第三十九話 平穏な日々②
それからまた、数か月が過ぎた。
俺はいま、ゴンと共に朝飯を食べている。温かいご飯、卵焼き、豆腐に油揚げ、そして昨日の残りの肉じゃが、という純和風なメニューだ。
帝都でニガリを見つけてから、大豆を手に入れて早速豆腐作りをやってみた。やはり、爺ちゃんや親父の味はまだ出せないが、きちんと豆腐は出来上がった。豆腐が出来るとなると、豆乳、湯葉が自然にできる。そして、豆腐を油で揚げると、「おあげさん」が出来るようになる。
「おあげさん」はゴンのために作ってみた。やはり狐と言えば油揚げだろうと思った俺は、試しに作ってみたのだ。味付けのしていないおあげさんと、甘辛く味付けをしたおあげさん、二種類の油揚げを作って、食べさせてみた。
・・・ゴンは泣いていた。こんな美味いものは初めて食べたと言って泣いてくれた。そんな大層なものでもないのだけれど。
さすがに毎日豆腐を作るのはしんどいので、一週間に一回のペースで豆腐を作っている。醤油がなく、塩で食べているので、ここまでくると是非しょうゆも作ってみたい。
また、購入以来少しずつ続けていた、屋敷の改築がようやく完了した。大きく改築したのは二つだったのだが、意外に時間がかかってしまった。
まず、作ったのは風呂である。当初は二階部分に四部屋あったのだが、その二部屋をブチ抜いて風呂を作った。王国も帝国も風呂という文化がなく、これを職人に説明するのに、かなり時間を要した。加えて、二階からの排水についても苦労したが、しかし、苦労した甲斐あって、総ひのきの立派な風呂が出来上がった。
続いて作ったのは、トイレである。この世界でのトイレは基本的に汲み取り式である。別に対応できなくはないのだが、俺は自分の家のトイレにはこだわりたかった。そのため、わざわざ一階のトイレを壊し、その部分を増築し、ひろいスペースにした。そして、近くの川から水を引き、それを利用して水洗トイレを作った。帝国の冬は寒かったので、温度に応じて便座が温かくなるようにした。便座部分に結界を張り、外温に応じて温度を変えるよう設定したのだ。
処理された汚水であるが、これはゴンが欲しがったので、再利用を任せている。
この屋敷に移ってからのゴンはお留守番が増えた。おキツネ様なのだから、帝都の人々にご利益を与えに行けばよさそうなものだが、帝都には別のおキツネ様がいる。そこにゴンが入っていくと、ウチのシマに何を手を出してくれとるんじゃぁ!と、諍いの元になるので、それはダメとのこと。
そこで、ヒマつぶしのために、屋敷の畑をゴンは耕し始めた。
さすがに狐の姿では農作業は難しい。従って、人化して農作業をしているのだが、最初はやはり、顔はキツネ体は人間、しかも全裸というかなり不気味な出で立ちだったのだが、ここ最近は人化のスキルが上がり、「キツネによく似た人」に見えるようになった。それに気をよくしたゴンは最近、服を着て人間と同じような格好をするようになった。しかしまだ、帝都に人化した姿で遊びに行く度胸はないようだ。
その畑の肥料として、トイレで処理された水を現在は使用している。いわゆる肥溜めを作っているのだが、周囲からはわからないように作っており、間違ってそこにはまらないよう工夫も凝らされている。
ゴンの作る作物は、ジャガイモ、大根、白菜、トマトなど野菜が多いが、どれも美味しい。人間の近くで生きてきただけあって、知識も人間よりなのだ。甘いトマトの作り方を教えたら、必死で研究するようになった。もう、おキツネ様をやめて農家に転職した方がいいかもしれない。
それにしても、この一年は、激動の年であった。一年前の同じころ、俺はエリルと森で狩を楽しんでいた。エルザ様やファルコ師匠と日常の会話を楽しんでいた。そこからすべてを失い、ゴンやイリモといった新しい仲間を得てヒーデータ帝国の帝都に移り住み、仕事を得て、挙句の果てに自分の家も持てた。奴隷だった自分の人生を振り返ってみた時、今の俺の生活は大出来であると言える。
広くはないが趣のある家、広いトイレに風呂、仕事は順調、金銭的な不足は一切なく、まさしく順風満帆な生活だ。これがこのまま続けばいいのに・・・と俺は暮れ行く夕焼けを見ながら、のんびりとそう願うのだった。
しかし、俺は知らなかった。これから先に起こりうる厄介ごとを。これから先に待ち受けている面倒くさい未来を・・・。