第三十七話 お引越し
宰相閣下の提案を受けることにした。意外に悩みはなく決断できた。
閣下との夕食会から帰った次の日から、俺の部屋に軍人と貴族が訪ねてくるようになったのだ。しかもかなり高圧的な態度で。
「我が家の結界師になれ!面倒を見てやる!」
「我ら飛龍部隊に加えてやるのだ、ありがたく思え!」
断っても断っても、次から次へと勧誘がやってくる。ある軍人などは、ホテルのロビーで抜剣したのだ。さすがにそれはマズいので、瞬間的に剣を折り、戦意を喪失させたのだが。
そういうこともあって、俺は商会を立ち上げることにした。その名も、「ダーケ商会」。さすがに自分の名前を商会名にするのは恥ずかしかった。そこで、亡き摂政殿下がバーサーム家の養子に迎えられたときに名乗れと言われた、「ダーケ」の名前を拝借したのだ。
続いて、俺の住む家を探す。騎士団のセオーノが付いてきていたので、ついでに不動産屋を紹介させた。本人はすごくイヤそうな顔をしていたが。
その不動産屋から紹介された物件は三つあった。イリモがいるので、条件として馬小屋がある屋敷を条件にしたら、三つしかなかったのだ。一つは、宰相閣下の屋敷の近くにあり、バカでかい敷地を持つ屋敷だった。何でも大商人のご隠居が住んでいたそうだが、さすがにこれは一人で管理できないのでお断り。
続いて、帝国騎士団員が多く住む地区にある物件は、石造りでかなり頑丈そうな家だった。悪くはなかったのだが、高圧的な軍人の態度がトラウマになっていたので、これもお断りとした。
最後に案内されたのが、王都の端っこにある家である。近くの森に湧水もあり、畑もある。馬小屋もついており、二階建ての建物は、一階が応接間、玄関ホール、ダイニングとキッチン。二階に部屋が四つあるという、バーサーム家の屋敷を小型化したような造りをしていた。かなり昔に皇族が住んでいた屋敷らしく、敷地面積は広い。取り敢えず、地平線の彼方までこの家の敷地らしい。しかも、これが月100Gなのだ。日本円にして10000円。理由は簡単で、ここ数年この森から魔物が出るようになり、あまりにも物騒なので借り手がつかなかったのだ。当然俺には結界があるので、何の問題もない。一応、魔物除けの魔石を置いて守ってはいるが、不動産屋としては早く片づけたい物件だったのだ。
交渉の結果、1000Gで売ってもらえることになり、俺は14歳にしてめでたく一国一城の主となった。
宮城まで歩いて1時間もかかるが、イリモに乗っていけば20分弱で行ける。まあ、許容範囲だろう。
その後、家に運び込むベッドやシーツなどの日用品を揃え、そして食料を大量に買い込む。もちろん、米と小豆は大量に買い込んだ。もち米も売っていた。狂喜して買ったのは言うまでもない。大豆やインゲン豆のような豆類も豊富に売っていたので、購入する。調味料も豊富に売っており、俺の料理のレパートリーが増えそうだ。
病院や整体院などもあちこちにあり、この街は住人に優しそうだ。
全ての準備が整うまで約二週間。その後、速やかにホテルを引き払う。思った以上に料理がおいしいホテルだったので、ここには折に触れて通うことにする。そのお礼も込めてチェックアウトの時は、チップを弾んでおいた。
ホテルを引き払い、新居に移ろうと街を歩いていると、遊郭街が騒がしい。どうやら女と兵士がモメているようだ。
「どうして私たちが捕まるんだい!何もしてやしないじゃないか!!」
「黙れ淫売女ども!お前たちは世を乱し、風紀を乱す極悪人どもだ!帝国の治安回復のため、お前たちを捕らえるのだ!さっさと歩け!」
「ちょいと!アタシ達は皇帝陛下の許可を得てここを運営しているんだよ!アタシたちを捕まえようってんなら、皇帝陛下の許可はあるんだろうね!」
「見たところ兵隊たちもアタシたちの世話になってるんじゃないのかい!よくそんなことが言えるね!」
「だっ、黙れ黙れこの淫売どもめ!皇帝陛下の御意を得るまでもない。これはリコレット第一皇女様のご命令だ!ここの遊郭街は滅せねばならぬのだ!!」
遊女たちを連行しようとする兵隊と、それを止めようとする関係者、そして野次馬で辺りは騒然としている。そして、遊女たちの髪を掴み、引きずるように兵士たちは俺のところにやってきた。
「小僧、どけ!!」
「先ほど、遊郭街を滅すると仰ってましたが、こんな手荒なことをしなくてもいい方法がありますよ?」
「ああん?何だと??」
「このままこのお姉さんたちを全員捕らえるのでしょ?大変じゃないですか。そんなことしなくても、自然にこの遊郭街が無くなる方法がありますよ?」
「面白いことを言うガキだ。何だ、言ってみろ!」
「皆が通わなければいい」
「ああん!?何だと??」
「『傾城傾国に罪なし 通う客人に罪あり』という言葉が私の国にあります。要は、そのお姉さんやお店には罪はないのです。そこに通ってくる客が悪いのです。客が通わなければ、自然と遊郭街はなくなります。だから、通わなければいいんですよ。あなたたちも含めて」
「ッ!このガキィ!!」
兵士が剣を抜き、俺に斬りつける。そんなスローな剣術では俺に通用しない。一瞬のうちに兵士の剣をたたき折る。
「これ以上、無法を通すのであれば、今度は剣ではなくあなた方の首が飛びますよ?」
片手に炎を纏う。さすがに魔術師とコトを構えるのは不利と見たのか、兵士たちは引き上げていった。
ふとマップに赤い点が表示された。俺の斜め後ろにいる。チラリと視線を送ると、大きな馬車が止まっていた。
「アンタ!やるじゃないか!!アタシゃ胸がスッとしたよ!!よくやってくれた!」
「あいつらいつも難癖付けてくるから気に入らなかったのよ!金も払わないでさ!」
お店の関係者と思われる太った小母さんに肩をパンパン叩かれる。痛い!痛いよ!その一方で、谷間をあらわに豊満な胸を俺の腕に押し付けながらお姉さんからお礼を言われる。
「お前さん、気に入ったよ!アタシャこの先の「ミラヤ」って店をやってるアキマってもんだ。付いてきな!」
アキマと名乗った太った小母さんは、ズンズンと街の中に入っていく。俺はオッパイお姉さんに腕を掴まれながら、引きずられていく。イリモも俺につられて付いてきている。彼女はちょっと戸惑っているようだ。逆に、背中のゴンは嬉しそうで、ハアハア言っている。呑気な狐だ。
店に着くとアキマ小母さんは、中から一枚のカードを持ってきて俺に手渡した。
「それを見せるとウチはタダで遊べるからね!本当は一回だけなんだけど、アンタは今年いっぱいはタダで遊ばせてあげるよ!」
「まだ、なんでしょ?お姉さんが教えてあげるわね」
「いや、その子の相手は私がするよ!アタシたちのこと「お姉さん」って呼ぶのがかわいらしいわね。アタシがやさしく教えてあげるよ!」
「ウチには色んな女の子がいるからね!アンタの好みの女の子を世話してあげるから任せておくれ!」
イヤイヤ、まだまだ成人前ですので・・・。お姉さん?達のあまりの勢いに押されて、這う這うの体で俺はその場を後にした。
このカード、いつ使おう??




