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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第十三章 軍神対決編
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第三百六十三話 そして、いよいよ動き出す

夕闇迫る中、カコナ川の対岸には夥しい数の篝火が焚かれていた。ここ数日は毎日見られた光景であり、タナ軍の将兵は特に珍しさは感じなくなっていた。だが、この日のアガルタ軍には、いつもとは違う様子が見受けられた。


「……煙」


斥候からの報告を受けたヴィルは、誰に言うともなく呟く。その様子を幕僚たちは不思議そうな表情を浮かべながら眺めている。


「それは、どの程度じゃ」


「ハッ。いつもの倍以上の煙かと思われます。アガルタ軍の後方に、まるで雲霞の如くたなびいております」


「アガルタ軍は、煙幕を張ろうとしているのでしょうか……」


幕僚の一人が思わず呟いたその一言に、ヴィルは声を上げて笑う。


「ハッハッハ! なるほどな。バリアントはそう見たか。当たらずとも遠からず……というところだな。ウワッハッハッハ!」


よほど先程の言葉が気に入ったのか、彼は腹を抱えて大笑いしている。先日の戦い以降、どちらかと言えば厳しい表情しか見せることのなかった主君が突然見せた笑顔に、幕僚たちは戸惑いの表情を浮かべる。


「陛下、恐れながら。そのアガルタの陣から立ち上る煙に、何故執心なさいます?」


幕僚の一人であるタブーの一言に、ヴィルは顔を強張らせる。


「タブー、貴様でもわからぬのか?」


「は?」


「アガルタの陣から立ち上る煙は、おそらく、食事の用意をしているのじゃ」


「食事……でございますか?」


「しかも、雲霞のごとき煙が立ち上っておるとの報告じゃ。ということは、いつもより多めの食料を作っているのだろうな……。おそらく、数日分の食事を作っておるのじゃろうな」


「ということは……」


「ああ。今宵、アガルタ軍は動く。スワンプを攻撃するためではない。一旦戦場を撤退するつもりなのだ。あの煙はその食料を作るためのものじゃ。魔法が使える場所まで移動して帰ってくるまでの食料じゃ。……斥候を全員カコナ川に向かわせよ。アガルタ軍全軍の動きから目を離すでないぞ」


ヴィルの言葉に、幕僚たちは目を白黒させながら黙って頭を下げた。


そして、陽が落ち、辺りに夕闇に包まれた頃、斥候の一人がヴィルの許に足早に駆け寄ってきた。


「申し上げます! アガルタ軍が動き始めました! どうやら、後方に移動しているようです!」


「ついに動いたか。それで? 賊軍とラマロン軍、サンダンジ軍の動きはどうじゃ?」


「今のところ動きらしい動きは見られません。ただ、賊軍の動きが俄かに騒がしいように見受けられます」


「フフフ……。アガルタの抜けた穴を埋めようとしているのか? それにしては、お粗末じゃな」


ヴィルは口元にニヤリとした笑みを浮かべながら、大声で傍の兵士に命じる。


「ホンシュとルミネを呼べ!」


程なくして彼の前に二人が現れ、平伏する。彼はその様子を満足そうに眺めながら、ゆっくりとした口調で話しかける。


「そなたたちに、先日の戦で受けた恥辱を雪ぐ機会を与えようと思うが、どうじゃ?」


「ありがたき幸せにございます!」


「そのお役目、是非、このルミネに!」


「よいよい。そなたたちであれば、そう言うと思っておった。つい先ほど、アガルタ軍が撤退を開始した」


「ということは、陛下……」


「ああ。追撃戦を行う」


ヴィルの言葉に、ホンシュとルミネは無言で頭を下げる。二人の体から活気が満ち溢れてきているのが、誰の目にも明らかだった。


「深夜の追撃戦となろう。味方同士が斬り合う同士討ちだけは何としても避けよ。そして、この追撃戦の指揮は、余が執る」


「お待ちください陛下!」


傍に控えていたタブーが片膝をついて控える。だが、そんな彼をヴィルは一瞥しただけで、すぐに幕僚たちに視線を移した。


「アガルタ軍の軍勢はおそらく、五千にも満たぬであろう。では、余はそれ以上の……二万の軍勢を以ってヤツらを追撃する。歩兵はいらぬ。全て、騎馬隊とする。すぐに出陣する。賊軍が手間取っている間に、我らはアガルタの穴をつくのだ! 撤退したアガルタ軍が魔法を使える地点まで移動させてはならぬ。急げ!」


タナ軍の準備が完了したのは、それからわずか数十分のことだった。



◆◆◆◆◆



それから遡ること数時間前、リノスは最後の軍議を行っていた。


「そ……それではあまりにも危険すぎる」


驚いたような表情で口を開いているのは、ラマロン軍のカリエス将軍だった。


「いや、タナ軍を殲滅するのは、この機をおいて他にはありません。ですから……」


「いや、アガルタ王、私もカリエス殿の意見に賛成だ」


そう言って、真剣な眼差しをリノスに向けているのはニケだった。


「何も、アガルタだけが危険を冒し、ある程度の犠牲もやむなしという作戦を行う必要はない。先日決めた作戦通りに、コトを行うべきだ」


「う~ん。それをずっと考えていたのですがね。たぶん俺なら、一気に攻めようとはしないと思うのですよ」


「え?」


リノスの周囲にいた、ニケ、カリエス、アーモンド、ヴィエイユ、シン、クノゲン、ルファナ王女の顔が、一様にキョトンとなる。


「アガルタ軍が撤退していく。それを追う形でラマロン軍とヴィエイユの軍が撤退する。ニケさんたちサンダンジ軍は後詰としてその場に残る。そして、タナ軍が俺たちを突いてきたら、ニケさんたちがタナ軍の横っ腹を突く。サンダンジを攻めれば、俺たちが背後を突く……。よく考えられた見事な作戦だと思います。ただ、敵が動かなかった場合はどうなるのかなと、ふと考えたのですよ。そうなった場合のことも考えた方がいいかなと。敵が動かなかった場合は、いたずらに俺たちとサンダンジ軍の距離が広がるばかりです。下手をすれば、サンダンジ軍が取り残される形になってしまいますから」


「そのようなことにはなりませぬ!」


突然口を開いたのは、ニケの息子であるシンだ。彼はスッと立ち上がると、周囲を見廻しながら、リノスの前に進み出た。


「アガルタ王様は深読みが過ぎるかと存じます。たとえ我が軍が孤立したとしましても、タナ軍十万、何の恐れることがありましょう。我がサンダンジ軍が、蹴散らしてくれましょう。砂漠での戦いは我らが慣れております」


「シン、控えろ。戦は口でするものではない」


ニケのドスの効いた声が響き渡る。その声に恐れをなしたのか、シンは悔しそうな表情を浮かべながら、自分の席に再びついた。


「恐れながらサンダンジ王様」


突然ヴィエイユが口を開く。俯いていたシンがパッと顔を上げて彼女を見据える。


「シン様のお気持ちもお汲み取りくださいませ」


「……どういうことかな、ヴィエイユ殿?」


「タナ軍強しといえども、我らサンダンジ軍の剣と魔法には誰にもかなわぬ……そう申されておいでなのです。そうですわね? シン様?」


「ヴィエイユ、もういい。お前は喋るな。話がややこしくなる」


リノスは勘弁してくれと言わんばかりに、ゆっくりと首を振る。そして、再び周囲を見廻しながら口を開く。


「別に俺たちは、この作戦で痛手を被るつもりはありません。むしろ、一人の死者も出さずに、タナ軍を殲滅したいと思っています」


そう言いながら彼は、隣のクノゲンに視線を向ける。


「クノゲン、アレは使えるんだな?」


「ええ。問題ありません。オージンを握りながらであれば、ちゃんと補充することもできます。時間はかかりますがね。それにしてもよくできていますな。中身の構造はどうなっているのでしょうな?」


「メイとシディーとドワーフたちが、技術の粋を集めて作ったんだ。中身の構造なんて、俺たちにわかるはずはないだろう」


そう言って二人は笑い合う。


「とはいえ、やはりアガルタ軍だけでは危険だ。もう少し兵を連れて行くべきだ」


カリエスの言葉に、リノスはちょっと考える素振りをする。


「……では、機動力のある騎馬隊を少々借りることはできますか?」


「おお、それならば、我がサンダンジの騎馬隊をお貸ししよう。砂漠の中での戦いでは重宝するはずだ」


「では、その騎馬隊を私が率いてアガルタ王様の許に参りましょう」


「シン、黙っていろ」


「恐れながら……」


親子喧嘩が再び始まろうとしたそのとき、不意に声が聞こえた。視線を移してみると、そこには、ラマロン軍のアーモンド司令官が畏まっていた。


「そのお役目、私にお任せいただけませんか。兵の扱いには少々、自信があります」


「アーモンド……」


何かを言おうとしたカリエスを、リノスはスッと手で制す。


「いや、彼でいい。そうか、あなたがいましたか。あなたであれば、鬼に金棒だ。な? クノゲン?」


リノスは隣のクノゲンに視線を向けた。彼はアーモンドを見ながら、満足そうに頷いた。

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