない状況は、俺の記憶の中では、神龍様を鑑定したとき以来だ。


「リノス様、離れてください!」


俺の背後でシディーの声がする。俺は飛び退くようにしてその場から離れる。すると、光が大きくなっていく。


「……」


気が付くと、一人の人間が立っていた。いや、見た目は人間だが、耳が長い。ソレイユのサイリュースとは違い、とがった耳が天を向いている。年の頃は24歳~25歳くらいだろうか。細身の若い女性という印象だ。深い緑色の何やら長い布を巻き付けているかのような服を身に着けている。そんな彼女は、目を閉じたまま、じっと佇んでいる。


「あっ……あの……」


俺が話しかけようとすると、彼女はスッと右手を挙げて俺を制するポーズを取った。そのままの状態で時間が過ぎてゆく。


一体何をしようとしているのか、全くわからない中、女性の目がゆっくりと開かれた。瞳が緑色で、吸い込まれそうなほどに美しい。そんなことを思っていると、彼女はゆっくり俺たちの方に近づいて来た。


「なっ!?」


女性は真っすぐミーク姫の前に行き、まるでキスをするかのような至近距離まで顔を近づけた。そして、そのまま舐めるようにミーク姫の顔を観察し始めた。ミーク自身も全く臆することなく、ただボーっと突っ立っている。


やがて、エルフの女性はミークから離れ、俺の前にやって来た。てっきり、先程のような至近距離での観察をされるのかと思ったが、彼女はジト目で俺を睨んだまま動かなくなった。再び沈黙の時間が訪れる。


「……この結界は、そなたか?」


不意に声が聞こえる。見ると、目の前の女性が俺を睨みながら右手でラトギスの杖を指さしている。


「え……ええ。盗まれてはいけないと思いましたので、一応……」


「見事。解除できなんだ」


「あ……ありがとうございます」


俺の言葉に、女性は全く表情を変えないまま、ゆっくりと頷いた。そして、杖を指している右手を、クルクルと廻し始めた。


「……リノス様、結界を解除せよと言っているようです」


後ろでシディーが小さな声で呟く。相変わらずの洞察力で、頼もしい限りだ。


「……大丈夫です。この方は悪事を働く方ではありません」


シディーのその言葉で、俺は結界を解除する。女性はゆっくりとラトギスの杖を手に取り、それをじっと眺めている。やがて、コクリと小さく頷くと、そのまま踵を返して、紫色に光る石の許に歩いて行く。彼女はチラリと俺たちに視線を向けると、その状態のまま、まるで霞のように姿を消した。


「……消えちまった」


「……後について来いと言っているみたいですよ」


「……よくわかるな、シディー」


「……何となくですが」


「いや、妾にも、そのように聞こえたぞ」


「え? どういうこと?」


ミークも、先程の女性の振る舞いが理解できたと言う。彼女曰く、言葉は聞こえないが、何となく女性の考えていること、伝えたいことがわかるのだそうだ。


「顔や表情を見ておれば、何となくわかるではないか」


ミークは事も無げにそんなことを言ってのける。俺は思わずシディーに向き直るが、彼女もミークの意見に賛成だと言わんばかりに頷いている。


「すげえな。一流役者みたいだな。言葉を使わずに心情を伝えるなんて……。やっぱり、長く生きていると、そんなことができるようになるのかな?」


「そんなに難しいでしょうか? リノス様が何を考えているかは私も把握できますよ?」


感心する俺にシディーがそんなことを言い出す。


「お腹がすいた、疲れた、早くお風呂に入りたい、早く寝たい……くらいのことはすぐにわかります。ちなみに今は、はやくお屋敷に帰りたいと思っていますね? できれば夕食までに帰りたい。そして、夜はメイちゃんとイチャイチャしたいと思っていますね?」


「な!? え? そ……そんなことは……ありません、よ。何を、何を言われるのでしょうか」


「フフフ。そなたは、単純なのじゃ」


慌てふためく俺にミーク姫は意地悪そうな視線を向けてきた。俺は単純なのだろうか。まさかシディーがそこまで俺の心を正確に読んでいるとは思わなかった。いや、断っておくが、俺は常にエロいことを考えているわけではない。たまたま、たまたま、早く帰れるといいなと思っただけだ。


俺は必死で心を落ち着かせながら、オホンと咳払いをして、シディーに向き直る。


「じゃあ、行くとしようか」


俺のその言葉に、二人は苦笑いを浮かべながらコクリと頷いた。



「……うお?」


思わず頓狂な声を上げてしまった。石の近くまで言ったことは覚えているのだが、一瞬記憶が途切れ、気が付けば暗い洞窟のような場所に俺は来ていた。洞窟……と言っても、そこは真っ暗闇ではなく、ほのかに明るい。これは苔が発光しているのだろうか。エメラルドグリーンの美しいほのかな光が、まるで俺を導くように洞窟の先に続いている。


「イテッ!」


突然体に衝撃が走り、俺は思わず声を漏らす。ふと見ると、俺の腕にシディーがしがみついていた。そしてその隣には、ミークが茫然とした表情で立ち尽くしていた。


「ここ……は?」


シディーが不思議そうな表情を浮かべながら周囲を見廻している。


「たぶん、こちらじゃ」


突然、ミーク姫がそんなことを言い出す。彼女はクルリと俺たちに背を向けて、全く先の見えない闇の中に向かって歩き出した。


「待てミーク! 危ないぞ! ……あれ?」


俺はライトの魔法を唱えて周囲を明るくしようとしたが、そのライトが出てこない。不思議に思っていると、闇の中からミークが現れ、呆れたような表情を浮かべながら口を開いた。


「雰囲気でわからぬのか? ここでは魔法は使えぬ」


「そ……そうなんだ」


「それに、出口はあちらじゃ。そんな感じがするじゃろうに」


「そ……そうですか」


俺はシディーと顔を見合わせる。そんな俺たちに気遣うこともなく、ミーク姫はスタスタと闇に向かって歩いていく。



「まったく……世話が焼けるのう」


ミークは面倒くさそうに呟いている。彼女は俺の手を引く形で歩いているのだ。その俺は、シディーの手を握りながら歩いている。だって、暗くてまったく見えないんだもん。


歩いてみるとこの洞窟は、石などがあってなかなか歩きにくい道だった。お蔭で俺は何度も石に足を取られては転び、その度にミークに助けを求めた。そんな俺に彼女は辟易しながら俺の手を取って歩き出したのだ。


ちなみに、俺が自身に張った結界は問題なく作動している。これがなければ今頃、足などは擦り傷でエライことになっていたはずだ。察するところ、この洞窟内で魔法を発動させることはできないが、洞窟に入る前に掛けた魔法については影響はないらしい。何だかよくわからない仕様だが、そうなっている以上、仕方がない。


「もうすぐ出口のようじゃ」


一歩ずつ足元を確認しながら進む俺たちに、ミークの声が聞こえた。先はまったく見えないが、出口まですぐそこにきているらしい。


不意にミークの動きが止まった。彼女は闇を見据えたまま動かないでいる。しばらくの沈黙の後、彼女は俺たちに振り返る。


「妾では無理と見える。そなたならば力はあろう。ここを開けるのじゃ」


彼女の指さすところに手を伸ばすと、何か硬いものに触れた。どうやらこれが出口の扉らしい。俺はゆっくりとその壁を押していく。


「……固いな」


「何をしておるんじゃ?」


「え? だから、扉を開けようと」


「押してどうするのじゃ、引くのじゃ」


「……早く言いなさいよ」


俺は何か取っ手になりそうなところを探していく。すると、小さくはあるが、窪みのようなところを見つけた。俺はそこに指をひっかけて、ゆっくりと引っ張る。


……俺たちの周辺が少しずつ明るくなり、やがて、まばゆい程の光に包まれた。

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